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8.オーク
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はっ、彼の昨日の行動を想像して戦いている場合じゃなかった。
「て、手伝います!」
こういう時、食堂で働いてて良かったと思う。
カイルさんは「いいから掛けててくれ」と言ってくれたけど、飲み物を注いだりカトラリーやお皿をセットするぐらいはさせて欲しい。
カイルさんが用意してくれたお弁当は、ホーローっぽい素材で出来た重箱状のものだった。
幾重かのそれが二組。
重ねてあるそれは温かく、並べると肉料理なんかは作り立てのように湯気が立っている。
全体を俯瞰すると、丁度フレンチのコース料理みたいな感じ。
盛り付けも色味鮮やかで綺麗。
ちゃんとした料理人がやったんだろうなって分かる。
ああ、お腹空いた、早く食べたい。
そんなそわそわする私の様子に、カイルさんはクスリと笑って「さあ、食べようか」と椅子を引いてくれた。
目の前に置かれたグラスに、栓を開けられた瓶から透明度の高いピンクの液体が注がれる。
シュワシュワと気泡が立っているから炭酸っぽい。
カイルさんが私の名を呼んでグラスを差し出してくるので、私もグラスを持ち、控えめにぶつけた。
一口飲むと、アルコールの香りが僅かに残る。甘い香りと味のスパークリングワインだった。
「美味しい! この香りは果物か何かですか?」
「実は、花の香りなんだ。あそこに咲いてる青い花の香りょ……」
カイルさんは花畑の方を向き――表情を険しくした。
何事かと思って私もそちらを向くと、花畑に似つかわしくない異質な存在が居た。
豚、だ。それも冒険者の様な服を着た。
二足歩行の丸々肥えた豚の化け物が、花畑の中に立っていた。
***
豚は大きな戦斧を担いでいた。花畑の中をこちらに向かって走って来る。
あいつヤバい――私は本能的に恐怖にかられた。
「カ、カイルさんカイルさん、どうしよう、化け物がこっちに!」
「は? だ、大丈夫だリィナ、あれはオークだ」
焦る私にカイルさんは空耳でもしたかのような表情になって首を振る。
「オーク?」
あれが?
「――昼間から酒とは。いいご身分だな、白金級」
思ったより近い声にばっと振り向くと、豚がテラスを上がってきているところだった。
ちょ……はっ、かい?
近くにやってきた豚は動物の豚とは違い、異常な容貌をしていた。
肌は豚のように毛が生えている訳ではなく、人間の肌に近くて色も肌色。
髪の毛は生えているが、豚耳が頭の横に大きくせり出している。
目元は人間のそれに似ていて眉毛もあったが、両眼は人よりは離れて付いていた。
鼻は短めの豚鼻であり、鼻と唇の間――人中と呼ばれる部分が無かった。
下唇が豚鼻の直下にあるように見え、そこから牙が鼻の脇を上に向かって二本生えている。
海外ドラマの西遊記に出てきた猪八戒ぽい。
しかし猪八戒と違うのは、脂肪だけじゃなく意外にも筋肉が付いているという事。
首や腹には脂肪がたっぷりな反面、胸と背中、二の腕は太く筋肉が肥大している。
特に腕が太く、手もその体の比率に似つかわしくない程大きかった。
きっとそれを活かして戦斧を振るうのだろう。
アメリカかどこかの研究で、曖昧な存在というものは不気味さを感じさせるらしい。
豚か人か曖昧なオーク。
私にとってその第一印象は、気持ち悪くて不気味な生き物だった。
「余計なお世話だ。何しに来た」
カイルさんの不機嫌そうな声に意識を引き戻される。
オークはそれに答えず私に視線を向けると、ぶひっと鼻を鳴らした。
「な、何……?」
こっちみんな、と思いながらも声が震えてしまう。
八戒、カイルさんに用事ならさっさと済ませて帰ってほしいんだけど。
そんな私の思いも空しく、八戒は体の埃を軽く払いその短い金髪を撫で付けると、胸に手を当て話しかけてきた。
「私はA級冒険者のハッガイ・ジュバージェ。美しい人間のお嬢さん、宜しければお名前を伺っても?」
「ングフッ……」
ヤバい。
私は咄嗟に口を押え、さも咳き込んでますというような態を装った。
化け物の怒りを買いたくはない。
「大丈夫か、リィナ」
「ええ、大丈夫ですカイルさん。持病の豚アレルギーが少し出ただけですから。ええと、リィナです。どうも……」
怖いからこの世界での名前でもフルネームは名乗りたくない。
話したくない・話しかけるなオーラを出しながら、私はハッガイの目を見ずにしぶしぶ名乗った。
「失礼ですが、この男にかどわかされていらっしゃるのでは? 場合によってはお助け致しますよ」
いや要らん。
というか、カイルさんが犯罪してるって決めつけるってどうなの?
ちょっとムカッと来た私は、顔を上げるとハッガイを睨み付けた。
「誤解です。ご覧の通り、今カイルさんとデートしていて、ここに居るのは私の意志です」
ハッキリそう言ったのに、オークは眉を顰めて何故かカイルさんを睨む。
「精神操作魔法をかけられているかも知れません、失礼」
言いながら、ハッガイは近づいて来るなり私の手を取った。
「ひっ……!」
怖い。
背筋に虫が這うような感覚を覚えた。
私の手を包み込んで有り余る程の、巨大な人ならざる手。
恐ろしさの余り血の気が引いてめまいを覚え、体が震えだす。
「馬鹿な、何もかけられていない……?」
「怯えてるじゃないか、彼女に気安く触るな!」
カイルさんの叫び声と同時にパチッと音がしてオークの手が離された。
すぐさま席を立ってカイルさんの後ろに逃げ込む。
「ご、ご、ごめんなさい、オークの人は初めて見たんです! だから慣れなくて!」
しかしハッガイは私の言葉を信じていない様だった。
「蛮族……どんな洗脳魔法を使った? それとも薬か?」
「お前は俺を何だと思ってるんだ。大体そんなもの使うわけないだろう。それにリィナを怖がらせたのはお前だろうが。俺はちゃんとリィナに告白して付き合ってるんだ。彼女は外見だけで男を見ない女神のような人なんだよ。それより何しに来たんだ嫌味野郎」
「ふん、ギルドから伝言だ。ほらよ」
オークは忌々し気にカイルさんに巻物を放って寄越した。カイルさんは片手で受け取るとテーブルに置く。
「用が済んだらさっさと帰れ。デートの邪魔をするな」
しっしっとやるカイルさん。
ハッガイは私をじっと見た後、悔しまぎれに「報告はしておくからな」と言い捨ててその場を去って行った。
「て、手伝います!」
こういう時、食堂で働いてて良かったと思う。
カイルさんは「いいから掛けててくれ」と言ってくれたけど、飲み物を注いだりカトラリーやお皿をセットするぐらいはさせて欲しい。
カイルさんが用意してくれたお弁当は、ホーローっぽい素材で出来た重箱状のものだった。
幾重かのそれが二組。
重ねてあるそれは温かく、並べると肉料理なんかは作り立てのように湯気が立っている。
全体を俯瞰すると、丁度フレンチのコース料理みたいな感じ。
盛り付けも色味鮮やかで綺麗。
ちゃんとした料理人がやったんだろうなって分かる。
ああ、お腹空いた、早く食べたい。
そんなそわそわする私の様子に、カイルさんはクスリと笑って「さあ、食べようか」と椅子を引いてくれた。
目の前に置かれたグラスに、栓を開けられた瓶から透明度の高いピンクの液体が注がれる。
シュワシュワと気泡が立っているから炭酸っぽい。
カイルさんが私の名を呼んでグラスを差し出してくるので、私もグラスを持ち、控えめにぶつけた。
一口飲むと、アルコールの香りが僅かに残る。甘い香りと味のスパークリングワインだった。
「美味しい! この香りは果物か何かですか?」
「実は、花の香りなんだ。あそこに咲いてる青い花の香りょ……」
カイルさんは花畑の方を向き――表情を険しくした。
何事かと思って私もそちらを向くと、花畑に似つかわしくない異質な存在が居た。
豚、だ。それも冒険者の様な服を着た。
二足歩行の丸々肥えた豚の化け物が、花畑の中に立っていた。
***
豚は大きな戦斧を担いでいた。花畑の中をこちらに向かって走って来る。
あいつヤバい――私は本能的に恐怖にかられた。
「カ、カイルさんカイルさん、どうしよう、化け物がこっちに!」
「は? だ、大丈夫だリィナ、あれはオークだ」
焦る私にカイルさんは空耳でもしたかのような表情になって首を振る。
「オーク?」
あれが?
「――昼間から酒とは。いいご身分だな、白金級」
思ったより近い声にばっと振り向くと、豚がテラスを上がってきているところだった。
ちょ……はっ、かい?
近くにやってきた豚は動物の豚とは違い、異常な容貌をしていた。
肌は豚のように毛が生えている訳ではなく、人間の肌に近くて色も肌色。
髪の毛は生えているが、豚耳が頭の横に大きくせり出している。
目元は人間のそれに似ていて眉毛もあったが、両眼は人よりは離れて付いていた。
鼻は短めの豚鼻であり、鼻と唇の間――人中と呼ばれる部分が無かった。
下唇が豚鼻の直下にあるように見え、そこから牙が鼻の脇を上に向かって二本生えている。
海外ドラマの西遊記に出てきた猪八戒ぽい。
しかし猪八戒と違うのは、脂肪だけじゃなく意外にも筋肉が付いているという事。
首や腹には脂肪がたっぷりな反面、胸と背中、二の腕は太く筋肉が肥大している。
特に腕が太く、手もその体の比率に似つかわしくない程大きかった。
きっとそれを活かして戦斧を振るうのだろう。
アメリカかどこかの研究で、曖昧な存在というものは不気味さを感じさせるらしい。
豚か人か曖昧なオーク。
私にとってその第一印象は、気持ち悪くて不気味な生き物だった。
「余計なお世話だ。何しに来た」
カイルさんの不機嫌そうな声に意識を引き戻される。
オークはそれに答えず私に視線を向けると、ぶひっと鼻を鳴らした。
「な、何……?」
こっちみんな、と思いながらも声が震えてしまう。
八戒、カイルさんに用事ならさっさと済ませて帰ってほしいんだけど。
そんな私の思いも空しく、八戒は体の埃を軽く払いその短い金髪を撫で付けると、胸に手を当て話しかけてきた。
「私はA級冒険者のハッガイ・ジュバージェ。美しい人間のお嬢さん、宜しければお名前を伺っても?」
「ングフッ……」
ヤバい。
私は咄嗟に口を押え、さも咳き込んでますというような態を装った。
化け物の怒りを買いたくはない。
「大丈夫か、リィナ」
「ええ、大丈夫ですカイルさん。持病の豚アレルギーが少し出ただけですから。ええと、リィナです。どうも……」
怖いからこの世界での名前でもフルネームは名乗りたくない。
話したくない・話しかけるなオーラを出しながら、私はハッガイの目を見ずにしぶしぶ名乗った。
「失礼ですが、この男にかどわかされていらっしゃるのでは? 場合によってはお助け致しますよ」
いや要らん。
というか、カイルさんが犯罪してるって決めつけるってどうなの?
ちょっとムカッと来た私は、顔を上げるとハッガイを睨み付けた。
「誤解です。ご覧の通り、今カイルさんとデートしていて、ここに居るのは私の意志です」
ハッキリそう言ったのに、オークは眉を顰めて何故かカイルさんを睨む。
「精神操作魔法をかけられているかも知れません、失礼」
言いながら、ハッガイは近づいて来るなり私の手を取った。
「ひっ……!」
怖い。
背筋に虫が這うような感覚を覚えた。
私の手を包み込んで有り余る程の、巨大な人ならざる手。
恐ろしさの余り血の気が引いてめまいを覚え、体が震えだす。
「馬鹿な、何もかけられていない……?」
「怯えてるじゃないか、彼女に気安く触るな!」
カイルさんの叫び声と同時にパチッと音がしてオークの手が離された。
すぐさま席を立ってカイルさんの後ろに逃げ込む。
「ご、ご、ごめんなさい、オークの人は初めて見たんです! だから慣れなくて!」
しかしハッガイは私の言葉を信じていない様だった。
「蛮族……どんな洗脳魔法を使った? それとも薬か?」
「お前は俺を何だと思ってるんだ。大体そんなもの使うわけないだろう。それにリィナを怖がらせたのはお前だろうが。俺はちゃんとリィナに告白して付き合ってるんだ。彼女は外見だけで男を見ない女神のような人なんだよ。それより何しに来たんだ嫌味野郎」
「ふん、ギルドから伝言だ。ほらよ」
オークは忌々し気にカイルさんに巻物を放って寄越した。カイルさんは片手で受け取るとテーブルに置く。
「用が済んだらさっさと帰れ。デートの邪魔をするな」
しっしっとやるカイルさん。
ハッガイは私をじっと見た後、悔しまぎれに「報告はしておくからな」と言い捨ててその場を去って行った。
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