どうして許されると思ったの?

わらびもち

文字の大きさ
73 / 136

嫉妬

しおりを挟む
「大所帯とは……ご家族の人数が多いということでしょうか?」

「そのようね。ご夫君のご両親に祖父母、それと既に奥方が三人いらっしゃってそれぞれにお子様も数人いたはずだわ」

「三世代同居のうえに既に妻子が……。それは、凄いですね……」

 自分だったらそんな家に嫁ぐなんて絶対に無理、と侍女は身震いした。
 どう考えても苦労する未来しか見えない。

「それにしてもその方はよくメグ嬢を娶ることを了承してくださいましたね? ご夫君側に何の利益もなさそうですのに……」

 自分の身支度一つしたことがない貴族の令嬢では大した労働力になるとは思えない。
 おまけに若くもなければ美しくも無い、罪悪感無く他人の金を使ってしまうような倫理観の無い女を引き取ったところで利益どころか損害になりそうだ。

「あるわよ。引き取ってもらうこと条件にフレン家でも彼等の家と契約を結ぶことにしたから。むしろ喜んで引き受けてくれたわ。それはアリー嬢の嫁ぎ先も同じよ」

「え!? フレン家でも? それは旦那様もご承知で……?」

「事後報告になってしまったけど、旦那様は快く契約書に署名してくださったわ。近いうちに食品加工の工場を領地に造ろうと思っていたから丁度いいわよね」

「食品加工の工場……って、確か以前奥様が旦那様にご提案していた案件ですか?」

「そうよ。旦那様は鉱山の事業でお忙しいからわたくしが主体で話を進めることになるでしょうけど」

 領地の経営に関してもシスティーナが浸食しつつある。
 もう、この家はシスティーナに掌握されているといっても過言はない。
 なにせ当主自身がこの若き妻のいいなりなのだから。

 先方も“フレン家”の名より“ベロア家出身のフレン伯爵夫人”の名に惹かれての契約だと分かる。そうでなければ貧乏貴族のフレン家との取引をちらつかせて食いつくはずがない。

「ちなみにアリー嬢の嫁ぎ先の家族構成は……」

「ご夫君とその母君、未婚のご姉妹、それと若い正妻が一人ね」

「それはそれで複雑なご家庭ですね……」

 どちらに嫁ぐのも苦労しかしなさそう。
 それにしてもよくもそういう嫁ぎ先を見つけるものだと感心してしまう。

「……もしかしなくとも奥様、彼女達に相当お怒りでいらっしゃいます?」

 こう言っては何だが、使い込んだ分の金を返金させるのなら各家の財産から回収する方法が最も簡単だ。それをせず、わざわざ縁談先という名の地獄まで用意して彼女達をそこに閉じ込めるあたり、システィーナの彼女達に対する怒りが伺える。

「あら、分かってしまったかしら? だって……ねえ、わたくしの旦那様の愛人になりたいって……それはわたくしに対する宣戦布告のようなものじゃない? 淑女としてはそれくらい気にしないことが正しいのでしょうけど……腹が立つという感情はどうしようもないのよね」

 自分の夫に自分以外の女性が纏わりつくというのはこんなにも腹が立つものなのだとシスティーナは初めて知った。彼女達が妻である自分に対して挑発的な態度を取ることも、夫が彼女達と一線を引かないことも腹が立って仕方なかった。勿論領民の血税を他家の人間が私的に使い込んだことも許せないが、罰を与える際に私怨が無かったとは言えない。

 夫を狙う身の程知らずの女を叩き潰してやりたい。
 そんな怒りと憎しみの感情があったことは否めない。

「こんなことで怒ってしまうなんてまだまだ未熟ね。お母様が知ったらお嘆きになるわ……」

 淑女たるもの夫に愛人が出来ようとも堂々と構えておくべし、と習ったはずなのに上手くいかなかった。悋気を起こして夫に強く当たり、愛人になろうとする幼馴染達を排除したくてたまらなかった。

「正しい淑女の在り方はそうなのかもしれませんが……それだけ奥様が旦那様をお慕いしている証拠だと思います。奥様の想いを知れば旦那様はきっとお喜びになられますよ……」

 侍女の言葉にシスティーナは「そうかしら……?」と小首を傾げる。
 そんな何気ない仕草もため息が零れるほどに美しい。
 こんなにも美しく完璧な貴婦人が嫉妬してくれたと知って喜ばない男は少ないだろう。
 
 その対象がお世辞にも優秀とはいえない鈍感なレイモンドだというのは納得いかないが……。

 それにしても馬鹿な女達、と侍女はここにいないアリーとメグを心の中で蔑んだ。
 ベロア家の娘の夫に手出しをしようとして無事でいられると思う方が間違っている。
 敵に回してはいけない相手を把握しておかないのは貴族として致命的だ。考えが甘い。

 過酷な生活の中でいつ自分の過ちに気づくのか。それとも一生気づかないままなのか。
 そんなことを考えながら侍女は主人へお茶のお代わりを淹れるべくティーポットを手に取った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

兄にいらないと言われたので勝手に幸せになります

毒島醜女
恋愛
モラハラ兄に追い出された先で待っていたのは、甘く幸せな生活でした。 侯爵令嬢ライラ・コーデルは、実家が平民出の聖女ミミを養子に迎えてから実の兄デイヴィッドから冷遇されていた。 家でも学園でも、デビュタントでも、兄はいつもミミを最優先する。 友人である王太子たちと一緒にミミを持ち上げてはライラを貶めている始末だ。 「ミミみたいな可愛い妹が欲しかった」 挙句の果てには兄が婚約を破棄した辺境伯家の元へ代わりに嫁がされることになった。 ベミリオン辺境伯の一家はそんなライラを温かく迎えてくれた。 「あなたの笑顔は、どんな宝石や星よりも綺麗に輝いています!」 兄の元婚約者の弟、ヒューゴは不器用ながらも優しい愛情をライラに与え、甘いお菓子で癒してくれた。 ライラは次第に笑顔を取り戻し、ベミリオン家で幸せになっていく。 王都で聖女が起こした騒動も知らずに……

戻る場所がなくなったようなので別人として生きます

しゃーりん
恋愛
医療院で目が覚めて、新聞を見ると自分が死んだ記事が載っていた。 子爵令嬢だったリアンヌは公爵令息ジョーダンから猛アプローチを受け、結婚していた。 しかし、結婚生活は幸せではなかった。嫌がらせを受ける日々。子供に会えない日々。 そしてとうとう攫われ、襲われ、森に捨てられたらしい。 見つかったという遺体が自分に似ていて死んだと思われたのか、別人とわかっていて死んだことにされたのか。 でももう夫の元に戻る必要はない。そのことにホッとした。 リアンヌは別人として新しい人生を生きることにするというお話です。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

私を追い出した結果、飼っていた聖獣は誰にも懐かないようです

天宮有
恋愛
 子供の頃、男爵令嬢の私アミリア・ファグトは助けた小犬が聖獣と判明して、飼うことが決まる。  数年後――成長した聖獣は家を守ってくれて、私に一番懐いていた。  そんな私を妬んだ姉ラミダは「聖獣は私が拾って一番懐いている」と吹聴していたようで、姉は侯爵令息ケドスの婚約者になる。  どうやらラミダは聖獣が一番懐いていた私が邪魔なようで、追い出そうと目論んでいたようだ。  家族とゲドスはラミダの嘘を信じて、私を蔑み追い出そうとしていた。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

処理中です...