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#28 王都に狼現る!?

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 包囲されてしまったとはいっても、ここは、人でごった返している往来だ。

 周囲の人たちに大きな声で助けを求めたら、きっとその騒ぎを聞きつけたレオンが駆けつけてくれるに違いない。

 ーー早く大声を上げなきゃ。

 そう思うのに……。周囲を取り囲んでいる男らがじりじりとにじり寄ってくるその様が、この世界に召喚されていきなり追放されてしまった際に、数人の男らに攫われそうになった時の状況と重なってしまう。

 同時に脳裏には、あの時の光景が鮮明に蘇ってくる。それらに伴い、全身には戦慄が駆け巡る。

 ブルブルと小刻みに震えはじめた身体が言うことを聞いてくれない。

 大声を出すどころか、円を描くように囲っている男たちの眼前で、一歩も動けず、ただただ身をすくませていることしかできないでいる。

 男たちは、そんな私のことを心底愉しそうに眺めながら、各々好き勝手なことを口にしているようだが、そんなものなど頭には入ってこない。

「初心な反応だな~、お嬢ちゃん。あんまり初心で可愛いからさぁ。お兄さん、お嬢ちゃんに手取り足取り、いろ~んなことを教えてあげたくなっちゃったよ~」

 厭らしい口調で訳のわからないことを口々に放ちながら、徐々に徐々に距離を詰めてくる男たちに、底知れぬ恐怖心が沸き起こってくる。

 ぶつかって最初に声をかけてきた男にいきなり腕を引っ掴まれて、恐怖心と嫌悪感が頭の中を支配する。

「い、いや……ッ」

 思わず放った声は、蚊の鳴くようなとてもか細いもので、抵抗したところで、なんの威力もなかった。

 そこへ、腕を掴んだ男とは違う、また別の男の声が背後からかけられる。

「そんなに怖がらなくても、お兄さんたちが優し~くしてあげるから、大丈夫だよ~。ここだと通行の邪魔になるから、あっちに行こうか?」

 いつしか背後にピッタリと張り付くようにして身体を寄せてきた男の熱い息に耳元を擽られて、湧き立つ嫌悪感に身体が尚もブルブルッと震え上がった。

 そうこうしている間にも、大柄の男たちは小柄な私の腰を掬うようにして引き寄せると、力ずくでそのまま人気のない裏通りに連れ込もうとする。

 なんとか足掻こうにも、女ひとりの力で、六人の男たち相手に抵抗するなんて無理な話だ。

 このまま男たちにいいように弄ばれてしまうのかと、絶望しかけた、その時。

「ノゾミッ!?」

 様々な音で溢れかえっている往来の雑踏の中、大声で放たれたレオンの声がやけに鮮明に響き渡った。

 ーーレオン。助けに来てくれたんだ。良かった。

 そう安堵しかけた刹那。

 私のことを薄暗い路地裏に引きずり込もうとしていた男のひとりが突如、「ぐぁッ!!」と苦しげな唸り声をあげた、次の瞬間には、地面にドサッと倒れ込んでしまう。

 辺りにはその衝撃で巻き起こった土埃がけぶるように宙を舞っている。

 ーーえ!? なに? 一体どうなってるの?

 状況が把握できずに、ただただ土埃の舞うなか呆然と立ち尽くしていると、周囲の男たちが次々に地べたに倒れ込んでいく。

 その上に折り重なるようにして、倒れ込んだ男たちが山のように積み上がっていく。

 そうしてあれよあれよといううちに、最後のひとりが断末魔のような苦しげな唸り声を放って倒れ込んだのを最後に、辺り一帯が水を打ったかのような静寂に包み込まれた。

 やがて一帯を覆い尽くしていた土埃がおさまってくると、大きな黒い影が浮かび上がってきて、そこに現れたのは、なんと、成人男性の身の丈ほどあろうかというほどの、大きな狼だった。
 
 しかも、人のように、後ろ足だけで立っている。

 その姿がロマンチックな雰囲気を醸し出しているアンティーク調のオシャレな外灯に照らしだされているせいか、とても綺麗だ。

 ーーあれ? そういえば、レオンはどこ?

 突然の大きな狼の登場には驚いたものの、今はそれどころじゃない。

 さっきは確かにレオンの声を聞いたし、姿だってこの目で見た。

 なのにどこを見渡してもレオンの姿がない。

 ーーもしかして、この狼にやられちゃったの?

 真っ青になった私が倒れた男たちの元に駆け寄りレオンの姿を探し求めていると。

「ギャーーッ!! 獣人よ! 誰か助けてーーッ!!」

 事の成り行きを静かに見守っていた人垣の中の女性が半狂乱で悲鳴を上げたのを皮切りに、周囲にいた人々が口々に悲鳴を上げながら散り散りに逃げ惑いはじめた。

 ーーあの狼って獣人だったんだ。へえ、この世界には妖精だけじゃなくて、獣人までいるんだ。

 こんな時だというのに、そんな呑気なことを思っていると、大きな狼ーー獣人がこちらにゆっくりと近寄ってきて、なぜか私の眼前で立ち止まった。

 何事かと見上げた瞬間、その獣人がレオンの姿へと豹変してしまう。

「ーーッ!?」

 ーーええッ!? も、もしかして、さっきの獣人ってレオンだったの?

 仰天していると、レオンの優しい声音が降ってきて。

「ノゾミ、もう大丈夫だよ」

 かと思えば、私は執事仕様のレオンによって見る間に横抱きにされてしまっていた。

 ちょうどその時、逃げ惑う人々の悲鳴が響き渡るなか。

「クリス様!?」

 二、三メートルほど離れたところから驚愕に満ちた男性の声が響き渡った。

 その声にビクッと僅かに身体を強張らせたレオンの、その時の顔が、とても悲しげで、私の胸はキュッと締め付けられてしまう。

 おそらく、レオンの素性を知る人なのだろう。

 そしてレオンもきっとそのことに気づいているのだろう。

 もしかしたら、レオンは記憶を取り戻したのかもしれない。

 ーーどうやらお別れの時は、もうそこまで迫っているようだ。

 そう悟った途端に、言いようのない寂しさが込み上げてきて、泣き出してしまいそうになった私は、それをなんとか堪らえようと、レオンの身体にぎゅっとしがみついてしまう。

 どうやらそれをレオンは勘違いしたようで。

「ノゾミ? 僕のことが怖いの?」

 そう聞き返してきたレオンの声はとても悲しげだ。

 ーー確かにビックリしちゃったけど、怖くなんかない。どんな姿であろうと、レオンであることには違いないのだから。

 キッパリとそう答えてあげたいのに、それを阻むように、喉奥から熱いものが込み上げてきてしまう。

 今、何かを口にすれば泣いてしまいそうだ。

 私は、返事の代わりに、ふるふると幾度も幾度も首を振って意思表示することしかできないでいた。

 そうしている間にも、レオンは私を抱えたまま薄暗い路地裏へと逃げ込むようにして駆け込んでいた。

 それからほどなくして、辿り着いた宿屋の一室へと、たった今、レオンとともに足を踏み入れたところだ。

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