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9巻

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 この野菜の甘さの理由は、雪の下にでも埋めているからだろうか? ご機嫌きげんなリグに残りの串焼きをあげ、リグの口についたタレをぬぐった。
 ヒバリ達も食べ終わっており、いったんログアウトをするために中央広場へ。
 相も変わらず冒険者達は少ないけど、妖精達が飛び回っていて、楽しくはしゃぐ声に溢れている。
 妖精も人みたいな存在だから、人が少ないってことはない……か?
 いや、こういう解説はヒタキ先生の領分だからな。俺はノーコメントとしておこう。沈黙は金、雄弁は銀だ。
 いつものようにリグ達をねぎらってからステータスを【休眠】状態にし、ヒバリとヒタキにし忘れたことはないか聞いて、【ログアウト】ボタンをポチリ。
 まぁ、今日は夕飯を食べたあともログインするから、後回しにしても良いんだけど。
 とにかく忘れちゃいけないのは、リグ達を【休眠】にすることだな。忘れると俺達がログインするまでその場で待機になるみたいだし。


  ◆ ◆ ◆


 意識が浮上する感覚に目を開くと、よだれ口端くちはに光る雲雀と、お行儀ぎょうぎくクッションにもたれかかる鶲が目の前にいた。
 とりあえずヘッドセットを外したら、雲雀の前にティッシュを置いてやろう。
 続けて起きた双子は元気よくヘッドセットを外し、ググッと気持ちよさそうに背伸び。それ、本当に気持ちいいよな。


「んん~っ! 結構遊んだと思ったけど、まだそんなに時間ってないのが驚きだよね」
「ん、驚き。最新技術はヤバいね」
「ねぇ~」


 楽しそうにお喋りしている2人にヘッドセットを渡して片付けを任せ、俺はいつものように、食器を洗うためにキッチンへ向かう。
 エプロンをして無心で皿洗いしていると、カウンターの向こうから雲雀が顔を出し、モジモジしながら俺に問いかけてきた。


「ね~、つぐ兄ぃ~、夕飯食べ終わったら、またゲームしてもいいよね?」
「ん? もちろん」
「えへへ、聞きたかっただけ! 邪魔じゃましてごめんね」


 俺が手を止めずに返答すると、雲雀は嬉しそうに笑い、2階へ上がっていく。
 一方の鶲は、リビングでテレビにかじり付いていた。
 あれは、お昼の2時間サスペンスドラマ? なんで? 普段はあまり興味を示さない鶲なので、俺も俄然がぜん興味が湧いてしまう。
 ここ最近で、一番速いスピードで食器洗いを終わらせ、俺も鶲の隣に座ってテレビを見る。番組はまだ始まったばかりだった。


「真剣に見てるけど、面白いのか?」
「……ん、見るつもりはなかった。けど、なんか、メロンパンで殺人が発生した。から、見るしかないと思った」
「え?」
「その次は焼きそばパンで殺人が発生するらしい。とても興味をそそられた。いつもは見ないのに」
「……なんか、最近の推理系ドラマはすごいんだな」


 俺もやることはあるんだけど、大至急の案件はないので、なんだか混沌こんとんとした設定を鶲に教えてもらいつつ、2人でドラマに没頭した。
 やがて10分くらいしたら、2階から雲雀が降りてきて、俺の隣に座って一緒にドラマを見始めた。
 どうやら鶲も2階に来ると思っていたのに、いつまでも来ないので、慌てて様子を見にきたらしい。分かってはいるけど、寂しがり屋か。
 やはり雲雀がいると賑やかで楽しい。推理しながらワイワイするのも醍醐味だいごみだな。
 そんなこんなで2時間ドラマを2本も見てしまい、かなりの時間が経過した。
 楽しかったから良しだけど、そろそろお腹の虫が鳴き始めるだろう。
 CM中に持ってきた飲み物のコップを持って立ち上がり、雲雀と鶲に話しかける。


「なぁ、夕飯なに食べたいとかあるか?」
「んん~ん、んんん~」


 雲雀が眉にしわを寄せ、一生懸命考え始めた。
 妹任せも悪いので、俺も冷蔵庫の中身を思い浮かべて悩む。
 自分の食べたいものが一番、って言われてるけどね。それでも献立こんだてを考えるのはいつも悩んでしまう。
 お兄ちゃんは、妹達が食べたいものをできるだけ用意したいんだよ。できるだけ。
 悩みながら歩いてキッチンの流しにコップを置き、カウンター越しに、ソファーへ座る2人に問いかける。


「うどんだって飽きただろう?」
「飽きてはいない。焼きうどん野菜ましましは?」
「あ! それいいね! 賛成!」


 キメ顔をこちらに見せながら鶲が答えると、雲雀が勢いよく立ち上がって賛成した。
 俺も、最近食べていないな、と同意。冷蔵庫にある食材も使えるし。
 うどん、豚肉、キャベツ、タマネギ、ニンジン、鰹節かつおぶし。あとはめんつゆで味付けして、飲み物はさっぱりしたいから、水出しのストレートティー。
 そうと決まれば、手早く夕飯の支度したくに取りかかろうと思う。あっという間に暗くなるからな。


「やっきうどん焼きうどん~♪」


 作業していたら、少しばかり音程の外れた雲雀の鼻歌が聞こえてきた。なんだか久しぶりに聞く気がする。
 ご機嫌な雲雀はソファーで、鶲と一緒にパソコンで調べ物をしているらしい。
 それを聞きながら、俺はニンジンを短冊切たんざくぎりにするか。
 タマネギはくし切りだし、キャベツは千切ちぎって構わない。
 乾麺かんめんなので、まずうどんを煮る。固い野菜から炒め、うどんも投入し、目分量でめんつゆを回し入れ、味を整える。
 出来上がったものを雲雀と鶲に運んでもらい、自分も3人分の飲み物を持って席に着いた。
 昔は、目分量はちょっと難しいと思ってたけど、今では片手間にできるようになった。
 俺も成長したんだな……と思えるくらい、今日の味付けは美味しい。目分量最高。たまに失敗するのは秘密だけど。
 結構な量を用意したんだけど、育ち盛りの雲雀と鶲にはチョロかったようで、あっさり食べきってしまう。

「ん、つぐ兄ごちそうさまでした」
「んん~っ、今日も美味しかったよ、つぐ兄ぃ!」
「はは、ありがとう」


 見てるこっちも釣られてしまいそうな、いい食べっぷりだった。
 作り甲斐がいのある妹達でなにより。
 今回は、雲雀が一緒にキッチンの流しへ食器を持っていき、鶲がゲームの用意をしてくれた。
 後片付けはいつも通り、ゲームが終わったら、ということで。
 鶲に渡されたヘッドセットをかぶりつつ、いつものポジションに座ると、雲雀もササッと座って満面の笑みで俺に話しかける。


「うへへ、つぐ兄ぃログインどぞ~!」
「はいよ。じゃあ、ログインするぞ」


 ゲーム楽しいもんな。早くやりたいよな。
 や~めた、とか言ってみたくもなるけど、それは真の意味で最悪だからやめておこう。普通にダメだ、うん。そんなことを思いながらボタンをポチリ。


     ◆ ◆ ◆


 爽やかな緑の香りが鼻腔びこうに触れる。
 目を開けた俺は、リグ達をび出す前に一度深呼吸して、美味しい空気を楽しんだ。
 リグ達を出現させていると、一足遅れてヒバリとヒタキもログインしてくる。
 ゲーム内の時刻は、お昼前ってところか。


「ツグ兄ぃ、今回はひたすら移動するよ!」
「ん、移動日和びより。頑張って移動しよう」
「めめっめめぇめ!」


 とても楽しそうなヒバリと、それに同調したようなヒタキ。ついでにメイも。
 この大陸は広いので、移動するにも一苦労。でも、旅が楽しいのも事実なので、ヒタキの言葉通り頑張って移動しよう。とりあえず世界樹から下りないとな。
 頭に乗っていたリグをフードの中に入れ、小桜と小麦の頭を軽くひとでしてから歩き出す。
 来たときと同じように魔法陣に乗ると、すぐに輝き出し、視界がグンッと動く感覚がした。
 次の瞬間、下の聖域に帰ってくることができた。
 門を守っている門番は違うエルフになっていたけど。まぁ当たり前か。
 いったん大通りに行くと人が多く、久しぶりの混雑具合に、なぜか少し感動してしまう。
 まぁそれはそれとして、大通りから中央広場に移動して、一息入れてからヒタキに話しかけた。


「ヒタキ、また機関車に乗るのか?」
「ん、乗る。まずは駅に行く。そして、行けるところまでの切符を買って機関車に乗り込む」
「お、おぅ」


 こういうのは大事だから、何回でも確認したほうがいいと思う。多分。
 人波に悪戦苦闘しつつ駅へ向かい、ヒタキに手伝ってもらい目的の切符を買った。
 今回は3つ先の駅まで行くんだけど、駅の間隔が広いため、丸1日の旅になりそうだ。
 人の少ないところでメイ達と待っていたヒバリと合流したら、出発まで少し時間があったので、上の階にあるフードコートで時間をつぶす。
 近所のデパートにあるフードコートって感じで、なんだか落ち着くのはご愛嬌あいきょう
 イカ焼きのようなもの、タコ焼きのようなもの、綿飴わたあめのようなものと、様々な食べ物が売っている。もはやお祭りかもしれない。
 溶かして糸状になった砂糖を、棒に巻き付けた綿飴を食べ、ヒバリ達も大満足。
 ふとウインドウを開いて時間を確認すると、ちょうどいい感じ。


「そろそろ時間になるから移動するぞ」


 まったりしていたヒバリ達に話しかけ、下の階に降り、指定の蒸気機関車を探す。
 ええと、切符には3番ホームと書かれているから……こっちか。
 現実世界ではあまり電車に乗らないが、迷子になることもなく、無事に自分達が乗る機関車を見つけることができた。


「今回もBOX席だからゆったりだね」
「ん、快適な旅は冒険者にとって大事」
「シュッシュ!」


 双子の言うとおりだな。予約したBOX席で、俺もゆったり旅を満喫まんきつしようと思う。
 あ、他の人が寒いから、今はいいけど走り始めたら窓を閉めるように。


「ん~、今からたっぷり時間があるから、これからの道を、ひぃちゃんが語ってくれるよ!」
「……ヒバリちゃん、簡単だから自分が話してもいいんだよ?」


 窓際のヒバリは小麦をひざに乗せ、少し考えるような表情を浮かべたが、結局はいつも通り、目の前のヒタキに丸投げした。
 小桜を膝に乗せたヒタキの返事は慣れたもの。まぁ、適材適所なのは分かるけどな。


「ふっふっふ、それは無理な相談さ」
「むぅ、胸張って言うことじゃないよ」
「ひぃちゃんが説明したほうがいいって思うのはホントだよー?」


 クスクス笑いながらじゃれ合う2人だったが、振動と共に機関車が動き出すと、同時に窓へ視線を向けた。
 メイをヒバリの隣に座らせ、俺も空いた席に座り、リグを膝の上に乗せた。
 雪の積もった森があり、大きな動物や魔物の群れがいて……という、同じような風景が続く。
 代わり映えがしないので、1時間程度で見飽きてしまうのも仕方ない。
 双子も飽きたのなら、さっき言っていたこれからの行程を是非とも教えてほしい。一応、俺も聞いておいたほうがいいと思うんだ。後学こうがくのために。
 ちょうど通りかかった車内販売の人を呼び止め、新鮮野菜のジュースなるものを購入して、飲みながらお喋りタイム。
 牛乳と砂糖で味を整えた青汁って言えばいいんだろうか? 飲みやすいし、ジュースと言っても過言ではない。


「ん、私達が目指すのは空中都市フェザーブラン。聖域があるこの大陸より、ちょっと北北東に離れた島。1日機関車に乗って3駅進んでも、距離にして6割くらいしか進まない。土地が広いから仕方ないけど」
「なんかね、空中都市は天使族の知り合いがいないと、中に入れないんだって。私がいるから大丈夫だけどね!」
「あとの4割は犬ぞりで移動しようと思ってる」
「『月食つきはみの犬ぞり』ってところがいいね、ってひぃちゃんが選んでくれました。犬ぞり初体験だから楽しみ!」


 ヒタキにどうぞどうぞ言っているのに、ヒバリがちょくちょく合いの手を入れる。そんな怒濤どとうのお喋りに、俺は頷くことしかできなかった。
 でもなんとなく分かったので良し。俺も結構ゲームに慣れてきた感じがする。
 ちなみに犬ぞりは俺も初体験。むしろ体験したことのある人のほうが少ないかも?
 そのあとは出現する魔物についてや、雪の下に生えるたくましい薬草についてなど、いろいろなことを話しながら時間を潰した。
 明るいうちは周囲の乗客も賑やかで、お喋りを楽しめたけど、暗くなってきたら当然寝始める人が増え、俺達は静かにしていた。
 まぁ、ウインドウを開いてチャットすればいいんだろうけど。
 暗い車内に、NPCの人達のかなでる寝息が響いている。
 俺達のような冒険者は、声をひそめて話しているか、ウインドウを開いてステータスを見ているか、チャットや掲示板を見ているか。
 窓から入ってくる月明かりに照らされ、船をいでいるヒバリを見ていたら、ヒタキがコソッと耳打ちをしてきた。


「ツグ兄、窓の外見て」
「ん?」


 ヒタキの言うとおり外に目を向けると、真っ暗ながらも、なんだか白いかたまりがいるなぁ……と。


「多分、雪の妖精。ふわふわして可愛い、らしい」
「速度出てるから、白い塊にしか見えないけどな」
「ふふ、確かに」


 楽しく雪で遊んでいるんだろうけど、このスピードではよく分からない。でもヒタキが嬉しそうだからいいよな。一緒にまったりと眺める。
 システムでアラーム設定ができるから寝ててもいいんだろうけど、ヒバリとヒタキがいるからちょっとね。
 周りの人達を信用してないってわけじゃないけど、俺は2人の保護者だから。
 ふらっと途中下車の旅をしようにも、それができない切符を買ってしまったんだよな。
 また機関車に乗る機会はあるってヒタキは言ってくれるが、未来のことは分からん。
 そうして、俺達が下車する駅にたどり着いたのは、出発した翌日のお昼前だった。
 双子とペット達が体を大きく伸ばす。


「んん~、ずっとじっと座ってるのはしょうに合わない」
「めめっめぇめ!」
「ここは駅街と言うより村、って言ったほうがいいかも」
「はぁ~……りがほぐれる感じがするぅ」
「シュッシュ~」


 俺達が下車した駅は、田舎いなかの、屋根がないコンクリートむき出しの駅、って感じ。
 積もった雪はきちんとかき出され、切符は村唯一の道具屋にて販売中、との看板も出ている。
 魔法の力で動いている機関車は、雪が積もっていても気にしないみたいだし、とりあえず俺達はいつものところに向かうとしよう。
 噴水はないけど、村の中心部には小さな花壇かだんと女神エミエールの像があり、世界樹の聖域よりも活気がある。
 ええと、人々が暮らしているってことは生業なりわいがなにか……って、犬ぞりって言ってたじゃないか。きっと普通の犬じゃないんだろうなぁ。


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