どうして許されると思ったの?

わらびもち

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アリーの新婚生活

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「ハア……ハア……、何で私がこんなことを……」

 重い水桶を引きずるように運びながら女が恨み言を呟く。
 化粧をしていない日に焼けた顔からは汗が流れて地面に零れた。

「遅い! 何やってんだい、ウスノロが!」

 水桶を運ぶ女に向かって恰幅のいい老女が大声で怒鳴りつける。
 女は老女に向かって「うるさいな……」と恨みがましく吐き捨てた。

「文句言うならアンタが持ってよ!」

「はあ!? ふざけるのも大概にしな! こっちは役立たずのお前でも出来そうな仕事を振ってやってんだ。感謝される覚えはあれども文句を言われる筋合いはないよ!」

「ここまでこき使っておいて感謝しろ? ふざけているのはどっちよ!」

「こき使うだって? のアンタを使うのは当然だろう! アンタは何でここに来たのか理解していないのかい!?」

「借金奴隷ですって!? 私はここの家の主人の元に嫁いできた花嫁よ! 卑しい身分の中年に貴族のアタシが嫁いでやったのよ? こっちが感謝されたいくらいだわ!」

「はんっ! うちの息子以外貰い手が見つからなかった醜女の嫁き遅れが偉そうなことを言うんじゃないよ! いいからさっさと水を運んできな。それが済んだら昼飯の準備だよ。さっさとしないとお前の分は抜きにするよ! それが嫌なら早くするんだね!」

 言いたいことだけ言うと老女はさっさと行ってしまった。
 残された女……農家へと嫁いだアリーは悔しそうにその場で地団太を踏む。

「何よ、あのババア!! 卑しい平民の分際でこの私をこき使うなんて許せない!」

 怒りのままアリーは水桶を乱暴に地面へと置く。
 身軽になった彼女はそのまま来た道を走って戻ろうとした。その時……

「おい、何処へ行く気だ?」

 大きな鍬を持った大男がアリーの前に立ちふさがる。
 凶器にしか見えないそれに驚いたアリーは硬直し、身をすくませた。

「な……なによ、関係ないでしょう……?」

「あるだろう? お前の借金を肩代わりしたのは俺だ。勝手に逃げ出されたら困る。借金分は働いてもらわないと」

「別に私が頼んだわけじゃないわよ! お母様が勝手にしたことだわ。私は納得していない!」

「納得しているか、していないかなんてどうでもいい。ちなみにお前はどう逃げ出すつもりだったんだ? 金も無いのに。そのろくに筋肉もついていない軟弱な体で走って逃げる気だったのか?」

「別にその辺の馬車に乗せてもらえば済む話よ! それにお金が無いのはアンタ達が私の荷物を全部奪ったからじゃない! ここに来た時に着ていたドレスだってアクセサリーだって……返してよ泥棒!」

「泥棒はお前だろう? それにあの服や小物は売って返済分に充てていいってお前の母親が言っていたからそうしたまでだ。そのおかげで少しは借金が減ったからよかったじゃないか?」

 怒るアリーに対して淡々と返す男。彼がアリーの夫となった相手である。

「それに馬車って言ってもこの辺は荷馬車しか走っていない。運転手がお前を乗せてくれるとも思えないし、結局は自分の足で進む以外ないぞ。どうせ町まで行ってどうにかして実家に帰ろうとするんだろうけど、行ったところでまた戻されて終わりだ。諦めろ」

「はあ!? そんなのやってみなきゃ分からないじゃない! それに乗せてくれないなんて何で言えるのよ!」

「この辺の連中は皆アンタが借金のカタにやってきたって知っているからだよ。関わりたくないだろう、そんな奴」

 何を言っても淡々と言い返されることに腹が立ったアリーは無言で夫を睨みつけた。
 呆れた夫がフーっとため息をついた時、前の方から一人の若い女性がやってきた。

「あなた、お帰りなさい」

 女性の声がした瞬間、夫は持っていた斧をその場に置いて一目散にそちらへと駆けていった。

「ルル! ただいま。わざわざ出迎えてくれたのか? 体は大丈夫か?」

「ええ、今日は調子がいいんです。だから昼食の準備をしようと思って……」

 ルルと呼ばれた女性はアリーが置きっぱなしにした水桶を持ち上げようと手を伸ばす。
 それを夫が慌てて横から奪う。

「おいおい、身重なのにこんな重い物持とうとしたら駄目だって……!」

「あら、平気ですよ。これくらいなら持てます」

「駄目だ。一人の体じゃないんだから無理をするな」

 仲睦まじく見つめ合う二人はそっと寄り添い家の方へと歩き始めた。
 ポツンとその場に残されたアリーに向かって夫は「帰るぞ、さっさと来い」と吐き捨てるように告げる。ルルに対する態度と全く違うそれにアリーは屈辱を覚え、わなわなと震えだした。

 そんなアリーに向かってルルは振り返りざま勝ち誇ったような笑みを見せた。

「なっ……!? あ……あの女……!!」

 神経を逆撫でされるような挑発的な態度にアリーは沸騰しそうな怒りを覚えた。
 貴族の自分が平民の女に見下されるなど許せない。
 一言文句を言ってやろうと小走りでルルを追いかけた。
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