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二章 《教育編》~夏の誘い~
勉強会は彼と彼と彼に挟まれて〜
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あー…どうしよう?失敗したかもしれない…
誰もいない静かな室内には複数の様々な本が立ち並び、入口近くに飾られている時計の音だけが響き渡る。そんな室内の中で黙々と机に向かって勉学に励む女子生徒は隣に座る男子生徒に頭を悩ませていた。
「あ、ここ違う。そこはこうしてこうすれば出来る」
「え?…あ、はい」
数学の問題を解く横で別の紙にスラスラと正解の解答を書く梅木 ライチに教わる側の私はただそれに頷くしか出来なかった。何故なら……
…言っている事が全然分からないっ!
梅木 ライチの教え方は一言で言えば ” 感覚主義 ”であり、間違いを見つける度にどこがどう違うのか?ではなくこれはこうだからと言う様にただひたすら解いて見せるだけの分かるわけのないやり方であった。
梅木 ライチとの泳ぎの練習後、直ぐに西校舎の図書室にて期末テストの勉強をし始めた桃だったが早々に頭を悩ませる状況に後悔と焦りでいっぱいになっていた。
今更”やっぱり止めます!”なんて言えないし…
チラッと横目でライチの顔を見ると真剣な眼差しで問題を解く様子に言い出すことは不可能だった。
「はぁ……」
「ライチ先輩に教わってたら一生覚えられないぞ」
「うんうん、ライくんって所謂天才肌だから」
「え…?」
深くこぼれた溜息の後、突然真上から掛かった声に見上げると怪訝な顔をした桜桃 凌牙と分厚い本を片手に笑みを零す木通 檸檬の姿があった。
え?何でここにいるの?
何故ここに二人がいるのか分からず頭の中はパニック状態になりフリーズした。
「ライチ先輩が人に教えてるなんて珍しいですね。しかも、女子生徒なんて」
「確かに!何でー?」
話しながら当たり前の様に前の席に座る二人の姿にパニック状態だった頭は直ぐに正常になり慌てて視線を隣に座る梅木 ライチに移す。
駄目!絶対こうなった経緯も私との関係も話さないで下さい!とにかく誤魔化してっ!!お願い察してぇぇぇっ!!!
唇をキュッと結び目だけで必死問いかけると何かを察したのか不意に視線が合い直ぐに凌牙と檸檬へと視線を移した。
そう、梅木 ライチは察する事が出来る男だった……
「偶然借りたい本があって来たら偶然一人で勉強してて偶然分かるところだったから…‥なりゆきで」
……だが、誤魔化すのは駄目な男であった。
偶然多すぎっ!こんなの絶対嘘だってバレちゃうよ…っ!
梅木 ライチの言葉に冷や汗が背中を伝い恐る恐る二人の反応を見つめる。
「へぇ…偶然ねぇ‥?」
ほら駄目じゃんっ!
訝しげに問い返す桜桃 凌牙に顔が引き攣る。
「偶然って俺も経験あるからあってもおかしくないと思うけどなぁ?ねぇねぇ、凌牙くんも偶然って経験あるでしょ?」
あれ?
「………まぁ、無いかと言われればあると思うが…」
少しの間が空いて口を開くなり檸檬の言葉に頷く凌牙の反応に目を丸くする。
もしかして誤魔化し効いてる?
「何だ?何か言いたそうな顔をしているが…?」
「い、いえ何も…」
あまりにも見つめすぎたのか訝しげに問いかける凌牙に慌てて否定をし顔を伏せる。
誤魔化しきれたみたいだし、結果良ければ全てよしだよね
「そう言えばさっきも言ったけど、ライくんに教えてもらうのは止めた方がいいよー」
「え?」
そう言えば最初そんな事を言っていたけれど、確かに梅木 ライチは勉強は出来るけど教え方としては雑だし…でも、だからと言ってそこまで言う理由って一体…?
「ライくんは何でも出来る天才肌だけど、人に教えるのはダメダメなんだよね~」
「ライチ先輩に教わった茶道部の奴らは一日も持たずに拒否したからな」
「そんなに!?」
檸檬と凌牙の話に堪らず隣の梅木 ライチを見るが他人事みたいに欠伸をしながら瞼を右手で擦っていた。
自分の話されてるのにこの態度ってある意味天才ではあるけれど…
予想から反する梅木 ライチの態度に顔が引き攣る。
「んじゃ、そう言う事だからライくんじゃなくてここは凌牙くんに教えてもらいなよ!ね?」
「”は?”」
檸檬の爆弾並の発言に堪らず凌牙と共に驚きの声を上げた。
「だって適材適所でしょ?」
「ふざけるな…っ!俺がこいつに教えるのが適材適所なわけあるか!適材適所って言うなら去年の期末テストが学年一位だったお前の方が適材適所だろ」
「んー、勿論俺が教えてあげられたらそうしたかったけど生憎先約で教えなきゃいけない子がいてさ~駄目なんだよね。だから、代わりに去年の期末テストが学年で二位だった凌牙くんの方がいいかなって」
「だからって適材適所はそぐわない。俺にも部活があるか…」
「期末テストの影響でテストが終わるまで夕方は練習出来ないんじゃん!ね?適材適所でしょ?」
「っ…‥」
確かに、檸檬の話には筋が通っていた。去年の檸檬と凌牙の期末テストの成績は学年で一位と二位を全ての末で修めており乙女ゲーム内でも今年の二年での成績も同じ結果だったのだ。それに加えて運動部の部活動生徒は成績を落とさぬようにと期末テスト期間は夕方の練習が不可能となっている為に凌牙が適材適所なのは納得がいく理由だった。
「それに凌牙くんは教え方上手いから尚更いいと思うんだよね~」
「買いかぶりすぎだ。俺でもかなりの低偏差値の奴は不可能だ」
「な…っ!?」
こちらを見るなりあからさまに肩を落として首を横に振る凌牙に堪らずムッとするが僅かな抵抗は無意味に等しかった。
「それは教えてみないと分からないんじゃないかな~?凌牙くん?」
「はぁ……分かった。ただし、無理だと判断したら即座に辞めるからな?」
「はいは~い!」
檸檬のしつこいくらいの説得に渋々承諾した凌牙はギロッとこちらを睨み見つめる。
あー…っとこれは流れに身を任せて言う通りにした方がいいの…かも?
あまりの眼光に恐る恐る解いていた数学の問題を差し出す。
「…よ、よろしくお願いします」
「………こことここが違う。そもそも公式すらなってない!分からないなら前の過去の問題から解き直せ」
「は、はい」
的確な指摘に納得しつつ言う通りに前のページに戻り解き直す。
……チックタック…チックタック…チックタック……
解いている間は時計の針の音だけしか聞こえず静かそのものだったがふと違和感を感じた。
んー…何だろう?何か視線が……?
ふと視線を上げるとこちらを見ながらニコニコと笑みを浮かべる檸檬の姿があった。
っ…!?
視線が合ってしまい思わず顔を伏せる。
え?何でこっちをガン見しているの?
解いてる問題ではなく顔を見ている檸檬の行動に内心戸惑う。
「…ん?さっきから何をずっと見ているんだ?」
「んー?目が合うかなーっと思って」
っ…!?
コンッ…
「あ……」
不意に隣を見るなり不思議そうに問いかける凌牙の質問にさらりとにこやかな声で返す檸檬の言葉に思わず手にしていた消しゴムを机の下へと落としてしまった。
拾わなきゃ…
慌てて机の下まで潜り込み落ちている消しゴムへと手を伸ばす。
「んー……?」
伸ばした手は前から伸びた手に触れ直ぐに手の先の人物へと視線を向けるとアメジストの瞳と交差する。
「…………」
一瞬時が止まった感覚を覚えながらも直ぐに我に返った私が目にしたのは自身の指先が檸檬の手に触れているという光景だった。
っ……!?
ゴンッ!!!
「っ~~~~~!?」
目にした瞬間に慌てて身を引こうとしたが机の下にいるという状況を見事に忘れ真上の机に勢いよく頭を打ち付けてしまった。それはそれは大きな音が鳴る程に。
痛っ~~~~!!!ここが机の下だって事忘れてた
「大丈夫…っ!?」
あ……
アメジストの瞳が心配そうに揺れ綺麗な指先が真っ直ぐこちらに向かって伸びてきた。
「おい!凄い音がしたんだが一体な…」
サッ…
「平気!大丈夫!」
檸檬越しに見えた覗き込む凌牙に瞬時に体を後ろに引きいつにも増してハッキリとした声で答えた。
「ふっ……はい、消しゴム」
驚いた表情だった顔が何故か可笑しそうに笑みを零すと床に落ちたままの消しゴムを拾い差し出した。
「………ありがとう」
差し出された消しゴムに戸惑いながら恐る恐る受け取ると小さな声でお礼の言葉を口にした。
「うん!」
満面の笑みで返された返事に内心たじろぎながらも机の下から顔を出しゆっくりと座席に戻る。
予想外過ぎて…‥困る
「ごめんね~、消しゴム拾ってただけだから大丈夫だよ!心配してくれてありがとう~凌牙くん!」
「誰が心配するか。それより、こんなに長くここに居ていいのか?先約があるんだろ?」
「あー!そうだった!約束してたの忘れてた!?俺もう行くね…っ!…あ!行ってきまーすっ!」
真っ直ぐにこちらを見ながら笑みを浮かべそう言うと背を向け分厚い本を持ちながらヒラヒラと振って去って行った。
多分、彼は今から彼女に会いに行くんだろうな
机の上にある問題用紙に改めて目を向けながら図書室へ向かう途中で檸檬から着たメールの内容を思い出す。
『今日、苺ちゃんと放課後にテスト勉強する事になったんだ。報告完了!』
…と言う内容だったのでまさか放課後に図書室で出会うなどと予想にはしてなかった。だが、このメールを受け取った際に頭に過ぎったのは彼がゲーム内容通りの動きをしている事だった。それはヒロインである星七 苺に期末テストの勉強を教えるイベントでこれに関わる三人の攻略対象者の内の一人であるという事実と机の下で起こった消しゴム事件だった。あの消しゴム事件はゲーム内容ではヒロインである苺が起こすイベントであり攻略対象者である檸檬もヒロインに対して心配そうに手を頭に触れ優しく撫でていた。それは紛れもなく先程体験した出来事と一致していた。
まぁ、私はあの手を避けてしまったのだけど
反射的に避けただけだったがヒロインと同じ様にならずに済んだと思えば少しは安堵出来る。
彼がこの後にヒロインとの勉強でゲーム通り行動をすると信じるしかないな
うんうんと内心で頷きながら解いていた手を止める。
よし!何とか解けた?と思う
「あ、あの…」
「スー……」
ん?
肩肘を着きながら問題用紙をガン見していた凌牙に声をかけようとしたが、ふと隣から聞こえる声に振り向くと梅木 ライチが机に腕を枕にしながら顔を伏せて寝ていた。
こ、これは……
「ライチ先輩起きて下さい。ここで寝られては迷惑です」
あー…やっぱり
寝息を立てながら寝るライチに気づくなり不愉快そうに腕を揺らし起こす予想通りな凌牙の行動に起こされるライチへ同情の眼差しを送る。
「…ん…?ふぁ~……眠い、帰る」
「え…」
凌牙の呼びかけにゆっくりと顔を上げ深い欠伸をするなり帰ろうとするライチの行動につい戸惑いの声が漏れた。
水泳の練習に付き合う代わりに勉強を教えてくれていたのにこんな事になって何か申し訳ないなぁ…
「檸檬も帰ったし、あとは凌牙がいるから大丈夫でしょ?」
「う、うん…」
俯きかけていた顔が不意に声をかけてきたライチに慌てて顔を上げ頷く。
それはそうなんだけど、大丈夫か?と言われれば…
チラッと凌牙の顔を見ると眉を寄せこちらを睨みつけていた。
…大丈夫じゃないんですけど
キー……
かなりの不安を他所に早々に椅子を入れ直し鞄を片手に去って行くライチを一部始終見つめていると出口手前にてふと足が止まった。
「……またね」
「っ………うん」
顔だけ振り返るなり呟かれた言葉に思わず息を呑むが直ぐに頷き返すと何も無かったかのように顔を元に戻し図書室を去って行った。
「何でお前が返事をするんだ?」
「え、えっと……つい…」
訝しげに問いかける凌牙にどうしたものかと思いながらも返事をするがまともな言い訳にはならなかった。
「ついか…?まぁ、馬鹿猿だから仕方ないな」
「な…っ!?だから、馬鹿猿って…」
ガタッ!
…?
「俺達も早く帰るぞ」
「へ?」
せっかく解いた問題も一瞥するだけで特に何もせず鞄を持つなり席を立つ凌牙に目を丸くする。
「数分でお前の頭が良くなるのは不可能だ。図書室ももうすぐ閉まるから諦めて早く帰れ」
凌牙の言葉に時計を見ると既に十八時三十分を回っており図書室が閉まるまで残り十分をきっていた。
凌牙の言葉は癪にしか触らないけど早く図書室を出なきゃ行けない事だけは納得だ
急かされるがままに慌てて机の上にある筆記用具や問題用紙を鞄に入れ片ずける。
「…よし!今い…っ!?」
椅子を入れ直し顔を上げ返事をしようと声を上げるが既に凌牙の姿はなく一人図書室に残されてしまったのだった。
「いつの間に…」
凌牙のあまりの行動の速さに目を丸くしながらも後を追うかのようにその場を後にした。
誰もいない静かな室内には複数の様々な本が立ち並び、入口近くに飾られている時計の音だけが響き渡る。そんな室内の中で黙々と机に向かって勉学に励む女子生徒は隣に座る男子生徒に頭を悩ませていた。
「あ、ここ違う。そこはこうしてこうすれば出来る」
「え?…あ、はい」
数学の問題を解く横で別の紙にスラスラと正解の解答を書く梅木 ライチに教わる側の私はただそれに頷くしか出来なかった。何故なら……
…言っている事が全然分からないっ!
梅木 ライチの教え方は一言で言えば ” 感覚主義 ”であり、間違いを見つける度にどこがどう違うのか?ではなくこれはこうだからと言う様にただひたすら解いて見せるだけの分かるわけのないやり方であった。
梅木 ライチとの泳ぎの練習後、直ぐに西校舎の図書室にて期末テストの勉強をし始めた桃だったが早々に頭を悩ませる状況に後悔と焦りでいっぱいになっていた。
今更”やっぱり止めます!”なんて言えないし…
チラッと横目でライチの顔を見ると真剣な眼差しで問題を解く様子に言い出すことは不可能だった。
「はぁ……」
「ライチ先輩に教わってたら一生覚えられないぞ」
「うんうん、ライくんって所謂天才肌だから」
「え…?」
深くこぼれた溜息の後、突然真上から掛かった声に見上げると怪訝な顔をした桜桃 凌牙と分厚い本を片手に笑みを零す木通 檸檬の姿があった。
え?何でここにいるの?
何故ここに二人がいるのか分からず頭の中はパニック状態になりフリーズした。
「ライチ先輩が人に教えてるなんて珍しいですね。しかも、女子生徒なんて」
「確かに!何でー?」
話しながら当たり前の様に前の席に座る二人の姿にパニック状態だった頭は直ぐに正常になり慌てて視線を隣に座る梅木 ライチに移す。
駄目!絶対こうなった経緯も私との関係も話さないで下さい!とにかく誤魔化してっ!!お願い察してぇぇぇっ!!!
唇をキュッと結び目だけで必死問いかけると何かを察したのか不意に視線が合い直ぐに凌牙と檸檬へと視線を移した。
そう、梅木 ライチは察する事が出来る男だった……
「偶然借りたい本があって来たら偶然一人で勉強してて偶然分かるところだったから…‥なりゆきで」
……だが、誤魔化すのは駄目な男であった。
偶然多すぎっ!こんなの絶対嘘だってバレちゃうよ…っ!
梅木 ライチの言葉に冷や汗が背中を伝い恐る恐る二人の反応を見つめる。
「へぇ…偶然ねぇ‥?」
ほら駄目じゃんっ!
訝しげに問い返す桜桃 凌牙に顔が引き攣る。
「偶然って俺も経験あるからあってもおかしくないと思うけどなぁ?ねぇねぇ、凌牙くんも偶然って経験あるでしょ?」
あれ?
「………まぁ、無いかと言われればあると思うが…」
少しの間が空いて口を開くなり檸檬の言葉に頷く凌牙の反応に目を丸くする。
もしかして誤魔化し効いてる?
「何だ?何か言いたそうな顔をしているが…?」
「い、いえ何も…」
あまりにも見つめすぎたのか訝しげに問いかける凌牙に慌てて否定をし顔を伏せる。
誤魔化しきれたみたいだし、結果良ければ全てよしだよね
「そう言えばさっきも言ったけど、ライくんに教えてもらうのは止めた方がいいよー」
「え?」
そう言えば最初そんな事を言っていたけれど、確かに梅木 ライチは勉強は出来るけど教え方としては雑だし…でも、だからと言ってそこまで言う理由って一体…?
「ライくんは何でも出来る天才肌だけど、人に教えるのはダメダメなんだよね~」
「ライチ先輩に教わった茶道部の奴らは一日も持たずに拒否したからな」
「そんなに!?」
檸檬と凌牙の話に堪らず隣の梅木 ライチを見るが他人事みたいに欠伸をしながら瞼を右手で擦っていた。
自分の話されてるのにこの態度ってある意味天才ではあるけれど…
予想から反する梅木 ライチの態度に顔が引き攣る。
「んじゃ、そう言う事だからライくんじゃなくてここは凌牙くんに教えてもらいなよ!ね?」
「”は?”」
檸檬の爆弾並の発言に堪らず凌牙と共に驚きの声を上げた。
「だって適材適所でしょ?」
「ふざけるな…っ!俺がこいつに教えるのが適材適所なわけあるか!適材適所って言うなら去年の期末テストが学年一位だったお前の方が適材適所だろ」
「んー、勿論俺が教えてあげられたらそうしたかったけど生憎先約で教えなきゃいけない子がいてさ~駄目なんだよね。だから、代わりに去年の期末テストが学年で二位だった凌牙くんの方がいいかなって」
「だからって適材適所はそぐわない。俺にも部活があるか…」
「期末テストの影響でテストが終わるまで夕方は練習出来ないんじゃん!ね?適材適所でしょ?」
「っ…‥」
確かに、檸檬の話には筋が通っていた。去年の檸檬と凌牙の期末テストの成績は学年で一位と二位を全ての末で修めており乙女ゲーム内でも今年の二年での成績も同じ結果だったのだ。それに加えて運動部の部活動生徒は成績を落とさぬようにと期末テスト期間は夕方の練習が不可能となっている為に凌牙が適材適所なのは納得がいく理由だった。
「それに凌牙くんは教え方上手いから尚更いいと思うんだよね~」
「買いかぶりすぎだ。俺でもかなりの低偏差値の奴は不可能だ」
「な…っ!?」
こちらを見るなりあからさまに肩を落として首を横に振る凌牙に堪らずムッとするが僅かな抵抗は無意味に等しかった。
「それは教えてみないと分からないんじゃないかな~?凌牙くん?」
「はぁ……分かった。ただし、無理だと判断したら即座に辞めるからな?」
「はいは~い!」
檸檬のしつこいくらいの説得に渋々承諾した凌牙はギロッとこちらを睨み見つめる。
あー…っとこれは流れに身を任せて言う通りにした方がいいの…かも?
あまりの眼光に恐る恐る解いていた数学の問題を差し出す。
「…よ、よろしくお願いします」
「………こことここが違う。そもそも公式すらなってない!分からないなら前の過去の問題から解き直せ」
「は、はい」
的確な指摘に納得しつつ言う通りに前のページに戻り解き直す。
……チックタック…チックタック…チックタック……
解いている間は時計の針の音だけしか聞こえず静かそのものだったがふと違和感を感じた。
んー…何だろう?何か視線が……?
ふと視線を上げるとこちらを見ながらニコニコと笑みを浮かべる檸檬の姿があった。
っ…!?
視線が合ってしまい思わず顔を伏せる。
え?何でこっちをガン見しているの?
解いてる問題ではなく顔を見ている檸檬の行動に内心戸惑う。
「…ん?さっきから何をずっと見ているんだ?」
「んー?目が合うかなーっと思って」
っ…!?
コンッ…
「あ……」
不意に隣を見るなり不思議そうに問いかける凌牙の質問にさらりとにこやかな声で返す檸檬の言葉に思わず手にしていた消しゴムを机の下へと落としてしまった。
拾わなきゃ…
慌てて机の下まで潜り込み落ちている消しゴムへと手を伸ばす。
「んー……?」
伸ばした手は前から伸びた手に触れ直ぐに手の先の人物へと視線を向けるとアメジストの瞳と交差する。
「…………」
一瞬時が止まった感覚を覚えながらも直ぐに我に返った私が目にしたのは自身の指先が檸檬の手に触れているという光景だった。
っ……!?
ゴンッ!!!
「っ~~~~~!?」
目にした瞬間に慌てて身を引こうとしたが机の下にいるという状況を見事に忘れ真上の机に勢いよく頭を打ち付けてしまった。それはそれは大きな音が鳴る程に。
痛っ~~~~!!!ここが机の下だって事忘れてた
「大丈夫…っ!?」
あ……
アメジストの瞳が心配そうに揺れ綺麗な指先が真っ直ぐこちらに向かって伸びてきた。
「おい!凄い音がしたんだが一体な…」
サッ…
「平気!大丈夫!」
檸檬越しに見えた覗き込む凌牙に瞬時に体を後ろに引きいつにも増してハッキリとした声で答えた。
「ふっ……はい、消しゴム」
驚いた表情だった顔が何故か可笑しそうに笑みを零すと床に落ちたままの消しゴムを拾い差し出した。
「………ありがとう」
差し出された消しゴムに戸惑いながら恐る恐る受け取ると小さな声でお礼の言葉を口にした。
「うん!」
満面の笑みで返された返事に内心たじろぎながらも机の下から顔を出しゆっくりと座席に戻る。
予想外過ぎて…‥困る
「ごめんね~、消しゴム拾ってただけだから大丈夫だよ!心配してくれてありがとう~凌牙くん!」
「誰が心配するか。それより、こんなに長くここに居ていいのか?先約があるんだろ?」
「あー!そうだった!約束してたの忘れてた!?俺もう行くね…っ!…あ!行ってきまーすっ!」
真っ直ぐにこちらを見ながら笑みを浮かべそう言うと背を向け分厚い本を持ちながらヒラヒラと振って去って行った。
多分、彼は今から彼女に会いに行くんだろうな
机の上にある問題用紙に改めて目を向けながら図書室へ向かう途中で檸檬から着たメールの内容を思い出す。
『今日、苺ちゃんと放課後にテスト勉強する事になったんだ。報告完了!』
…と言う内容だったのでまさか放課後に図書室で出会うなどと予想にはしてなかった。だが、このメールを受け取った際に頭に過ぎったのは彼がゲーム内容通りの動きをしている事だった。それはヒロインである星七 苺に期末テストの勉強を教えるイベントでこれに関わる三人の攻略対象者の内の一人であるという事実と机の下で起こった消しゴム事件だった。あの消しゴム事件はゲーム内容ではヒロインである苺が起こすイベントであり攻略対象者である檸檬もヒロインに対して心配そうに手を頭に触れ優しく撫でていた。それは紛れもなく先程体験した出来事と一致していた。
まぁ、私はあの手を避けてしまったのだけど
反射的に避けただけだったがヒロインと同じ様にならずに済んだと思えば少しは安堵出来る。
彼がこの後にヒロインとの勉強でゲーム通り行動をすると信じるしかないな
うんうんと内心で頷きながら解いていた手を止める。
よし!何とか解けた?と思う
「あ、あの…」
「スー……」
ん?
肩肘を着きながら問題用紙をガン見していた凌牙に声をかけようとしたが、ふと隣から聞こえる声に振り向くと梅木 ライチが机に腕を枕にしながら顔を伏せて寝ていた。
こ、これは……
「ライチ先輩起きて下さい。ここで寝られては迷惑です」
あー…やっぱり
寝息を立てながら寝るライチに気づくなり不愉快そうに腕を揺らし起こす予想通りな凌牙の行動に起こされるライチへ同情の眼差しを送る。
「…ん…?ふぁ~……眠い、帰る」
「え…」
凌牙の呼びかけにゆっくりと顔を上げ深い欠伸をするなり帰ろうとするライチの行動につい戸惑いの声が漏れた。
水泳の練習に付き合う代わりに勉強を教えてくれていたのにこんな事になって何か申し訳ないなぁ…
「檸檬も帰ったし、あとは凌牙がいるから大丈夫でしょ?」
「う、うん…」
俯きかけていた顔が不意に声をかけてきたライチに慌てて顔を上げ頷く。
それはそうなんだけど、大丈夫か?と言われれば…
チラッと凌牙の顔を見ると眉を寄せこちらを睨みつけていた。
…大丈夫じゃないんですけど
キー……
かなりの不安を他所に早々に椅子を入れ直し鞄を片手に去って行くライチを一部始終見つめていると出口手前にてふと足が止まった。
「……またね」
「っ………うん」
顔だけ振り返るなり呟かれた言葉に思わず息を呑むが直ぐに頷き返すと何も無かったかのように顔を元に戻し図書室を去って行った。
「何でお前が返事をするんだ?」
「え、えっと……つい…」
訝しげに問いかける凌牙にどうしたものかと思いながらも返事をするがまともな言い訳にはならなかった。
「ついか…?まぁ、馬鹿猿だから仕方ないな」
「な…っ!?だから、馬鹿猿って…」
ガタッ!
…?
「俺達も早く帰るぞ」
「へ?」
せっかく解いた問題も一瞥するだけで特に何もせず鞄を持つなり席を立つ凌牙に目を丸くする。
「数分でお前の頭が良くなるのは不可能だ。図書室ももうすぐ閉まるから諦めて早く帰れ」
凌牙の言葉に時計を見ると既に十八時三十分を回っており図書室が閉まるまで残り十分をきっていた。
凌牙の言葉は癪にしか触らないけど早く図書室を出なきゃ行けない事だけは納得だ
急かされるがままに慌てて机の上にある筆記用具や問題用紙を鞄に入れ片ずける。
「…よし!今い…っ!?」
椅子を入れ直し顔を上げ返事をしようと声を上げるが既に凌牙の姿はなく一人図書室に残されてしまったのだった。
「いつの間に…」
凌牙のあまりの行動の速さに目を丸くしながらも後を追うかのようにその場を後にした。
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