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第1章 魔術学院編

第6話 他力本願の英雄

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 フェルト教師の『魔術基本』の授業が終わると、教室が騒がしくなった。

 今日は何食べるとか、天気いいから学院の庭で食べようとか、午後の実技訓練はめんどくさいなとか。

 えっ、実技訓練? 勘弁してくれよ、俺は魔術が使えないんぜ? しかもセレスは今男子寮の自分の部屋にいるし、俺のフォローなんてできるのか?

『大丈夫だよ~ ご主人様』

『それってどういうこと?』

思念同調リンクでつないでるから、うちがどこにいても、ご主人様を通して魔術を発動させられるの~』

思念同調リンクってそんなに便利なのか』

『A級魔術だからね~』

 さりげなくすごいこと言ったな。ただの思念伝導テレパシーの上位版と聞いたから、大したことはないと思っていたが。

 まあ、かりにもパンツ、おっと、もとい、セレスはS級魔術師だから、これくらい当然か。

『ちなみに今日のパンツの色は黒だよ~』

 それは期待できそうだな。



 さて、昼休みだから、俺もご飯食べに行こうか。

「フィリ様、あの、よかったら、食事はご一緒にさせてもらってもいいですか」

 アイリスは目をキラキラさせて、俺を見つめていた。こんなかわいい子にこんなふうに見つめられたら、拒否することなんてできないだろう。もともと拒否する気はないけど。

「ええ、俺からもお願いします」

 俺は颯爽と返した。

「なになに、僕も一緒に行ってもいい?」

 俺とアイリスの会話を聞いて、前の席に座っていた男の子が振り返って話しかけてきた。

「あっ、ごめんね、僕はエリル・サーペリア、家は一応伯爵だよ」

 なんだ、女の子みたいな名前しやがって、おまけに美男子ときたら、俺の中の絶対に仲良くなりたくないランキング一位だぜ。

 男だから、キスで惚れさせるのは生理的に無理だし、利用価値は少ないんだな。

「あっ、ごめん、僕って邪魔だった? ごめんね……」

 俺が黙ってると、エリルは涙目になってウェービーな髪を揺らせて上目遣いで俺を見つめてきた。

 ごめん、俺が間違っていた。ありだ、全然ありだ。美男子と美少女は紙一重ではないか! 不覚にもエリルの表情にドキッとしてしまったよ。

 でも、男だから、絶対キスしてやんないぜ。

「いいですよ、ぜひご一緒してください」

「そうだよ、エリル、フィリ様はそんな人じゃないよ」

 ごめん、アイリス、俺はそんなにいい人じゃないから。

「アイリス、いいの? フィリと二人きり……」

 エリルは何か言いかけて、とっさに口をアイリスの手で塞がれた。

「エリルったら、なにを言っているのかな? ていうかそう思ってるなら最初から声かけないてくれる?」

 あれ? 気のせいかな? アイリスって今一瞬すごく冷たい顔をしたような。耳打ちでエリルに話してるから、なに喋ってるのかは聞き取れなかったけど、今の表情はちょっとぞっとするな。

 気のせいだよね。アイリスはおっとりとした優しい女の子だから、そんな表情するわけないよね。

「ってことで、フィリ様、三人で食堂に向かいましょう」



 歩きながら、エリルは色々と説明してくれた。

 自分はアイリスとは幼馴染であること。

 俺らのクラス以外にも一年生のクラスが三つあること。

 座席は爵位によって決められていること。

 最高列には皇族、公爵、侯爵家の人間しか座れないこと。

 階段が低くになりにつれて、伯爵、子爵、男爵、準男爵の順になっていること。

 そして、最前列は平民が座っていること。

 うん、エリルは男子にしてはよくしゃべるな。

 だけど、厄介だな。別に席順なんてどうでもいい。ただ、平民がこの学院にいることが厄介なのだ。身分社会の帝国においては、貴族と平民には越えられない壁がある。

 それを才能だけでこの学院に入学できたのだから、多分俺のクラスでは、最前列の平民が一番魔法の才能を持っているだろう。牽制しておく必要がありそうだ。一応、俺はこの学院の首席を目指しているから。それが帝国の頂点に上り詰めることに直結している。

 確かに、最前列は四人が座っていたな。男一人、女三人。ならば機会があれば、三人の女の子にキスでもしておこう。

 魔術の才能のある子は確保しておいて損はない。いつか領主になったら、この学院で俺の魔術にかかってる女の子で親衛隊を作って、夜はご奉仕、昼間は身辺護衛を任せよう。
 
 ハーレム? いやいや、あくまで親衛隊だ。夜の奉仕はおまけみたいなもんだ。ハーレムには当然俺が選んだ美少女を入れるつもりだ。今の段階はセレスだろう、あとはアイリスとラーちゃんも入れたいところだな。

 アイリスはどちらかというと、キスを使わずに、普通に恋愛して落としたいな。えっ、ちょっと待って、俺と同じ列に座っているってことは、アイリスも侯爵か公爵家のご息女なのだろうか。

「アイリスの家も侯爵家なのですか?」

 気になったので、聞いてみる。

「いえ、私の家は公爵家です」

 これは思わぬ収穫だ。公爵家と言えば、皇族の分家に当たる地位だ。アイリスを手中に収めれば、俺の帝国掌握の計画はもっと捗るだろう。

 公爵家の娘だから、道理であの生意気で強情なラーちゃんとは昔馴染みだ。

「これは失礼いたしました。どうかお許し下さい」

 とりあえず慌てるふりをして、謝っとく。

「いや、私のほうこそ、きちんと自己紹介ができていなかったものですから。どうか頭をあげてください」

 なんていい子だ。嫁に欲しいわ。



 食堂について、これもまたびっくりさせられた。

 どこの宮殿だよ。教室のある校舎もさることながら、食堂もなかなか豪華で広い。

 床にはいかにも高価そうなカーペット隅々までが敷かれてあって、テーブルは長い割に八人座りとなっている。天井にはシャンデリアがつるされていて、魔力で食堂を照らしている。ひょっとしたらシュバルージェの屋敷よりも豪華かもしれない。

 俺ら三人が空いてるテーブルを見つけて、腰をかけた。隣はアイリス、向かいにはエリルが座っている。

 隣というには、あまりにも距離があるのだが。

「少し遠いですね」

 そういって、アイリスはイスを動かして、俺のすぐそばまで来て腰を下ろした。

 その間、アイリスの胸と太ももが少し揺れて、色気を漂わせていた。

 可愛い。もう、結婚してくれ。

『ぷんぷん~』

 聞いてたのか、パンツめ。

 俺らが座ったのを見て、端で待機していたメイドの一人がやってきた。

 彼女はメニューを俺ら三人に渡してきて、注文を待つために、隣で控えていた。

 俺ら三人が注文を済ますと、メイドは「かしこまりました」と言って、厨房のほうに向かっていった。

 にしても人が少ないね。さすが、マリエス帝国魔術師学院というべきか、その敷居はかなり高くて、ゆえにその敷地の広大さに反して、生徒の数はかなり少ない模様。



 悠々自適にアイリスとエリルと談笑しながら、食事を待っていたら、そう遠くないところから皿が割れた音がした。

 そして、聞くに堪えない罵声が飛び交っている。

「あんた、平民のくせに、なに堂々とここにいるわけ?」

「ドブネズミはドブネズミらしく排水溝で残飯を待っていればいいんだよ」

「ほら、ネズミだろう、床に落ちたものも平気で食えるだろう。さあ、食え! なに、食わないのか!」

 周りの生徒はよくあることのように見て見ぬふりをして、普通に食事を取っている。

 俺は善人でもないし、正義の味方でもないけど、こういう俺のトラウマ―使用人に蔑まれ、妹にさえ虐げられていた記憶を刺激するような真似を許すつもりはない。

 俺が立ち上がろうとしたら、エリルは困った顔をした。

「よそうよ? 平民を助けてもほかの貴族の反感を買うだけだよ?」

「いいえ、そうはいきません。俺はこんな行為が許せないのです」

 エリルの反対を無視して、俺はズカズカといじめの現場に向かった。

「なにかありましたか」

 わざとらしく尋ねる。すると俺と同じ明るい小麦色の髪をした女の子が振り返った。

「お、お兄様!?」

「ア、アイシャ!?」

 なるほど、いじめの本人は俺の妹か。めっちゃ納得だ。今度は俺じゃなくて、平民をいじめてるのか。こりゃ、ますますほっとけない。
 
 にしても、すっかりアイシャの存在を忘れてしまったな。彼女も魔術師学院に合格したんだった。クラスが別々だから、午前中は会わなかったのか。

「なんで、お兄様、いや、フィリがここにいるんだよ!」

「転入試験に合格したから」

「嘘をつきなさい! フィリに魔術の才能、これっぽちもないんだから、絶対不正を働いたわ!」

「お前もファイアボールみたいな初級魔法しか使えないのに入学できたのは不正したんじゃないのか」

 そう言い返すと、アイシャはぐぬぬっと唸った。

「それは置いといて、そこの女の子からどきなさい」

「フィリのくせに生意気よ!」

 生意気のはどちらだか。

 もう、これ以上こいつに構う気分じゃない。

『セレス、聞こえてるのか』

『はい~』

『なんとかしろ』

 まあまあ、言いたいことは分かるよ? ヒーロー気取りでかっこよく出てきて、結局は他力本願かよって。でも俺にできるのはキスすることぐらいだし。この場で実の妹とキスするわけにもいかないだろう。それに、俺は他力本願が好きだ! って誰に弁解してるんだよ。

『じゃ、妹の方に手を置いてください』

『こう、こうか?』

「ちょっとなに触ってるんだよ!」

 うるさいな、黙れ! このドメスティックバイオレンス製造機。

麻痺スタン~』

 セレスは俺を通じて魔術を放つと、アイシャは膝から崩れ落ちて、その場で倒れた。

 俺はアイシャを一瞥して、いじめられている平民の女の子に向き直った。

 彼女はおびえた様子で俺を見つめる。

 うわー、これって、意外と美人だ! 俺はテンションマックス。

「大丈夫ですか? けがはありませんか?」

「う……え……」

「大丈夫ですよ。俺はフィリ・イスフォードです。ひどいことはしませんから」

 そうやって、俺は手を差し伸べた

「あ、ありがとうございます。け、けがはありません。あっ、あの、レイナです」

「レイナさんですか。」

「さ、さん付けはや、やめてください」

「分かりました。では、俺の手につかまってください」

「……はい」

 レイナは俺の手に捕まって、暖かくて柔らかい感触が伝わってくる。

 俺は勢いに任せて、レイナを立たせて、そのままお姫様抱っこした。

「えっ! あ、あの……」

「いいから、このままだとまたいじめられるでしょう」

 俺はそのままレイナを抱っこして、自分のテーブルに戻り、アイリスの向かい、エリルの隣に座らせた。

 とたんに、食堂の中で拍手が起こった。

 ちょっと予想と違うな。いじめられっ子を助けたら、周りの顰蹙ひんしゅくを買うものだと思っていたが、案外礼賛された。

 レイナは少し溜め込んで、そして勇気を絞って声を出した。

「フィリ様は私の英雄です!」

 どうやら、俺は英雄になったみたい。
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