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#7 寝ても醒めても
#3
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窪塚にどういう心境の変化があったのかは不明だがセミナーに出席すると言ってたし、運がよければ、久しぶりに窪塚と話す機会があるかもしれない。
そう思っただけで、睡眠不足気味の心も身体もたちどころに軽やかになるのだから本当に不思議だ。
ーー今ならなんだってできる気がする。
最近、覚えたナチュラルメイクを施した自分の顔と、八月を目前に控えた夏の季節にピッタリな爽やかな淡いブルーのおしとやか系の上品なワンピースに身を包んだ自分の姿とを、姿見鏡に映して確認してみる。
この前の休日に彩に選んでもらったワンピだし、メイクも彩に教えてもらったとおりちゃんとできてると思う。
ーー少しは可愛くなれてるはず。
窪塚の好みがどうなのかは分からないけど、彩が『大抵の男はナチュラルメイクが好きだから大丈夫。鈴は私のことを信じてもっと自信持ちなさい』って太鼓判押してくれたんだし、きっと大丈夫。
今一度、鏡に映っている自分にそう言って暗示をかけて、最後の仕上げに、窪塚にプレゼントしてもらったイヤーカフをつけて準備完了。
ーーよし、行きますか!
頬を両掌で挟むようにしてパチンと叩くことで気合いを入れて部屋をあとにした。
そしていつものように出がけに、一階のリビングにいた伯父と伯母に、
「いってきま~すッ!」
と元気よく声を放った瞬間。
「あれ、今日はまた一段とめかしこんで、もしかしてデートか?」
「あらあら、可愛い。とっても似合ってるわよ~。鈴ちゃん、デート頑張ってね~!」
ふたりからニマニマと気持ち悪い笑顔と冷やかしまで向けられてしまった。
朝からなんとも気恥ずかしい想いをする羽目になってしまったが、伯母さんからお世辞とはいえ、『可愛い』というお言葉をもらったのでよしとしておく。
今日は土曜日のため、定期的に巡回してくる当直や入院中の担当患者の急変での呼び出しやピンチヒッターなどで当直業務を余儀なくされることを除けば仕事は基本的に休みとなっている。
けれど、日々の業務のなかでもついつい後回しになって滞ってしまってしまいがちな事務作業を少しでも進めておきたくて、セミナーの前に職場である光石総合病院の総合内科の医局に赴いていた。
休みの日にわざわざ職場に出てくるのは結構骨が折れるけれど、午後からは大学病院で開催されるセミナーもあるので、それまで時間を潰すのにちょうどいいかなと思ってのことだ。
私が属している総合内科は急性期病棟のそれとは違い、だいたいが外来患者の診察などが主なため、休日に医局にいる医師はほんの一握りにすぎない。
その内訳は、当直中の医師だったり私と同じ専攻医や研修医だったり、今の私のように時折上級医が溜まった事務作業に勤しんでいるくらいだった。
普段のせかせかとした慌ただしい空気感とは違い、とても静かで時間の流れもゆったりと感じられて、事務作業に没頭するにはもってこいの環境となっている。
そんなこともあり、以前から、仕事終わりだったり、当直明けだったり、気になることを調べたりしているうちに集中しすぎて、気づけば日付が変わっていた。なんてこともままあって、数えたらキリがないくらいだ。
そういえば、メインストリートでのあのキスの一件があった日も、そうだったんだっけ。
ーーなんか懐かしいなぁ。
あれから、まだ三ヶ月ほどしか経っていないというのに、なんだかひどく懐かしく感じられる。
あの頃は、まだ窪塚のことを好きだという自覚はなくて、マイペースで強引な窪塚の言動に腹立たしいという感情しかなかった。
それが今では、窪塚のために、おしゃれしたり、メイクまで頑張ったりしてるなんて、なんだか不思議な気分だ。
ーーあっ、いっけない。脱線するところだった。
医局の中央にある大きな丸テーブルではなく、サイドにズラリと並べられている各々に与えられているデスクの一番端っこに位置する自席で、ノートパソコンに向かい直し再び事務作業へと意識を集中させかけたところで、不意に声をかけられた。
「鈴先生ッ!」
朝から底抜けに明るいその声のほうに振り返ると同時。
「おはようございますッ!」
「……お、おはよう」
元気に挨拶をしてくれた研修医の羽田がニコニコと屈託のない笑顔を振り撒いていた。
羽田は、この春医大を卒業したばかりの研修医になりたてほやほやで、若い女性職員の間では、『ワンコ系イケメン王子』などと呼ばれているほどの人気者だ。
そう思っただけで、睡眠不足気味の心も身体もたちどころに軽やかになるのだから本当に不思議だ。
ーー今ならなんだってできる気がする。
最近、覚えたナチュラルメイクを施した自分の顔と、八月を目前に控えた夏の季節にピッタリな爽やかな淡いブルーのおしとやか系の上品なワンピースに身を包んだ自分の姿とを、姿見鏡に映して確認してみる。
この前の休日に彩に選んでもらったワンピだし、メイクも彩に教えてもらったとおりちゃんとできてると思う。
ーー少しは可愛くなれてるはず。
窪塚の好みがどうなのかは分からないけど、彩が『大抵の男はナチュラルメイクが好きだから大丈夫。鈴は私のことを信じてもっと自信持ちなさい』って太鼓判押してくれたんだし、きっと大丈夫。
今一度、鏡に映っている自分にそう言って暗示をかけて、最後の仕上げに、窪塚にプレゼントしてもらったイヤーカフをつけて準備完了。
ーーよし、行きますか!
頬を両掌で挟むようにしてパチンと叩くことで気合いを入れて部屋をあとにした。
そしていつものように出がけに、一階のリビングにいた伯父と伯母に、
「いってきま~すッ!」
と元気よく声を放った瞬間。
「あれ、今日はまた一段とめかしこんで、もしかしてデートか?」
「あらあら、可愛い。とっても似合ってるわよ~。鈴ちゃん、デート頑張ってね~!」
ふたりからニマニマと気持ち悪い笑顔と冷やかしまで向けられてしまった。
朝からなんとも気恥ずかしい想いをする羽目になってしまったが、伯母さんからお世辞とはいえ、『可愛い』というお言葉をもらったのでよしとしておく。
今日は土曜日のため、定期的に巡回してくる当直や入院中の担当患者の急変での呼び出しやピンチヒッターなどで当直業務を余儀なくされることを除けば仕事は基本的に休みとなっている。
けれど、日々の業務のなかでもついつい後回しになって滞ってしまってしまいがちな事務作業を少しでも進めておきたくて、セミナーの前に職場である光石総合病院の総合内科の医局に赴いていた。
休みの日にわざわざ職場に出てくるのは結構骨が折れるけれど、午後からは大学病院で開催されるセミナーもあるので、それまで時間を潰すのにちょうどいいかなと思ってのことだ。
私が属している総合内科は急性期病棟のそれとは違い、だいたいが外来患者の診察などが主なため、休日に医局にいる医師はほんの一握りにすぎない。
その内訳は、当直中の医師だったり私と同じ専攻医や研修医だったり、今の私のように時折上級医が溜まった事務作業に勤しんでいるくらいだった。
普段のせかせかとした慌ただしい空気感とは違い、とても静かで時間の流れもゆったりと感じられて、事務作業に没頭するにはもってこいの環境となっている。
そんなこともあり、以前から、仕事終わりだったり、当直明けだったり、気になることを調べたりしているうちに集中しすぎて、気づけば日付が変わっていた。なんてこともままあって、数えたらキリがないくらいだ。
そういえば、メインストリートでのあのキスの一件があった日も、そうだったんだっけ。
ーーなんか懐かしいなぁ。
あれから、まだ三ヶ月ほどしか経っていないというのに、なんだかひどく懐かしく感じられる。
あの頃は、まだ窪塚のことを好きだという自覚はなくて、マイペースで強引な窪塚の言動に腹立たしいという感情しかなかった。
それが今では、窪塚のために、おしゃれしたり、メイクまで頑張ったりしてるなんて、なんだか不思議な気分だ。
ーーあっ、いっけない。脱線するところだった。
医局の中央にある大きな丸テーブルではなく、サイドにズラリと並べられている各々に与えられているデスクの一番端っこに位置する自席で、ノートパソコンに向かい直し再び事務作業へと意識を集中させかけたところで、不意に声をかけられた。
「鈴先生ッ!」
朝から底抜けに明るいその声のほうに振り返ると同時。
「おはようございますッ!」
「……お、おはよう」
元気に挨拶をしてくれた研修医の羽田がニコニコと屈託のない笑顔を振り撒いていた。
羽田は、この春医大を卒業したばかりの研修医になりたてほやほやで、若い女性職員の間では、『ワンコ系イケメン王子』などと呼ばれているほどの人気者だ。
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