今更、話すことなどございません

わらびもち

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友人とのお茶会

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 よく晴れた気持ちのいい午後。
 エセルは友人の家で催されたお茶会に参加していた。
 気のおけない友との取り留めのない会話が屋敷に満ちる孤独を束の間忘れさせてくれる。
 白磁のカップが受け皿に触れてかすかな音を立てた。温い紅茶の湯気が午後の陽射しの中でほどけていく。

「エセル様、新しいお屋敷での暮らしはどう?」
 
 友人の一人がエセルにそう問いかけてきた。心からの気遣いと、ほんの少しの好奇心が混じった声。
 エセルはそれにどう返すべきかと一瞬悩み、視線を伏せて微かな声で答えた。

「ええ、とても気を遣っていただいてます」

 それだけ言って口元にかすかな微笑を浮かべる。

 エセルの返答に友人は「そうなのですね……」と相槌を打ち、それ以上は踏み込まなかった。
 その場にいた者はその言葉の奥に何があるのかを察しながらも、それ以上は触れられずにいた。
 なぜならエセルの薄幸な佇まいは見るに忍びなく、仔細を聞き出すことも憚られたためである。
 自然と話題は別のものへ移った。エセルは紅茶のカップを片手に友人達の声に耳を傾けていたが、その心は屋敷での生活に囚われていた。

 屋敷で気を遣ってもらっているというのは嘘ではない。
 ただ、真実でもない。
 義父は無関心、母は再婚相手に夢中でエセルのことは眼中にない。名も知らぬ義兄は顔を合わせれば嫌なことばかり言ってくる。エセルを気遣ってくれるのは屋敷の使用人だけだ。

 ただ、それは同情からくるものだとは分かっていた。家族に顧みられない、居場所のない哀れな少女。彼等がエセルをそういう目で見ていることはとうに気づいていた。丁寧に接してくれるが誰も心を開いていない。再婚相手の連れ子であるエセルは前の家の血を引く、扱いづらい存在だ。腫れもの扱いされても仕方ないと半ば諦めている。

 静かに紅茶を口に含んでいると、いつのまにか話題は華やいだものに移っていた。

「先日、正式に婚約が決まりましたの」

「まあ、それはおめでとうございます。お相手はどなたです?」

 柔らかな笑い声が満ちるその場で、エセルの心だけが沈んでいた。

 ――皆、もう“行き先”が決まっている。

 彼女は相槌を打ちながら、微笑みを崩さない。祝福の言葉も手慣れた調子で口にできた。
 けれど胸の奥では悲しみと孤独が渦巻いていた。

 ――私には、まだ何もない。

 実家にいた頃ならもういくつか縁談が持ち込まれていてもおかしくない年頃だ。
 もし父が生きていたのなら、エセルも今頃は婚約の知らせを友人たちに語っていたのかもしれない。
 
 令嬢の婚約は通常は当主である父親が決めるもの。だが、今のエセルには”父”と呼べる存在が無いに等しい。
 母の再婚相手であるベネディクト伯爵の目にはエセルの存在など映っていない。彼にとって、エセルは母の連れ子、単なるおまけでしかないのだ。縁談の相談など、できるわけもない。

 ――私はこの先どうなるのだろう……。

 父が生きている頃なら、縁談は父が決めてくれるのだろうと安心していられた。
 だが、その”父”がいなくなった今、エセルの行先を考える人など誰もいない。
 母に頼めばいいのかもしれないが、近ごろの母はベネディクト伯爵と過ごす時間を何より優先するのでエセルの話は聞いてもらえないだろう。最初の頃は諸々のことを相談したくて母の元へと行ったが、その度に「今は忙しいの」「ごめんね、後で聞くわ」と言われてしまう。その”後で”は未だに訪れない。きっと今後も一生ないだろう。

 そんなとき、友人のひとりが何気ない調子で尋ねた。

「エセル様はなにかご縁談の話はございませんの?」

 一瞬、世界が止まったように感じた。
 エセルは反射的に微笑みを深くする。この場を壊さないための、完璧な微笑みを顔に貼り付けて答えた。

「今はまだ、ご縁を待っているところですわ」

 そう答えるのが精一杯だった。
 どうすればいいのかは自分でも分からない。このまま屋敷の奥でいつのまにか年を重ねるだけなのか。それとも義父がどこかの家と縁談を纏めてくれるのか。それとも……適齢期を過ぎたら屋敷から放り出されるのか。

 祝福の声に囲まれながら、エセルは自分の行き先が用意されていない不安で押しつぶされそうになる。
 そんな時、ふと、ひとりの友人が声を落とした。

「エセル様。もし、縁談がまだのようでしたら……」

 その声にエセルは顔を上げる。
 友人は周囲を気にするように一度だけ視線を巡らせ、それから少し身を乗り出した。

「王宮侍女の試験を受けてみたらどうかしら?」

「王宮侍女……?」

 その言葉にエセルの胸がわずかに跳ねた。
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