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番外編~リカの憂鬱~
#7
しおりを挟む事務所に行けば何か解るんじゃって思ってたあたしを待っていたのは、
「あら、怖い顔しちゃって、朝からどうしたの?」
スッカリ忘れちゃってたけど、憲ちゃんの伯母である、社長の桐谷《きりたに》慶子の呑気な声だった。
「あら、もしかして聞いてなかったの? 連絡先は口止めされてるんだけどね……。
あの子、独立することになったのよ」
なんて、驚いたような顔されてもそんなの、 聞いてたらここになんて来ないわよ……。
「……独立って、そんな急に?」
「そうでもないのよ? 前々から準備してたことだから。
若く見えるけど、あの子ももう33だし、そろそろ身を固めるつもりなんじゃないかしら……。
予定より少し早めたから、子供でもできちゃったのかしらね?」
何かの間違いかとも思ってたあたしの期待は、ものの見事に裏切られてしまった。
それに、前々から準備してたなんて知らなかったし。
子供って、そんな相手が居たなんて、女の影なんて感じたこともなかったのに……。
まぁ、プライベートのことなんて興味ないんだけど……。
けど、あたしって、憲ちゃんのことなんにも知らなかったんだ、ってことに初めて気付かされた。
モデルを始めてからずっと一緒だった憲ちゃん。
一緒に居る事が普通だったし、当たり前のことだった。
あたしのことはなんでも知ってたクセに……。
でも、考えたら普通のことなのかもしれない。
あたしは憲ちゃんにとったらただの商品なのだ。
その商品であるあたしが、いい状態で仕事をこなせるように管理するのが、マネージャーである憲ちゃんの仕事なんだから。
そんなこと解ってるわよ……。
でも、どうしてなの?
一言くらい言ってくれても良いじゃない。
憲ちゃんのバカ! 薄情者、今度逢ったら引っ叩《ぱた》いてやる……。
事務所から撮影があるスタジオまでの移動の車の中、あたしはずっと窓の外の流れてく景色を眺めながら、ひっそりと涙なんかを流していた。
ホントにあたしらしくない。
失ってから気づいてしまった大事なものを想いながら……。
今になって大事なものだと気づいたところで、今更どうすることもできないのに。
だって、あたしは憲ちゃんにとって特別でもなんでもなかったんだから……。
憲ちゃんが居なくなってからの一週間、どこにもぶつけることのできない感情を胸に秘めたまま、以前よりも仕事を精力的にこなす毎日を送っていた。
自分自身に憲ちゃんのことを考える暇なんか与えないように、仕事に逃げることしかできなくて。
そのせいで、事務所での仕事を終え、軽い貧血を起こしてしまったあたしが、念の為に病院での検査を済ませて個室のベッドで休んでいると、飲み物を持ってきたであろうマネージャーの優男が戻ってきた。
瞼を上げるのも億劫だったため、眼を閉じたまんまで、近くに歩み寄ってきた足音に、
「ありがと。後で飲むからテーブルでいいわ」
いつものように声をかけると、
「リカお前、無理し過ぎなんだよ。ちゃんと休んでるのか?」
ここに居るはずのない憲ちゃんの声が聞こえてきた。
スッゴく偉そうないつもの声が……。
そんなハズないとは思いつつも、ゆっくり瞼を上げてみると、嫌味なくらいの長身を屈めて、モデル顔負けの綺麗な顔の憲ちゃんが、 心配げにあたしのことを覗きこんでいた。
「……なんの用? あたしになんにも言わずに、居なくなったクセに。 出てって。顔なんて見たくない」
本当は、心配して逢いに来てくれたことが嬉しいクセに、素直になれないバカなあたしは、そんな可愛げのないことしか言えなかった。
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