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29.届かぬ救い
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食堂に戻っていつもの日々が始まってからも、私はずっと結婚式の事が頭から離れなかった。
ゲイナさんの心から幸せな笑顔。
本当にいいお式だった。
「私も、結婚したいな……」
知らず知らずの内に呟く。
一旦言葉にしてしまえば、無意識の底に兆していた願望がハッキリと形を成した。
フィードさん達のようじゃなくて、ささやかでこぢんまりとした――地味な結婚式がいい。
結婚して、あの家でカイルさんと二人きりで暮らしたい。
家族が、欲しい。
一度自覚してしまうと、そんな気持ちが強くなっていった。
店主のストルゲさんにカイルさんと結婚する可能性がある事を伝えてみると、あまり良い顔をされなかった。
何でも、私が抜けるとお客さんが減るだろうし、代わりの人も居ないから困るという事である。
もし、結婚するとしたら、その前に後釜を探して欲しいとの事。
それって、やっぱり私みたいな体型の人だよね……。
ちょっと思いつかなくて、ミニョンに相談してみる事にした。
***
休憩時間になった。
ハーブ街で買った砂糖漬けを紅茶に溶かす。お茶の香りに交じって花の香りが漂った。
「いい匂いね。それに可愛い」
「ハーブ街で買ったの。お洒落でしょ」
ミニョンは紅茶を一口飲んで、目を細める。いたくお気に召したようだった。
「素敵。あたしも王都に行ったら買う事にするわね」
「ところでミニョン。はいこれ、王都土産」
包みを渡すと、彼女はその場で開封する。中身を広げると、感動したように目を瞠った。
「まあ、綺麗なスカーフね! この辺じゃこういう色味は売ってないわ。ありがとう、リィナ」
「首に巻くとか鞄につけるとか、リボン代わりにするとか色々使えると思って」
「へえ、楽しそうね! あたしには首に巻くぐらいしか思いつかなかったわ。今度デートの時にリボン代わりにしてみる」
と、相好を崩すミニョン。その笑顔に私は首を傾げた。
心なしか、以前よりぷっくりしているような……。
「ミニョン、もしかして太った?」
「あら、分かる? 教えてもらった、あのスモーというの、凄い効果ね!」
ミニョンは丸くなった顔に喜悦の色を浮かべる。
あれ、ちょっと待って。今度は別の事が引っ掛かる。
さっき、ミニョンは。
「あの、さっきデートの時にって言ってたけど、それって……」
「そうよ! リィナ、とうとう告白してOK貰ったの!」
胸の前で両手を組んで歌いだしそうな勢いで嬉しさ一杯の様子に、私も嬉しくなった。
とうとう彼女の努力と想いが実を結んだのだ。喜ばしい。
このままミニョンがもう少し太って食堂のアイドルになってくれれば――そう希望を持って相談してみると。
「あたしがあんたが抜ける後釜として? うーん……結婚ね、あたしも彼と付き合いだしたんだし、後釜になっても長く続けられるかは分からないわ」
「うーん、まあそうだよね。他に誰かいい人居ないかなぁ」
「あんたぐらいの人ってなかなか居ないわよ」
「結婚した後でも時々ヘルプで入るぐらいは出来るかも知れないけど、それじゃストルゲさん納得しないだろうしなぁ」
***
ああでもない、こうでもないと悩む内、日々は過ぎていく。
そんな、ある日の事。
カイルさんに指名依頼が入ったそうで、少なくとも数日は会えない事になった。
結婚してからも多分そういう日があるだろうから、その時はこの食堂で働かせて貰おうかなぁ。
等と考えていた、昼下がり。
「我々はブリオスタ王国の剣たるシュモーヴ騎士団だ! リィナ・カンザーという娘はいるのか!」
昼食のお客さんが捌けてきた頃に、突如として食堂の入り口から大声が響き渡る。
何事かと思って視線を向けると、扉の外には西洋風の甲冑を着た力士の集団が居た。
ひっ、どこの相撲部の人達ですか!?
仰天して戦いていると、後ろからぐいっと引っ張られて裏口の方へ連れて行かれる。
ストルゲさんがペコペコしながら奴らの方へ向かうのがちらりと見えた。
私を引っ張っているのは――
「ミニョン!?」
「リィナ、何だか厄介事の臭いがする。早くここから逃げて、冒険者ギルドへ。ギルドマスターに白金級の恋人だと言って保護を頼むのよ――ったく、こんな時にあの男は何で居ないの!」
彼女はもどかしそうに小声で毒づく。
そのただならぬ迫力に私は頷くとそっと裏口を出た。
しかし――
「痛っ!」
「裏口から逃げる事は想定済みだ。残念だったな」
私はそこにも待機していた力士に一瞬で手を掴まれてしまう。
そのまま捻られて、後ろ手に拘束されてしまった。
「嫌っ、何をするの!?」
「騎士様、何かの間違いです! リィナは何も悪いことはしていません!」
ミニョンが焦ったように言い募る。
しかし力士――騎士は、煩わしそうに息を吐いた。
「悪いかそうでないかは我々の主がお決めになる事だ。我々シュモーヴ騎士団はリィナ・カンザーという娘を連れて来いとしか命令を受けてないからな」
「シュモーヴ騎士団……確か、第三王子殿下ですね?」
ミニョンが冷静に問い返す。
あいつの差し金か!
第三王子と聞いた私は何が何でも逃げ出そうと暴れ出す。
しかし抵抗も空しく、抑え込む力を強くされて痛みに呻くしか出来なかった。
そうこうしている内に他の力士も集まって来た。
腕組みした状態で私を中心に円陣になったので、完全に退路を断たれてしまう。審議するのは止めて。
「おいおい、暴れるなよ。いい子でおとなしくしていれば王子殿下に可愛がって貰えるのだからな」
私の腕を拘束する男の言葉に、全身の血の気が引いていく。
結婚式のあの時、個室に連れ込まれそうになった記憶がまざまざと蘇ってきて総毛立ち、頭が真っ白になって思考を放棄した。
「『かわいがり』!? 私は女だし非力だし体力無いし力士になるつもりはないんです、『かわいがり』で殺されるのは嫌ァーッ!」
脳裏に去来するのは、相撲界の死人が出る事もある悪しき慣習。
半狂乱になって叫びだした私に、力士は当惑したようだった。
「お、おい、殺しはしないぞ!?」
「嫌ァァァ――ッ、ぶつかり稽古で犯されて殺されるぅぅ!」
「おい、黙らせろ」
「助けてぇぇぇぇ、カイルさ――むぐっ!?」
恐慌状態で暴れ、叫び狂う私の口元に何か刺激臭のする布が宛がわれた。途端に意識が朦朧としていく。
それっきり、私の記憶はぷっつりと途切れてしまった。
【後書き】
相撲部騎士団。
ゲイナさんの心から幸せな笑顔。
本当にいいお式だった。
「私も、結婚したいな……」
知らず知らずの内に呟く。
一旦言葉にしてしまえば、無意識の底に兆していた願望がハッキリと形を成した。
フィードさん達のようじゃなくて、ささやかでこぢんまりとした――地味な結婚式がいい。
結婚して、あの家でカイルさんと二人きりで暮らしたい。
家族が、欲しい。
一度自覚してしまうと、そんな気持ちが強くなっていった。
店主のストルゲさんにカイルさんと結婚する可能性がある事を伝えてみると、あまり良い顔をされなかった。
何でも、私が抜けるとお客さんが減るだろうし、代わりの人も居ないから困るという事である。
もし、結婚するとしたら、その前に後釜を探して欲しいとの事。
それって、やっぱり私みたいな体型の人だよね……。
ちょっと思いつかなくて、ミニョンに相談してみる事にした。
***
休憩時間になった。
ハーブ街で買った砂糖漬けを紅茶に溶かす。お茶の香りに交じって花の香りが漂った。
「いい匂いね。それに可愛い」
「ハーブ街で買ったの。お洒落でしょ」
ミニョンは紅茶を一口飲んで、目を細める。いたくお気に召したようだった。
「素敵。あたしも王都に行ったら買う事にするわね」
「ところでミニョン。はいこれ、王都土産」
包みを渡すと、彼女はその場で開封する。中身を広げると、感動したように目を瞠った。
「まあ、綺麗なスカーフね! この辺じゃこういう色味は売ってないわ。ありがとう、リィナ」
「首に巻くとか鞄につけるとか、リボン代わりにするとか色々使えると思って」
「へえ、楽しそうね! あたしには首に巻くぐらいしか思いつかなかったわ。今度デートの時にリボン代わりにしてみる」
と、相好を崩すミニョン。その笑顔に私は首を傾げた。
心なしか、以前よりぷっくりしているような……。
「ミニョン、もしかして太った?」
「あら、分かる? 教えてもらった、あのスモーというの、凄い効果ね!」
ミニョンは丸くなった顔に喜悦の色を浮かべる。
あれ、ちょっと待って。今度は別の事が引っ掛かる。
さっき、ミニョンは。
「あの、さっきデートの時にって言ってたけど、それって……」
「そうよ! リィナ、とうとう告白してOK貰ったの!」
胸の前で両手を組んで歌いだしそうな勢いで嬉しさ一杯の様子に、私も嬉しくなった。
とうとう彼女の努力と想いが実を結んだのだ。喜ばしい。
このままミニョンがもう少し太って食堂のアイドルになってくれれば――そう希望を持って相談してみると。
「あたしがあんたが抜ける後釜として? うーん……結婚ね、あたしも彼と付き合いだしたんだし、後釜になっても長く続けられるかは分からないわ」
「うーん、まあそうだよね。他に誰かいい人居ないかなぁ」
「あんたぐらいの人ってなかなか居ないわよ」
「結婚した後でも時々ヘルプで入るぐらいは出来るかも知れないけど、それじゃストルゲさん納得しないだろうしなぁ」
***
ああでもない、こうでもないと悩む内、日々は過ぎていく。
そんな、ある日の事。
カイルさんに指名依頼が入ったそうで、少なくとも数日は会えない事になった。
結婚してからも多分そういう日があるだろうから、その時はこの食堂で働かせて貰おうかなぁ。
等と考えていた、昼下がり。
「我々はブリオスタ王国の剣たるシュモーヴ騎士団だ! リィナ・カンザーという娘はいるのか!」
昼食のお客さんが捌けてきた頃に、突如として食堂の入り口から大声が響き渡る。
何事かと思って視線を向けると、扉の外には西洋風の甲冑を着た力士の集団が居た。
ひっ、どこの相撲部の人達ですか!?
仰天して戦いていると、後ろからぐいっと引っ張られて裏口の方へ連れて行かれる。
ストルゲさんがペコペコしながら奴らの方へ向かうのがちらりと見えた。
私を引っ張っているのは――
「ミニョン!?」
「リィナ、何だか厄介事の臭いがする。早くここから逃げて、冒険者ギルドへ。ギルドマスターに白金級の恋人だと言って保護を頼むのよ――ったく、こんな時にあの男は何で居ないの!」
彼女はもどかしそうに小声で毒づく。
そのただならぬ迫力に私は頷くとそっと裏口を出た。
しかし――
「痛っ!」
「裏口から逃げる事は想定済みだ。残念だったな」
私はそこにも待機していた力士に一瞬で手を掴まれてしまう。
そのまま捻られて、後ろ手に拘束されてしまった。
「嫌っ、何をするの!?」
「騎士様、何かの間違いです! リィナは何も悪いことはしていません!」
ミニョンが焦ったように言い募る。
しかし力士――騎士は、煩わしそうに息を吐いた。
「悪いかそうでないかは我々の主がお決めになる事だ。我々シュモーヴ騎士団はリィナ・カンザーという娘を連れて来いとしか命令を受けてないからな」
「シュモーヴ騎士団……確か、第三王子殿下ですね?」
ミニョンが冷静に問い返す。
あいつの差し金か!
第三王子と聞いた私は何が何でも逃げ出そうと暴れ出す。
しかし抵抗も空しく、抑え込む力を強くされて痛みに呻くしか出来なかった。
そうこうしている内に他の力士も集まって来た。
腕組みした状態で私を中心に円陣になったので、完全に退路を断たれてしまう。審議するのは止めて。
「おいおい、暴れるなよ。いい子でおとなしくしていれば王子殿下に可愛がって貰えるのだからな」
私の腕を拘束する男の言葉に、全身の血の気が引いていく。
結婚式のあの時、個室に連れ込まれそうになった記憶がまざまざと蘇ってきて総毛立ち、頭が真っ白になって思考を放棄した。
「『かわいがり』!? 私は女だし非力だし体力無いし力士になるつもりはないんです、『かわいがり』で殺されるのは嫌ァーッ!」
脳裏に去来するのは、相撲界の死人が出る事もある悪しき慣習。
半狂乱になって叫びだした私に、力士は当惑したようだった。
「お、おい、殺しはしないぞ!?」
「嫌ァァァ――ッ、ぶつかり稽古で犯されて殺されるぅぅ!」
「おい、黙らせろ」
「助けてぇぇぇぇ、カイルさ――むぐっ!?」
恐慌状態で暴れ、叫び狂う私の口元に何か刺激臭のする布が宛がわれた。途端に意識が朦朧としていく。
それっきり、私の記憶はぷっつりと途切れてしまった。
【後書き】
相撲部騎士団。
応援ありがとうございます!
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