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嫁入りが決まった
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カーテンを閉め切った薄暗い部屋の中、アリーは毛布を頭まで被り寝台の上で臥せっていた。フレン伯爵邸でサリバン夫人に抑え込まれた挙句地下牢に入れられたことにかなりショックを受け、誰とも会わず閉じこもる日々を過ごしている。
「なんなの……。なんなのよ、あの女…………」
こちらを見下す女の視線が頭から離れない。
まるで道端に捨ててある生ごみを見るような目。
今までの人生で他者からあんな目を向けられたことなどない。しかもそれが憎い恋敵だから余計に頭から離れない。
「私が何をしたっていうのよ……。ただいつものように邸に行っただけじゃない……!なんで牢屋になんて入れられなきゃならないのよ……」
これまで何度となく、それこそ子供の頃から当たり前のように通っていたフレン伯爵邸。
それは幼馴染のレイモンドが妻を迎えようとも変わらない。
いや、むしろ夫婦仲が壊れてしまえばいいという思いがあった。
アリーは幼い頃からレイモンドに恋していた。
まるでお伽噺に出てくる王子様のような彼と結ばれる日を夢見ていた。
家臣の家では伯爵家の夫人になることは無理であるならば、せめて愛人という日陰の立場でもいいから傍にいたい。だから縁談が来ても断り続けたし、父もそれでいいと言ってくれた。
だけどレイモンドは一向に振り向いてくれない。
いつだって“幼馴染”としてしか見てくれない。
けれども諦めきれないまま、気づけばもう年齢も三十を過ぎていた。
今更もう引き返せない。
こちらが相変わらず進展しない関係に焦っているというのにレイモンドはなんと三度目の妻を迎えたというではないか。またいつものように夫婦仲を邪魔してやろうと新妻に会いに行ったのだが、いつもと違って会わせてもらえず散々待たされた挙句に帰された。
しかもそのことで抗議されてしまい、おかげで母親から散々叱られてしまった。
腹が立ったので文句を言おうと邸に突撃したら今度はなんと床に体を抑えつけられるという暴行を働かれ、おまけに地下牢にまで入れられてしまったのだ。
おかしい、今までこんな扱いを受けたことなんてない。
いつもは侍女長が新妻に会わせてくれていたのに、今回はそうしてくれないどころか助けてもくれない。
レイモンドの三度目の妻は今までとは明らかに違う。普通じゃない。
こちらに向けるまるで温度を感じさせない冷めた瞳に恐怖で身震いした。
あんな恐ろしくて冷たい女が妻だなんてレイモンドが可哀想だ。
何とか救ってあげたいが、もう一度あのような目にあったらと思うと足がすくんで動けない。誰とも会う気にもなれずこうして一人閉じこもることしか出来なかった。
「はあ…………え……?」
やるせなさでため息をついた瞬間、いきなりバンというけたたましい音と共に部屋の扉が開かれる。
「ごきげんよう、アリー。喜びなさい、アレクがお父様の代を継いでダスター家の当主となったわよ!」
やけに明るい声でそう教えてくれたのは母だった。
縁談を断り、初恋を追い続ける娘に愛想をつかしていた母がこうして話しかけてくれるなんて何年ぶりだろうか。しかも弟が当主の座についた? どうして?
「え……アレクが? 何で? お父様は?」
「そんなことはどうでもいいのよ。それより貴女の嫁入りが決まりました。早速その準備をするわよ!」
「え? え……? な、なに? 嫁入り? どういうこと?」
「どうもこうも、貴族の娘がどこかに嫁ぐのは当たり前のことです。つべこべ言っていないでさっさと準備を始めますよ」
母が手を叩くと背後から数人のメイドが一斉に入って来た。
あれよという間にアリーは力づくで風呂へと連行され、念入りに肌の手入れをされていく。
「ちょっ……ちょっと! お母様! いきなり何? 何なの?」
騒ぐアリーを無視して母はずっとニコニコと微笑んでいる。
その表面上は笑っているのに目はちっとも笑っていない顔に寒気がした。
「なんなの……。なんなのよ、あの女…………」
こちらを見下す女の視線が頭から離れない。
まるで道端に捨ててある生ごみを見るような目。
今までの人生で他者からあんな目を向けられたことなどない。しかもそれが憎い恋敵だから余計に頭から離れない。
「私が何をしたっていうのよ……。ただいつものように邸に行っただけじゃない……!なんで牢屋になんて入れられなきゃならないのよ……」
これまで何度となく、それこそ子供の頃から当たり前のように通っていたフレン伯爵邸。
それは幼馴染のレイモンドが妻を迎えようとも変わらない。
いや、むしろ夫婦仲が壊れてしまえばいいという思いがあった。
アリーは幼い頃からレイモンドに恋していた。
まるでお伽噺に出てくる王子様のような彼と結ばれる日を夢見ていた。
家臣の家では伯爵家の夫人になることは無理であるならば、せめて愛人という日陰の立場でもいいから傍にいたい。だから縁談が来ても断り続けたし、父もそれでいいと言ってくれた。
だけどレイモンドは一向に振り向いてくれない。
いつだって“幼馴染”としてしか見てくれない。
けれども諦めきれないまま、気づけばもう年齢も三十を過ぎていた。
今更もう引き返せない。
こちらが相変わらず進展しない関係に焦っているというのにレイモンドはなんと三度目の妻を迎えたというではないか。またいつものように夫婦仲を邪魔してやろうと新妻に会いに行ったのだが、いつもと違って会わせてもらえず散々待たされた挙句に帰された。
しかもそのことで抗議されてしまい、おかげで母親から散々叱られてしまった。
腹が立ったので文句を言おうと邸に突撃したら今度はなんと床に体を抑えつけられるという暴行を働かれ、おまけに地下牢にまで入れられてしまったのだ。
おかしい、今までこんな扱いを受けたことなんてない。
いつもは侍女長が新妻に会わせてくれていたのに、今回はそうしてくれないどころか助けてもくれない。
レイモンドの三度目の妻は今までとは明らかに違う。普通じゃない。
こちらに向けるまるで温度を感じさせない冷めた瞳に恐怖で身震いした。
あんな恐ろしくて冷たい女が妻だなんてレイモンドが可哀想だ。
何とか救ってあげたいが、もう一度あのような目にあったらと思うと足がすくんで動けない。誰とも会う気にもなれずこうして一人閉じこもることしか出来なかった。
「はあ…………え……?」
やるせなさでため息をついた瞬間、いきなりバンというけたたましい音と共に部屋の扉が開かれる。
「ごきげんよう、アリー。喜びなさい、アレクがお父様の代を継いでダスター家の当主となったわよ!」
やけに明るい声でそう教えてくれたのは母だった。
縁談を断り、初恋を追い続ける娘に愛想をつかしていた母がこうして話しかけてくれるなんて何年ぶりだろうか。しかも弟が当主の座についた? どうして?
「え……アレクが? 何で? お父様は?」
「そんなことはどうでもいいのよ。それより貴女の嫁入りが決まりました。早速その準備をするわよ!」
「え? え……? な、なに? 嫁入り? どういうこと?」
「どうもこうも、貴族の娘がどこかに嫁ぐのは当たり前のことです。つべこべ言っていないでさっさと準備を始めますよ」
母が手を叩くと背後から数人のメイドが一斉に入って来た。
あれよという間にアリーは力づくで風呂へと連行され、念入りに肌の手入れをされていく。
「ちょっ……ちょっと! お母様! いきなり何? 何なの?」
騒ぐアリーを無視して母はずっとニコニコと微笑んでいる。
その表面上は笑っているのに目はちっとも笑っていない顔に寒気がした。
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