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深まる疑惑

#7

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そこに、突如姿を現せた高梨さんの凛とした声が先輩方に向けて響き渡った。


「あぁ、誰かと思えば先輩方でしたか、お疲れ様です。

こんなところであることないこと後輩の悪口言ってるなんて。

皆さん、よっぽどお暇なんですね?」

「なっ! ちょっと何よっ、高梨さん! そういう言い方は先輩に対して失礼なんじゃないの?」


その途端、黙りこんでいた先輩一人から気色ばんだ声が放たれた。


それに続いて、他の先輩方からも口々に、


「「「そっ、そうよ、高梨さんっ!」」」


高梨さんを非難するような声が飛び出してきて、場の空気が一気に熱を帯びたのが雰囲気からでもよく分かる。


けれど、そんなことはどうでもいいというように、高梨さんの言葉はとどまることはなかった。


「そうですか? 先輩方の方がよっぽど後輩に対して失礼だと思うんですけど。

だって個室が二つも閉まってて、誰が聞いてるかも分からない、本人が居るかもしれないところで、平気で後輩の悪口言うなんて、人としてどうなんですかね? 

っていうか、そこの個室に本人居ますからね?」


――『――えぇっ!?』


これには、個室で息を潜めていた私もビックリさせられたけれど。


「「「「……っ!?」」」」


先輩方は、もっと驚いている様子で。


押し黙って絶句してしまった先輩方からは、妙な緊張感まで漂っているように感じらて、なんだか気の毒な気がしてくるほどだ。


それでも、高梨さんのどこまでも凛とした声は勢いを欠くことなく続いていく。


「いい機会なんで言っておきますが、綾瀬さんは計算なんてできるほど器用でも、賢い人でもないし。

なんなら自分がけなされてることにも、バカにされてることさえも気づいてないような鈍感で、おめでたいくらいな人なんで。

先輩方のように、重役や上司にだけ忖度《そんたく》するようなことは一切できないと思います。

副社長も、そういう綾瀬さんに惹かれたんだと思いますよ。

まぁ、別に、綾瀬さんの肩を持つとかじゃなくて。私、もともとこういう悪口とかっていう、子供じみたことが嫌いなんですよね。

なので。もし、これからも、こういう心ない悪口が聞こえてくるようなら。私、三上室長にお願いして、副社長の耳にも入れて頂きますので。

これからは、神聖な職場で、こういう小学生レベルな馬鹿げたことがないよう、よろしくお願いします」


ピシャリと放たれた、高梨さんの安定の凛とした声にスパーンと一刀両断されてしまった先輩方のうちの一人が、


「ご、ごめんなさいね。まさか本人が居るなんて思わなくて……。それに、誤解もあったみたい。ちょっと言い過ぎちゃったけど、悪気はなかったのよ。

あっ、いけない。急ぎの仕事があったんだったわ。じゃぁ」


苦し紛れにそういって女子トイレから逃げるように出ていくと、


「「「ご、ごめんなさい。じゃぁ、私たちもそろそろ……」」」


他の先輩方も口々にそういって、あっという間に一人残らず居なくなっていた。


もとのように静かになった空間には、高梨さんと個室に籠ったままの私だけが取り残されていて。


放心状態だった私が徐々にクリアになっていく頭の中では、高梨さんに感謝しつつも、思いがけず知ることとなった"あること"が占めていた。


「綾瀬さん、いつまで隠れてるつもり? 速く出てきなさい」

「……は、はい。

あの、さっきはありがとうございました」

「私は思ったことを言ったまでよ。別に、お礼を言われるほどのことじゃないわ。

あっ、もうこんな時間、さっさと仕事に戻るわよ」

「あっ、はい」


こうして、歯に衣着せぬ、裏表のない自分に正直な高梨さんの性格を如実に表したような、凛とした声が聞こえてきて、ようやく私は個室から出ることとなったのだけれど……。


先輩方の言ってた悪口なんかよりも、要さんと私とのことがいつの間にか噂になっていたことも確かに衝撃的だったけれど。


そんなことよりももっと衝撃だったのが、さっきから私の頭を占めている"あること"だった。


"あること"とは、私が秘書室に異動になったのが、他でもない、副社長である要さんの采配であったということだ。


勿論、突然秘書室に異動になったことが嫌だった訳じゃなく、要さんに、今までずっと嘘をつかれていたという事実がなによりもショックだった。


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