どこまでも付いていきます下駄の雪

楠乃小玉

文字の大きさ
6 / 76

六話 尾張那古野城

しおりを挟む
 梅岳承芳様と九英承菊様が上京されて以降、
 関東、東海では冷夏が続き、米の値が高騰した。

 商い勘定にも精通した九英承菊様を今川氏輝公は頼りにしておられたが、
 九英承菊様が京に上られた後は
 今川家随一の兵力を誇る高天神衆を擁した遠州方が今川家中での
 勢力を拡大していった。

 遠州方の大半は米を栽培する農民を抱えた大地主である。

 米の値が上がれば上がるほど利得を得る。

 しかるに、駿河の興津氏、一宮氏、庵原氏など
 流通売買を生業としたる者たちはその配下に至るまで
 銭で米を買わねばならず生活が困窮する。

 また、東海最大の穀倉地である尾張より安い米を買い、
 米に困窮したる板東へ転売すれば大きな富を得、
 今川の利益になると一宮宗是ら駿河方が氏輝公に何度上申しても、
 遠州方の反対で拒否され、駿河者たちの鬱屈は次第に蓄積していった。


 あまりの物価高騰に耐えかねた、駿河衆の中でも物品販売に特化した
 神社の神官たちが中心となって、密かに今川氏輝公に対し

 梅岳承芳様と九英承菊様を京より呼び戻されるよう言上仕った。

 遠州方は今川氏親公の緒血筋の次男、花倉殿を擁して専横を極めており、
 このままでは氏輝公の御身も危ういとお伝えしたが、
 氏輝公は御父君のお言いつけがある故躊躇なされた。

 しかし、今後遠州方の勢力があまりに拡大すれば
 国内で内乱が起りうる事態にもなりかねず、
 血を流さず国をまとめるためには、梅岳承芳様と九英承菊様のお力をもって
 遠州方を理で押し込めるしかないと説得を続けた。

 氏輝公は温厚なご性格で何よりも血を流すこと、
 戦を嫌われたため、ついには駿河方の意見を入れられ、
 梅岳承芳様と九英承菊様を京より呼び戻される次第となった。

 遠州方は先君氏親公の御遺言を反故にされたと
 憤って陰口をたたいていたようであるが、
 富を独占して専横を極める遠州方が悪いのだ。

 梅岳承芳様と九英承菊様の京よりのご帰還を氏輝公がご決断された矢先、
 尾張那古野城で騒動が起った。

 元々この城は今川領に攻め込んできた尾張斯波家の主君が捕縛され、
 その返還条件として今川家に割譲された城であった。

 城を維持するために一々駿河より金と物資を運ばねばならず、
 かえって持ち出しが多く、
 銭勘定に熟達した駿河方からは放棄したほうが良いのではないかとの意見も散見されたが、

 軍を司る遠州方は今川家のために血を流した
 多くの忠臣たちの魂に申し訳が立たぬと、
 感情論を言い立て、尾張斯波氏への那古野城譲渡を頑強に拒絶していた。

 それが、斯波家の奉行、織田信秀によって奪われたのだ。

 織田信秀といえば守護代でもなく、重臣でもなく、
 その下の奉行に過ぎない。
 しかも、文弱で遊興にふけり、女好きで、
 まさに酒と女に溺れ娯楽に浸る古来より国を滅ぼす悪しき輩であった。

 真面目で勤勉な駿河衆から見れば、
 まさしく見下げ果てた奴儕であった。

 そのような輩が単独でこれほどの大事を起こせるわけがなかった。

 どう考えても背後に斯波家の意向があるに違いないと常識では思える。

 氏輝公は早速尾張に早馬を飛ばし、
 尾張守護斯波義統と守護代織田達勝に事の次第を問いただしたが、
 斯波義統は書面で平身低頭謝罪して、
 尾張において織田信秀の勢いは留まる処を知らず、
 到底斯波家では手に負えないとの返事が返ってきた。

 守護代織田達勝に至っては、
 今川家が加勢してくださるなら守護代家自らが兵を挙げ、
 織田信秀と討伐するという書面まで送ってきた。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

劉備が勝つ三国志

みらいつりびと
歴史・時代
劉備とは楽団のような人である。 優秀な指揮者と演奏者たちがいるとき、素晴らしい音色を奏でた。 初期の劉備楽団には、指揮者がいなかった。 関羽と張飛という有能な演奏者はいたが、彼らだけではよい演奏にはならなかった。 諸葛亮という優秀なコンダクターを得て、中国史に残る名演を奏でることができた。 劉備楽団の演奏の数々と終演を描きたいと思う。史実とは異なる演奏を……。 劉備が主人公の架空戦記です。全61話。 前半は史実寄りですが、徐々に架空の物語へとシフトしていきます。

九州のイチモツ 立花宗茂

三井 寿
歴史・時代
 豊臣秀吉が愛し、徳川家康が怖れた猛将“立花宗茂”。  義父“立花道雪”、父“高橋紹運”の凄まじい合戦と最期を目の当たりにし、男としての仁義を貫いた”立花宗茂“と“誾千代姫”との哀しい別れの物語です。  下剋上の戦国時代、九州では“大友・龍造寺・島津”三つ巴の戦いが続いている。  大友家を支えるのが、足が不自由にもかかわらず、輿に乗って戦い、37戦常勝無敗を誇った“九州一の勇将”立花道雪と高橋紹運である。立花道雪は1人娘の誾千代姫に家督を譲るが、勢力争いで凋落する大友宗麟を支える為に高橋紹運の跡継ぎ統虎(立花宗茂)を婿に迎えた。  女城主として育てられた誾千代姫と統虎は激しく反目しあうが、父立花道雪の死で2人は強く結ばれた。  だが、立花道雪の死を好機と捉えた島津家は、九州制覇を目指して出陣する。大友宗麟は豊臣秀吉に出陣を願ったが、島津軍は5万の大軍で筑前へ向かった。  その島津軍5万に挑んだのが、高橋紹運率いる岩屋城736名である。岩屋城に籠る高橋軍は14日間も島津軍を翻弄し、最期は全員が壮絶な討ち死にを遂げた。命を賭けた時間稼ぎにより、秀吉軍は筑前に到着し、立花宗茂と立花城を救った。  島津軍は撤退したが、立花宗茂は5万の島津軍を追撃し、筑前国領主としての意地を果たした。豊臣秀吉は立花宗茂の武勇を讃え、“九州之一物”と呼び、多くの大名の前で激賞した。その後、豊臣秀吉は九州征伐・天下統一へと突き進んでいく。  その後の朝鮮征伐、関ヶ原の合戦で“立花宗茂”は己の仁義と意地の為に戦うこととなる。    

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

戦神の星・武神の翼 ~ もしも日本に2000馬力エンジンが最初からあったなら

もろこし
歴史・時代
架空戦記ファンが一生に一度は思うこと。 『もし日本に最初から2000馬力エンジンがあったなら……』 よろしい。ならば作りましょう! 史実では中途半端な馬力だった『火星エンジン』を太平洋戦争前に2000馬力エンジンとして登場させます。そのために達成すべき課題を一つ一つ潰していく開発ストーリーをお送りします。 そして火星エンジンと言えば、皆さんもうお分かりですね。はい『一式陸攻』の運命も大きく変わります。 しかも史実より遙かに強力になって、さらに1年早く登場します。それは戦争そのものにも大きな影響を与えていきます。 え?火星エンジンなら『雷電』だろうって?そんなヒコーキ知りませんw お楽しみください。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

処理中です...