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9.私と貴方の常識
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「リィナ、大丈夫か?」
カイルさんの手が気遣わし気に肩に置かれる。私は緊張が一気に解けて、溜息を吐いた。
「こ、怖かった……」
「普通はオークを見ると美しいと見惚れる者が多いんだが、リィナは違うのか?」
心底不思議そうに聞かれ、私はこくりと頷く。
「ドワーフの人は初めて見た時も怖くはなかったんです。でも、オークの人は、何ていうか人間とはかけ離れ過ぎてて……怖いって思いました」
オークはドワーフと違い、人型でも人間とはかけ離れ過ぎててもはや別の生き物……化物としか思えなかった。美醜以上のものがある。あれこそ人外クリーチャーだわ。
「――怖い?」
私の言葉にカイルさんは片眉を上げた。しばし黙考し――成程な、と口を開く。
「確かにあいつはオークの中でも群を抜いた、畏怖さえ感じさせる美貌だって言われてるからな。外見も実力もあって女にモテるんだ」
「ああっと、そんなんじゃないんですけど……あの、隣に行っても?」
世界の差、常識の壁は分厚く如何ともし難い。
私は諦め、そういう事にしておこうと話を切り上げ、席を替わる事にした。
またあいつが戻ってきたら嫌だし。
カイルさんが頷いてくれたので、自分の分を彼の隣にセッティングしなおす。
「さ、仕切り直しましょう!」
気を取り直すようにカイルさんに笑いかけ、彼のグラスにお酒を注ぎ、どうぞと勧めた。
自分のグラスにも少し注いで乾杯し直すと、気付けも兼ねて一気に飲み干す。
「カイルさん、いただきます」
カイルさんに感謝の会釈をしてから手を付ける。用意されたお弁当は、最高だった。
前菜・スープ・魚や肉のメイン……地球で誕生日に奮発して食べたフレンチ以上の味。
ワインも美味しくて進む進む。
更にアルコールが効いてきたのか、体がポカポカして気分もふわふわしてくる。
私は何時になく気が大きくなり、饒舌になっていた。
「しっかし失礼な人でしたよね! カイルさんに向かって蛮族、だなんて。自分の振舞いの不躾さは棚に上げて!」
ハッガイの言動に対して今さらながら怒りを覚えていると、カイルさんが「仕方ないさ」と苦笑して、その長い銀の髪を掻き上げた。
「あれ、耳が……」
露わになったその耳は、その先端が少し尖っている。
「……見ての通り、俺、実はエルフと人間とのハーフなんだ。だから、蛮族って言われる」
暗い声で淡々と言うカイルさん。
しかし私はそれに構わず前のめりになった。
「えっ? エルフ!?」
エルフですよ、奥さん!
カイルさんの美貌はエルフ譲りとか?
エルフの里とかあったら行きたい! エルフさんに会いに行きたい!
「エルフの人って何処に居るんですか? 街では見かけることは無かったですけど」
カイルさんは私の熱意ある食い付きに呆気に取られていた。
「あ、ああ……エルフは部族単位で分かれて森に住んでいるんだ。閉鎖的な種族だから滅多に他種族と交流しない」
「へー、でもカイルさんが生まれたって事は完全に閉鎖的ではないんですよね? エルフって何故蛮族って言われてるんですか?」
「何故って……醜い上に、自然と共に生きるという昔ながらの生き方をしているからだと思うが」
「へぇ、自然と共に生きるなんて素敵ですね! 私なら、そういう人達は森の民って言います。そっちの方が相応しいですよ!」
「森の民、か。」
カイルさんは目を逸らすと独り言の様に呟く。
どうしたんだろうと思っていると、彼はグラスを弄びながら自虐的な笑いを浮かべた。
「リィナは、さ。本当に俺なんかで良かったのか? やっぱり、ドワーフみたいなかっこいい男の方が……」
「……だったら最初からカイルさんとはお付き合いすらしませんよ。デートにだって誘いません」
それきり私達は沈黙した。何となく気まずい空気の中、食事を続ける音だけが響く。
少し酔いが醒めた。
もしかしてあまり触れられたく無い話題だったのだろうか。親と何かあったのかも知れない。
カイルさんの容姿がエルフ似で、コンプレックスもそこから来ているなら、はしゃいでしまって気に障ったのかも。
デブスの私に置き換えてみれば、出会ったばかりのイケメンに『素敵なぽっちゃり美女』とか言われたら、真に受けるよりも先にセールスとか詐欺とか疑うしなぁ。
お酒が入ってたとはいえ、無神経な事しちゃった。
いけないいけない、私は話題を変える事にした。
「……話は戻りますが、私、オークの人って初めて見たんですけど、ブリオスタ王国にあまりいないのは何か理由があるんでしょうか?」
「あっ、ああ……王国は人間族の国だからだと思う」
「でも、ドワーフの人はいますよね?」
「ドワーフは好奇心旺盛な旅好きの種族だから。反対にオークは保守的だし、美男美女が多く美意識も高い。後、ドワーフやオークの国は技術が進んでいるんだ。オークは自分たちと比べて美しくない人間種族の遅れた国にはあまり来たがらない」
そういえば街中に出かけた時に聞いた女の子達の会話で、「あたしお金貯まったらオークの国に行くんだ!絶対オークと結婚する!」等と言っていたなと思い出す。
カイルさんの話を聞いて、何となくこの世界の美醜の決め手が分かったような気がした。
「そっか……そうだったんだ」
「ん? 何が?」
「あのですね、いつも不思議に思ってたんですけど――」
何かおかしいと思ってたんだ。
地球では、太っている事が美しいとされている国・地域は大概貧しく食べ物に困っている事が多い。
貧しければ生き残る確率の高い脂肪を蓄える事が出来る、即ち豊かな者が美しいとされるのは理屈として合ってる。
しかし私の住むブリオスタ王国も伝え聞く他の国も、食べ物に困ってるとか貧しいとかそういう話はあんまり聞かなかった。
――では、別の理由。
ドワーフやオークの国が技術が進んでいるって事はこの世界の先進国であるという事。つまり軍事的にも強く経済的にも豊かで文化の発信地でもある。
それは即ち、それらの国々で美しいとされる価値観が優勢になるということだ。
元の世界でも、欧米的な美的感覚が是とされる。
日本は戦争で負けたのもあり、豊かだけれど美とはされないと考えられる。
しかしアジア諸国では日本人が美だとして憧れる人も少なくない。
ドワーフやオークの国で美しいとされている事が後進国の人間の国にも影響し、このような美的感覚になる。
思えば私の住む街では当たり前にドワーフの人いるし、ブリオスタ王国とドワーフの王国との関わりは決して浅くはないのだろう。
漸く腑に落ちた。
「――ですから、そんな理由で太ってることが美しいという感覚になったのでは、と。そう思ったんです」
元の世界の事には触れずに説明すると、カイルさんはハッと息を飲んだ。
「リィナは凄い事を考えるな。いや、普通の人とは違う視線で物事を見ているのか。言われてみれば、確かにそうかも知れない。俺はドワーフの歴史書を何冊か読んだ事があるが、リィナの理屈と大体合っている」
カイルさんは語りだした。
それによると。
大昔、気候変動で魔物が増え、世界的に食料不足になっていたそうだ。
大地の民ドワーフはその魔道技術で食料となる作物を改良、育てて食料問題を解決した。
しかしその食料が他国、他種族に狙われ始める。
オークは食料を多く必要とする種族であり飢えかけていたが、食料と引き換えにドワーフ王国の守護を担う武士階級みたいなものを形成。
オークの力でドワーフ王国は守られ、魔物は駆逐されていった。
オークは戦いの中で武力を高め、ドワーフは保たれた王国の平和の中で魔道技術を発展させていく。
そして、食料を奪い合う戦乱の世の中に終止符が打たれ、ドワーフの王国は大国となった。
しかしそんな時代も長くは続かない。
オーク達はドワーフの国の腐敗と内乱に乗じて国を作り離反。
ドワーフの魔道王国とオークの武装王国が誕生した。
その後は、戦争や政略結婚による同盟や、なんやかんやを経て現在に至る。
ドワーフとオークは恩讐を越えた複雑な関係なのだそうだ。
「――だから、元々食料不足による理由もあったんだと思う」
「大昔に食料不足になる前や遠い未来の価値観は、今の価値観と比べたらまるで違っているのかも知れませんね」
私達は何となく見つめ合う。
絡み合った視線が、わだかまった物を焼き切って真っ直ぐに繋がったように思えた。
やがて、ふっと自然に笑いあった。
カイルさんの手が気遣わし気に肩に置かれる。私は緊張が一気に解けて、溜息を吐いた。
「こ、怖かった……」
「普通はオークを見ると美しいと見惚れる者が多いんだが、リィナは違うのか?」
心底不思議そうに聞かれ、私はこくりと頷く。
「ドワーフの人は初めて見た時も怖くはなかったんです。でも、オークの人は、何ていうか人間とはかけ離れ過ぎてて……怖いって思いました」
オークはドワーフと違い、人型でも人間とはかけ離れ過ぎててもはや別の生き物……化物としか思えなかった。美醜以上のものがある。あれこそ人外クリーチャーだわ。
「――怖い?」
私の言葉にカイルさんは片眉を上げた。しばし黙考し――成程な、と口を開く。
「確かにあいつはオークの中でも群を抜いた、畏怖さえ感じさせる美貌だって言われてるからな。外見も実力もあって女にモテるんだ」
「ああっと、そんなんじゃないんですけど……あの、隣に行っても?」
世界の差、常識の壁は分厚く如何ともし難い。
私は諦め、そういう事にしておこうと話を切り上げ、席を替わる事にした。
またあいつが戻ってきたら嫌だし。
カイルさんが頷いてくれたので、自分の分を彼の隣にセッティングしなおす。
「さ、仕切り直しましょう!」
気を取り直すようにカイルさんに笑いかけ、彼のグラスにお酒を注ぎ、どうぞと勧めた。
自分のグラスにも少し注いで乾杯し直すと、気付けも兼ねて一気に飲み干す。
「カイルさん、いただきます」
カイルさんに感謝の会釈をしてから手を付ける。用意されたお弁当は、最高だった。
前菜・スープ・魚や肉のメイン……地球で誕生日に奮発して食べたフレンチ以上の味。
ワインも美味しくて進む進む。
更にアルコールが効いてきたのか、体がポカポカして気分もふわふわしてくる。
私は何時になく気が大きくなり、饒舌になっていた。
「しっかし失礼な人でしたよね! カイルさんに向かって蛮族、だなんて。自分の振舞いの不躾さは棚に上げて!」
ハッガイの言動に対して今さらながら怒りを覚えていると、カイルさんが「仕方ないさ」と苦笑して、その長い銀の髪を掻き上げた。
「あれ、耳が……」
露わになったその耳は、その先端が少し尖っている。
「……見ての通り、俺、実はエルフと人間とのハーフなんだ。だから、蛮族って言われる」
暗い声で淡々と言うカイルさん。
しかし私はそれに構わず前のめりになった。
「えっ? エルフ!?」
エルフですよ、奥さん!
カイルさんの美貌はエルフ譲りとか?
エルフの里とかあったら行きたい! エルフさんに会いに行きたい!
「エルフの人って何処に居るんですか? 街では見かけることは無かったですけど」
カイルさんは私の熱意ある食い付きに呆気に取られていた。
「あ、ああ……エルフは部族単位で分かれて森に住んでいるんだ。閉鎖的な種族だから滅多に他種族と交流しない」
「へー、でもカイルさんが生まれたって事は完全に閉鎖的ではないんですよね? エルフって何故蛮族って言われてるんですか?」
「何故って……醜い上に、自然と共に生きるという昔ながらの生き方をしているからだと思うが」
「へぇ、自然と共に生きるなんて素敵ですね! 私なら、そういう人達は森の民って言います。そっちの方が相応しいですよ!」
「森の民、か。」
カイルさんは目を逸らすと独り言の様に呟く。
どうしたんだろうと思っていると、彼はグラスを弄びながら自虐的な笑いを浮かべた。
「リィナは、さ。本当に俺なんかで良かったのか? やっぱり、ドワーフみたいなかっこいい男の方が……」
「……だったら最初からカイルさんとはお付き合いすらしませんよ。デートにだって誘いません」
それきり私達は沈黙した。何となく気まずい空気の中、食事を続ける音だけが響く。
少し酔いが醒めた。
もしかしてあまり触れられたく無い話題だったのだろうか。親と何かあったのかも知れない。
カイルさんの容姿がエルフ似で、コンプレックスもそこから来ているなら、はしゃいでしまって気に障ったのかも。
デブスの私に置き換えてみれば、出会ったばかりのイケメンに『素敵なぽっちゃり美女』とか言われたら、真に受けるよりも先にセールスとか詐欺とか疑うしなぁ。
お酒が入ってたとはいえ、無神経な事しちゃった。
いけないいけない、私は話題を変える事にした。
「……話は戻りますが、私、オークの人って初めて見たんですけど、ブリオスタ王国にあまりいないのは何か理由があるんでしょうか?」
「あっ、ああ……王国は人間族の国だからだと思う」
「でも、ドワーフの人はいますよね?」
「ドワーフは好奇心旺盛な旅好きの種族だから。反対にオークは保守的だし、美男美女が多く美意識も高い。後、ドワーフやオークの国は技術が進んでいるんだ。オークは自分たちと比べて美しくない人間種族の遅れた国にはあまり来たがらない」
そういえば街中に出かけた時に聞いた女の子達の会話で、「あたしお金貯まったらオークの国に行くんだ!絶対オークと結婚する!」等と言っていたなと思い出す。
カイルさんの話を聞いて、何となくこの世界の美醜の決め手が分かったような気がした。
「そっか……そうだったんだ」
「ん? 何が?」
「あのですね、いつも不思議に思ってたんですけど――」
何かおかしいと思ってたんだ。
地球では、太っている事が美しいとされている国・地域は大概貧しく食べ物に困っている事が多い。
貧しければ生き残る確率の高い脂肪を蓄える事が出来る、即ち豊かな者が美しいとされるのは理屈として合ってる。
しかし私の住むブリオスタ王国も伝え聞く他の国も、食べ物に困ってるとか貧しいとかそういう話はあんまり聞かなかった。
――では、別の理由。
ドワーフやオークの国が技術が進んでいるって事はこの世界の先進国であるという事。つまり軍事的にも強く経済的にも豊かで文化の発信地でもある。
それは即ち、それらの国々で美しいとされる価値観が優勢になるということだ。
元の世界でも、欧米的な美的感覚が是とされる。
日本は戦争で負けたのもあり、豊かだけれど美とはされないと考えられる。
しかしアジア諸国では日本人が美だとして憧れる人も少なくない。
ドワーフやオークの国で美しいとされている事が後進国の人間の国にも影響し、このような美的感覚になる。
思えば私の住む街では当たり前にドワーフの人いるし、ブリオスタ王国とドワーフの王国との関わりは決して浅くはないのだろう。
漸く腑に落ちた。
「――ですから、そんな理由で太ってることが美しいという感覚になったのでは、と。そう思ったんです」
元の世界の事には触れずに説明すると、カイルさんはハッと息を飲んだ。
「リィナは凄い事を考えるな。いや、普通の人とは違う視線で物事を見ているのか。言われてみれば、確かにそうかも知れない。俺はドワーフの歴史書を何冊か読んだ事があるが、リィナの理屈と大体合っている」
カイルさんは語りだした。
それによると。
大昔、気候変動で魔物が増え、世界的に食料不足になっていたそうだ。
大地の民ドワーフはその魔道技術で食料となる作物を改良、育てて食料問題を解決した。
しかしその食料が他国、他種族に狙われ始める。
オークは食料を多く必要とする種族であり飢えかけていたが、食料と引き換えにドワーフ王国の守護を担う武士階級みたいなものを形成。
オークの力でドワーフ王国は守られ、魔物は駆逐されていった。
オークは戦いの中で武力を高め、ドワーフは保たれた王国の平和の中で魔道技術を発展させていく。
そして、食料を奪い合う戦乱の世の中に終止符が打たれ、ドワーフの王国は大国となった。
しかしそんな時代も長くは続かない。
オーク達はドワーフの国の腐敗と内乱に乗じて国を作り離反。
ドワーフの魔道王国とオークの武装王国が誕生した。
その後は、戦争や政略結婚による同盟や、なんやかんやを経て現在に至る。
ドワーフとオークは恩讐を越えた複雑な関係なのだそうだ。
「――だから、元々食料不足による理由もあったんだと思う」
「大昔に食料不足になる前や遠い未来の価値観は、今の価値観と比べたらまるで違っているのかも知れませんね」
私達は何となく見つめ合う。
絡み合った視線が、わだかまった物を焼き切って真っ直ぐに繋がったように思えた。
やがて、ふっと自然に笑いあった。
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