131 / 161
9巻
9-3
しおりを挟むこの野菜の甘さの理由は、雪の下にでも埋めているからだろうか? ご機嫌なリグに残りの串焼きをあげ、リグの口についたタレを拭った。
ヒバリ達も食べ終わっており、いったんログアウトをするために中央広場へ。
相も変わらず冒険者達は少ないけど、妖精達が飛び回っていて、楽しくはしゃぐ声に溢れている。
妖精も人みたいな存在だから、人が少ないってことはない……か?
いや、こういう解説はヒタキ先生の領分だからな。俺はノーコメントとしておこう。沈黙は金、雄弁は銀だ。
いつものようにリグ達を労ってからステータスを【休眠】状態にし、ヒバリとヒタキにし忘れたことはないか聞いて、【ログアウト】ボタンをポチリ。
まぁ、今日は夕飯を食べたあともログインするから、後回しにしても良いんだけど。
とにかく忘れちゃいけないのは、リグ達を【休眠】にすることだな。忘れると俺達がログインするまでその場で待機になるみたいだし。
◆ ◆ ◆
意識が浮上する感覚に目を開くと、涎が口端に光る雲雀と、お行儀良くクッションにもたれかかる鶲が目の前にいた。
とりあえずヘッドセットを外したら、雲雀の前にティッシュを置いてやろう。
続けて起きた双子は元気よくヘッドセットを外し、ググッと気持ちよさそうに背伸び。それ、本当に気持ちいいよな。
「んん~っ! 結構遊んだと思ったけど、まだそんなに時間経ってないのが驚きだよね」
「ん、驚き。最新技術はヤバいね」
「ねぇ~」
楽しそうにお喋りしている2人にヘッドセットを渡して片付けを任せ、俺はいつものように、食器を洗うためにキッチンへ向かう。
エプロンをして無心で皿洗いしていると、カウンターの向こうから雲雀が顔を出し、モジモジしながら俺に問いかけてきた。
「ね~、つぐ兄ぃ~、夕飯食べ終わったら、またゲームしてもいいよね?」
「ん? もちろん」
「えへへ、聞きたかっただけ! 邪魔してごめんね」
俺が手を止めずに返答すると、雲雀は嬉しそうに笑い、2階へ上がっていく。
一方の鶲は、リビングでテレビにかじり付いていた。
あれは、お昼の2時間サスペンスドラマ? なんで? 普段はあまり興味を示さない鶲なので、俺も俄然興味が湧いてしまう。
ここ最近で、一番速いスピードで食器洗いを終わらせ、俺も鶲の隣に座ってテレビを見る。番組はまだ始まったばかりだった。
「真剣に見てるけど、面白いのか?」
「……ん、見るつもりはなかった。けど、なんか、メロンパンで殺人が発生した。から、見るしかないと思った」
「え?」
「その次は焼きそばパンで殺人が発生するらしい。とても興味をそそられた。いつもは見ないのに」
「……なんか、最近の推理系ドラマはすごいんだな」
俺もやることはあるんだけど、大至急の案件はないので、なんだか混沌とした設定を鶲に教えてもらいつつ、2人でドラマに没頭した。
やがて10分くらいしたら、2階から雲雀が降りてきて、俺の隣に座って一緒にドラマを見始めた。
どうやら鶲も2階に来ると思っていたのに、いつまでも来ないので、慌てて様子を見にきたらしい。分かってはいるけど、寂しがり屋か。
やはり雲雀がいると賑やかで楽しい。推理しながらワイワイするのも醍醐味だな。
そんなこんなで2時間ドラマを2本も見てしまい、かなりの時間が経過した。
楽しかったから良しだけど、そろそろお腹の虫が鳴き始めるだろう。
CM中に持ってきた飲み物のコップを持って立ち上がり、雲雀と鶲に話しかける。
「なぁ、夕飯なに食べたいとかあるか?」
「んん~ん、んんん~」
雲雀が眉に皺を寄せ、一生懸命考え始めた。
妹任せも悪いので、俺も冷蔵庫の中身を思い浮かべて悩む。
自分の食べたいものが一番、って言われてるけどね。それでも献立を考えるのはいつも悩んでしまう。
お兄ちゃんは、妹達が食べたいものをできるだけ用意したいんだよ。できるだけ。
悩みながら歩いてキッチンの流しにコップを置き、カウンター越しに、ソファーへ座る2人に問いかける。
「うどんだって飽きただろう?」
「飽きてはいない。焼きうどん野菜ましましは?」
「あ! それいいね! 賛成!」
キメ顔をこちらに見せながら鶲が答えると、雲雀が勢いよく立ち上がって賛成した。
俺も、最近食べていないな、と同意。冷蔵庫にある食材も使えるし。
うどん、豚肉、キャベツ、タマネギ、ニンジン、鰹節。あとはめんつゆで味付けして、飲み物はさっぱりしたいから、水出しのストレートティー。
そうと決まれば、手早く夕飯の支度に取りかかろうと思う。あっという間に暗くなるからな。
「やっきうどん焼きうどん~♪」
作業していたら、少しばかり音程の外れた雲雀の鼻歌が聞こえてきた。なんだか久しぶりに聞く気がする。
ご機嫌な雲雀はソファーで、鶲と一緒にパソコンで調べ物をしているらしい。
それを聞きながら、俺はニンジンを短冊切りにするか。
タマネギはくし切りだし、キャベツは千切って構わない。
乾麺なので、まずうどんを煮る。固い野菜から炒め、うどんも投入し、目分量でめんつゆを回し入れ、味を整える。
出来上がったものを雲雀と鶲に運んでもらい、自分も3人分の飲み物を持って席に着いた。
昔は、目分量はちょっと難しいと思ってたけど、今では片手間にできるようになった。
俺も成長したんだな……と思えるくらい、今日の味付けは美味しい。目分量最高。たまに失敗するのは秘密だけど。
結構な量を用意したんだけど、育ち盛りの雲雀と鶲にはチョロかったようで、あっさり食べきってしまう。
「ん、つぐ兄ごちそうさまでした」
「んん~っ、今日も美味しかったよ、つぐ兄ぃ!」
「はは、ありがとう」
見てるこっちも釣られてしまいそうな、いい食べっぷりだった。
作り甲斐のある妹達でなにより。
今回は、雲雀が一緒にキッチンの流しへ食器を持っていき、鶲がゲームの用意をしてくれた。
後片付けはいつも通り、ゲームが終わったら、ということで。
鶲に渡されたヘッドセットをかぶりつつ、いつものポジションに座ると、雲雀もササッと座って満面の笑みで俺に話しかける。
「うへへ、つぐ兄ぃログインどぞ~!」
「はいよ。じゃあ、ログインするぞ」
ゲーム楽しいもんな。早くやりたいよな。
や~めた、とか言ってみたくもなるけど、それは真の意味で最悪だからやめておこう。普通にダメだ、うん。そんなことを思いながらボタンをポチリ。
◆ ◆ ◆
爽やかな緑の香りが鼻腔に触れる。
目を開けた俺は、リグ達を喚び出す前に一度深呼吸して、美味しい空気を楽しんだ。
リグ達を出現させていると、一足遅れてヒバリとヒタキもログインしてくる。
ゲーム内の時刻は、お昼前ってところか。
「ツグ兄ぃ、今回はひたすら移動するよ!」
「ん、移動日和。頑張って移動しよう」
「めめっめめぇめ!」
とても楽しそうなヒバリと、それに同調したようなヒタキ。ついでにメイも。
この大陸は広いので、移動するにも一苦労。でも、旅が楽しいのも事実なので、ヒタキの言葉通り頑張って移動しよう。とりあえず世界樹から下りないとな。
頭に乗っていたリグをフードの中に入れ、小桜と小麦の頭を軽くひと撫でしてから歩き出す。
来たときと同じように魔法陣に乗ると、すぐに輝き出し、視界がグンッと動く感覚がした。
次の瞬間、下の聖域に帰ってくることができた。
門を守っている門番は違うエルフになっていたけど。まぁ当たり前か。
いったん大通りに行くと人が多く、久しぶりの混雑具合に、なぜか少し感動してしまう。
まぁそれはそれとして、大通りから中央広場に移動して、一息入れてからヒタキに話しかけた。
「ヒタキ、また機関車に乗るのか?」
「ん、乗る。まずは駅に行く。そして、行けるところまでの切符を買って機関車に乗り込む」
「お、おぅ」
こういうのは大事だから、何回でも確認したほうがいいと思う。多分。
人波に悪戦苦闘しつつ駅へ向かい、ヒタキに手伝ってもらい目的の切符を買った。
今回は3つ先の駅まで行くんだけど、駅の間隔が広いため、丸1日の旅になりそうだ。
人の少ないところでメイ達と待っていたヒバリと合流したら、出発まで少し時間があったので、上の階にあるフードコートで時間を潰す。
近所のデパートにあるフードコートって感じで、なんだか落ち着くのはご愛嬌。
イカ焼きのようなもの、タコ焼きのようなもの、綿飴のようなものと、様々な食べ物が売っている。もはやお祭りかもしれない。
溶かして糸状になった砂糖を、棒に巻き付けた綿飴を食べ、ヒバリ達も大満足。
ふとウインドウを開いて時間を確認すると、ちょうどいい感じ。
「そろそろ時間になるから移動するぞ」
まったりしていたヒバリ達に話しかけ、下の階に降り、指定の蒸気機関車を探す。
ええと、切符には3番ホームと書かれているから……こっちか。
現実世界ではあまり電車に乗らないが、迷子になることもなく、無事に自分達が乗る機関車を見つけることができた。
「今回もBOX席だからゆったりだね」
「ん、快適な旅は冒険者にとって大事」
「シュッシュ!」
双子の言うとおりだな。予約したBOX席で、俺もゆったり旅を満喫しようと思う。
あ、他の人が寒いから、今はいいけど走り始めたら窓を閉めるように。
「ん~、今からたっぷり時間があるから、これからの道を、ひぃちゃんが語ってくれるよ!」
「……ヒバリちゃん、簡単だから自分が話してもいいんだよ?」
窓際のヒバリは小麦を膝に乗せ、少し考えるような表情を浮かべたが、結局はいつも通り、目の前のヒタキに丸投げした。
小桜を膝に乗せたヒタキの返事は慣れたもの。まぁ、適材適所なのは分かるけどな。
「ふっふっふ、それは無理な相談さ」
「むぅ、胸張って言うことじゃないよ」
「ひぃちゃんが説明したほうがいいって思うのはホントだよー?」
クスクス笑いながらじゃれ合う2人だったが、振動と共に機関車が動き出すと、同時に窓へ視線を向けた。
メイをヒバリの隣に座らせ、俺も空いた席に座り、リグを膝の上に乗せた。
雪の積もった森があり、大きな動物や魔物の群れがいて……という、同じような風景が続く。
代わり映えがしないので、1時間程度で見飽きてしまうのも仕方ない。
双子も飽きたのなら、さっき言っていたこれからの行程を是非とも教えてほしい。一応、俺も聞いておいたほうがいいと思うんだ。後学のために。
ちょうど通りかかった車内販売の人を呼び止め、新鮮野菜のジュースなるものを購入して、飲みながらお喋りタイム。
牛乳と砂糖で味を整えた青汁って言えばいいんだろうか? 飲みやすいし、ジュースと言っても過言ではない。
「ん、私達が目指すのは空中都市フェザーブラン。聖域があるこの大陸より、ちょっと北北東に離れた島。1日機関車に乗って3駅進んでも、距離にして6割くらいしか進まない。土地が広いから仕方ないけど」
「なんかね、空中都市は天使族の知り合いがいないと、中に入れないんだって。私がいるから大丈夫だけどね!」
「あとの4割は犬ぞりで移動しようと思ってる」
「『月食みの犬ぞり』ってところがいいね、ってひぃちゃんが選んでくれました。犬ぞり初体験だから楽しみ!」
ヒタキにどうぞどうぞ言っているのに、ヒバリがちょくちょく合いの手を入れる。そんな怒濤のお喋りに、俺は頷くことしかできなかった。
でもなんとなく分かったので良し。俺も結構ゲームに慣れてきた感じがする。
ちなみに犬ぞりは俺も初体験。むしろ体験したことのある人のほうが少ないかも?
そのあとは出現する魔物についてや、雪の下に生えるたくましい薬草についてなど、いろいろなことを話しながら時間を潰した。
明るいうちは周囲の乗客も賑やかで、お喋りを楽しめたけど、暗くなってきたら当然寝始める人が増え、俺達は静かにしていた。
まぁ、ウインドウを開いてチャットすればいいんだろうけど。
暗い車内に、NPCの人達の奏でる寝息が響いている。
俺達のような冒険者は、声を潜めて話しているか、ウインドウを開いてステータスを見ているか、チャットや掲示板を見ているか。
窓から入ってくる月明かりに照らされ、船を漕いでいるヒバリを見ていたら、ヒタキがコソッと耳打ちをしてきた。
「ツグ兄、窓の外見て」
「ん?」
ヒタキの言うとおり外に目を向けると、真っ暗ながらも、なんだか白い塊がいるなぁ……と。
「多分、雪の妖精。ふわふわして可愛い、らしい」
「速度出てるから、白い塊にしか見えないけどな」
「ふふ、確かに」
楽しく雪で遊んでいるんだろうけど、このスピードではよく分からない。でもヒタキが嬉しそうだからいいよな。一緒にまったりと眺める。
システムでアラーム設定ができるから寝ててもいいんだろうけど、ヒバリとヒタキがいるからちょっとね。
周りの人達を信用してないってわけじゃないけど、俺は2人の保護者だから。
ふらっと途中下車の旅をしようにも、それができない切符を買ってしまったんだよな。
また機関車に乗る機会はあるってヒタキは言ってくれるが、未来のことは分からん。
そうして、俺達が下車する駅にたどり着いたのは、出発した翌日のお昼前だった。
双子とペット達が体を大きく伸ばす。
「んん~、ずっとじっと座ってるのは性に合わない」
「めめっめぇめ!」
「ここは駅街と言うより村、って言ったほうがいいかも」
「はぁ~……凝りがほぐれる感じがするぅ」
「シュッシュ~」
俺達が下車した駅は、田舎の、屋根がないコンクリートむき出しの駅、って感じ。
積もった雪はきちんとかき出され、切符は村唯一の道具屋にて販売中、との看板も出ている。
魔法の力で動いている機関車は、雪が積もっていても気にしないみたいだし、とりあえず俺達はいつものところに向かうとしよう。
噴水はないけど、村の中心部には小さな花壇と女神エミエールの像があり、世界樹の聖域よりも活気がある。
ええと、人々が暮らしているってことは生業がなにか……って、犬ぞりって言ってたじゃないか。きっと普通の犬じゃないんだろうなぁ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
12,484
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。