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嫉妬
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「大所帯とは……ご家族の人数が多いということでしょうか?」
「そのようね。ご夫君のご両親に祖父母、それと既に奥方が三人いらっしゃってそれぞれにお子様も数人いたはずだわ」
「三世代同居のうえに既に妻子が……。それは、凄いですね……」
自分だったらそんな家に嫁ぐなんて絶対に無理、と侍女は身震いした。
どう考えても苦労する未来しか見えない。
「それにしてもその方はよくメグ嬢を娶ることを了承してくださいましたね? ご夫君側に何の利益もなさそうですのに……」
自分の身支度一つしたことがない貴族の令嬢では大した労働力になるとは思えない。
おまけに若くもなければ美しくも無い、罪悪感無く他人の金を使ってしまうような倫理観の無い女を引き取ったところで利益どころか損害になりそうだ。
「あるわよ。引き取ってもらうこと条件にフレン家でも彼等の家と契約を結ぶことにしたから。むしろ喜んで引き受けてくれたわ。それはアリー嬢の嫁ぎ先も同じよ」
「え!? フレン家でも? それは旦那様もご承知で……?」
「事後報告になってしまったけど、旦那様は快く契約書に署名してくださったわ。近いうちに食品加工の工場を領地に造ろうと思っていたから丁度いいわよね」
「食品加工の工場……って、確か以前奥様が旦那様にご提案していた案件ですか?」
「そうよ。旦那様は鉱山の事業でお忙しいからわたくしが主体で話を進めることになるでしょうけど」
領地の経営に関してもシスティーナが浸食しつつある。
もう、この家はシスティーナに掌握されているといっても過言はない。
なにせ当主自身がこの若き妻のいいなりなのだから。
先方も“フレン家”の名より“ベロア家出身のフレン伯爵夫人”の名に惹かれての契約だと分かる。そうでなければ貧乏貴族のフレン家との取引をちらつかせて食いつくはずがない。
「ちなみにアリー嬢の嫁ぎ先の家族構成は……」
「ご夫君とその母君、未婚のご姉妹、それと若い正妻が一人ね」
「それはそれで複雑なご家庭ですね……」
どちらに嫁ぐのも苦労しかしなさそう。
それにしてもよくもそういう嫁ぎ先を見つけるものだと感心してしまう。
「……もしかしなくとも奥様、彼女達に相当お怒りでいらっしゃいます?」
こう言っては何だが、使い込んだ分の金を返金させるのなら各家の財産から回収する方法が最も簡単だ。それをせず、わざわざ縁談先という名の地獄まで用意して彼女達をそこに閉じ込めるあたり、システィーナの彼女達に対する怒りが伺える。
「あら、分かってしまったかしら? だって……ねえ、わたくしの旦那様の愛人になりたいって……それはわたくしに対する宣戦布告のようなものじゃない? 淑女としてはそれくらい気にしないことが正しいのでしょうけど……腹が立つという感情はどうしようもないのよね」
自分の夫に自分以外の女性が纏わりつくというのはこんなにも腹が立つものなのだとシスティーナは初めて知った。彼女達が妻である自分に対して挑発的な態度を取ることも、夫が彼女達と一線を引かないことも腹が立って仕方なかった。勿論領民の血税を他家の人間が私的に使い込んだことも許せないが、罰を与える際に私怨が無かったとは言えない。
夫を狙う身の程知らずの女を叩き潰してやりたい。
そんな怒りと憎しみの感情があったことは否めない。
「こんなことで怒ってしまうなんてまだまだ未熟ね。お母様が知ったらお嘆きになるわ……」
淑女たるもの夫に愛人が出来ようとも堂々と構えておくべし、と習ったはずなのに上手くいかなかった。悋気を起こして夫に強く当たり、愛人になろうとする幼馴染達を排除したくてたまらなかった。
「正しい淑女の在り方はそうなのかもしれませんが……それだけ奥様が旦那様をお慕いしている証拠だと思います。奥様の想いを知れば旦那様はきっとお喜びになられますよ……」
侍女の言葉にシスティーナは「そうかしら……?」と小首を傾げる。
そんな何気ない仕草もため息が零れるほどに美しい。
こんなにも美しく完璧な貴婦人が嫉妬してくれたと知って喜ばない男は少ないだろう。
その対象がお世辞にも優秀とはいえない鈍感なレイモンドだというのは納得いかないが……。
それにしても馬鹿な女達、と侍女はここにいないアリーとメグを心の中で蔑んだ。
ベロア家の娘の夫に手出しをしようとして無事でいられると思う方が間違っている。
敵に回してはいけない相手を把握しておかないのは貴族として致命的だ。考えが甘い。
過酷な生活の中でいつ自分の過ちに気づくのか。それとも一生気づかないままなのか。
そんなことを考えながら侍女は主人へお茶のお代わりを淹れるべくティーポットを手に取った。
「そのようね。ご夫君のご両親に祖父母、それと既に奥方が三人いらっしゃってそれぞれにお子様も数人いたはずだわ」
「三世代同居のうえに既に妻子が……。それは、凄いですね……」
自分だったらそんな家に嫁ぐなんて絶対に無理、と侍女は身震いした。
どう考えても苦労する未来しか見えない。
「それにしてもその方はよくメグ嬢を娶ることを了承してくださいましたね? ご夫君側に何の利益もなさそうですのに……」
自分の身支度一つしたことがない貴族の令嬢では大した労働力になるとは思えない。
おまけに若くもなければ美しくも無い、罪悪感無く他人の金を使ってしまうような倫理観の無い女を引き取ったところで利益どころか損害になりそうだ。
「あるわよ。引き取ってもらうこと条件にフレン家でも彼等の家と契約を結ぶことにしたから。むしろ喜んで引き受けてくれたわ。それはアリー嬢の嫁ぎ先も同じよ」
「え!? フレン家でも? それは旦那様もご承知で……?」
「事後報告になってしまったけど、旦那様は快く契約書に署名してくださったわ。近いうちに食品加工の工場を領地に造ろうと思っていたから丁度いいわよね」
「食品加工の工場……って、確か以前奥様が旦那様にご提案していた案件ですか?」
「そうよ。旦那様は鉱山の事業でお忙しいからわたくしが主体で話を進めることになるでしょうけど」
領地の経営に関してもシスティーナが浸食しつつある。
もう、この家はシスティーナに掌握されているといっても過言はない。
なにせ当主自身がこの若き妻のいいなりなのだから。
先方も“フレン家”の名より“ベロア家出身のフレン伯爵夫人”の名に惹かれての契約だと分かる。そうでなければ貧乏貴族のフレン家との取引をちらつかせて食いつくはずがない。
「ちなみにアリー嬢の嫁ぎ先の家族構成は……」
「ご夫君とその母君、未婚のご姉妹、それと若い正妻が一人ね」
「それはそれで複雑なご家庭ですね……」
どちらに嫁ぐのも苦労しかしなさそう。
それにしてもよくもそういう嫁ぎ先を見つけるものだと感心してしまう。
「……もしかしなくとも奥様、彼女達に相当お怒りでいらっしゃいます?」
こう言っては何だが、使い込んだ分の金を返金させるのなら各家の財産から回収する方法が最も簡単だ。それをせず、わざわざ縁談先という名の地獄まで用意して彼女達をそこに閉じ込めるあたり、システィーナの彼女達に対する怒りが伺える。
「あら、分かってしまったかしら? だって……ねえ、わたくしの旦那様の愛人になりたいって……それはわたくしに対する宣戦布告のようなものじゃない? 淑女としてはそれくらい気にしないことが正しいのでしょうけど……腹が立つという感情はどうしようもないのよね」
自分の夫に自分以外の女性が纏わりつくというのはこんなにも腹が立つものなのだとシスティーナは初めて知った。彼女達が妻である自分に対して挑発的な態度を取ることも、夫が彼女達と一線を引かないことも腹が立って仕方なかった。勿論領民の血税を他家の人間が私的に使い込んだことも許せないが、罰を与える際に私怨が無かったとは言えない。
夫を狙う身の程知らずの女を叩き潰してやりたい。
そんな怒りと憎しみの感情があったことは否めない。
「こんなことで怒ってしまうなんてまだまだ未熟ね。お母様が知ったらお嘆きになるわ……」
淑女たるもの夫に愛人が出来ようとも堂々と構えておくべし、と習ったはずなのに上手くいかなかった。悋気を起こして夫に強く当たり、愛人になろうとする幼馴染達を排除したくてたまらなかった。
「正しい淑女の在り方はそうなのかもしれませんが……それだけ奥様が旦那様をお慕いしている証拠だと思います。奥様の想いを知れば旦那様はきっとお喜びになられますよ……」
侍女の言葉にシスティーナは「そうかしら……?」と小首を傾げる。
そんな何気ない仕草もため息が零れるほどに美しい。
こんなにも美しく完璧な貴婦人が嫉妬してくれたと知って喜ばない男は少ないだろう。
その対象がお世辞にも優秀とはいえない鈍感なレイモンドだというのは納得いかないが……。
それにしても馬鹿な女達、と侍女はここにいないアリーとメグを心の中で蔑んだ。
ベロア家の娘の夫に手出しをしようとして無事でいられると思う方が間違っている。
敵に回してはいけない相手を把握しておかないのは貴族として致命的だ。考えが甘い。
過酷な生活の中でいつ自分の過ちに気づくのか。それとも一生気づかないままなのか。
そんなことを考えながら侍女は主人へお茶のお代わりを淹れるべくティーポットを手に取った。
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