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二章 《教育編》~夏の誘い~

誘う猫と避ける猫

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東校舎の図書室には閉まるまで残り僅かな時間しかないにも関わらずテスト勉強に励む生徒が二名、生徒会会計の木通 檸檬と乙女ゲームのヒロインこと星七 苺は机に広がるテスト範囲に真剣に取り組んでいた……はずだった。約一名を除いては。

「れ~くん、ここ分からないんだけど……ん?れ~くん?」

声を掛けても返事が来ない檸檬にふと手を止め顔を上げるが視線はテスト範囲にあるのに何処かうわの空の姿にかと苺は肩を落とした。
何故なら檸檬は勉強会を始めた時からほとんど上の空状態で苺の質問には直ぐに返答が来ることはなくその度に苺が腕を揺らし意識を向けさせるが直ぐにまた上の空に戻るという行動の繰り返しをしていたからだ。

「もうっ!れ~くんて‥」

コンッ…

「‥あ…消しゴムが……」

檸檬の意識を向けさせようと手を伸ばすが前のめりになる拍子ひょうしに手元にあった消しゴムが机の下に落ちてしまった。

「んー……」

消しゴムを拾おうと机の下に潜り込み手を伸ばす。

「……っと…あ……」

消しゴムを取る手前で綺麗な長い指先が先に触れ視線を上げると、いつ意識を浮上させたのか?机の下に潜り込んで来るなり先に消しゴムを手にした檸檬が笑みを向けていた。

「はい、消しゴム」

「ふ‥ぇ…?…あ、ありが‥」

ゴンッ!!!

「っ~~~~~~!?」

突然の事に戸惑いながら手を伸ばすがつい机の下に居るという状況を忘れ頭を上げてしまい勢いよく頭を打ち付けてしまった。

「大丈夫…っ!?」

「だ、大丈夫…‥っ…ぁ…」

心配して咄嗟とっさに手を伸ばしたのか少し大きな綺麗な手が頭の上にそっと置かれ優しく撫でられるなり頬が赤くなってしまった。

「苺ちゃんは避けないんだね」

「避ける?」

苺の問いかけにそっと手を離しながら苦笑い交じりに答える檸檬に首を傾げる。

「苺ちゃんと勉強会をする前にね、白い子猫に会ってさ…頭をぶつけたみたいだから心配で頭を触ろうとしたんだけど見事に避けられちゃって…」

「その子猫ちゃん、れ~くんの事嫌いだったりして?」

「んー…それは…………」

からかい交じりに言った苺の問いかけに何故か言葉を途切れさせ押し黙るなり何かを思い出しているかのように遠くを見る檸檬の姿に苺から笑みが消えた。

「れ~くん‥?」

「……ふっ‥俺にも分からないかも」

長い間の末に嬉しそうに笑を零しながら答える檸檬の姿に苺の表情はくもっていった。

「…そんなに可愛いなら、私もその子猫ちゃんに会ってみたいな」

「え?」

「ううん、ちょっと言ってみただけだから気にしないで」

「苺ちゃん?」

苦笑いを零しながらそう言う苺に心配そうに檸檬は名前を呼ぶが表情が晴れる事はなかった。

「…ただその…れ~くんにそんな顔をさせる子猫ちゃんに私……少し妬いちゃただけだから」

「っ……」

伏せていた瞳が戸惑いながら見つめ頬を赤らめる姿に思わず息を呑む。

「だから、私にも少しはかまって欲しいな~なんて…‥だめ…かな?」

うるんだ瞳で躊躇ためらいながらも懇願こんがんする苺に否定出来るはずもなく苦笑いを浮かべた。

「ふふっ、そんな風に言われたら断われるわけないでしょ?それに、これからテスト勉強を手伝うわけだし構いまくりだと思うけどなぁ~?」

「ふふふっ、そうだね!これからテスト勉強のご教授よろしくお願いします、れ~くん先生!」

「そこはれ~くんはなしでいいじゃん!」 

「えー?ふふふっ」

机の下で満面の笑みでお互いに笑いながらいるとふと思い出したかのように苺が口を開く。

「あ!そうだ!今日はごめんね?夏のコンテストに出すデザインを描いてて時間おそくなっちゃって…」

「いいよいいよー!俺も空いた時間で本借りれたから気にしないで!それより、もう苺ちゃんデザイン画描いてるなんてさすがだね!」

「ううん、要領悪い方だから早く考えないと間に合わないからやってるだけだよ。れ~くんは、出来てないの?」

「んー、コンセプトは何となく浮かんではいるんだけど描くまでにはいかないから全然出来てないんだよね」

「へー、コンセプトってどんな感じなの?」

「んー、それは……………まだ内緒かな?」

長い間の中で嬉しそうに何かを思い出しながら優しい笑みを浮かべ言う檸檬に苺の表情が少し曇った。

「そうなんだ……………ほんと妬けちゃう」

「ん?何か言った?」

「ううん、れ~くんのデザイン楽しみだな~って思っただけだよ!」

なんでもない様に満面の笑みで言う苺に何の不信感もなく檸檬も笑みを浮かべながら口を開いた。

「うん!楽しみにしててね!」

楽しそうに笑い合いながらおしゃべりをする二人は傍から見たら仲のむつまじいカップルにしか見えないだろう。だが、見えない裏では愛らしい少女の後ろに薄らと小さなとげが見えていたのは誰も知る由もなかった……

 *

空を彩っていた夕日もなくなり生徒達が各々寮等に帰宅していた頃、テスト勉強を見てくれていた桜桃 凌牙にさじを投げられ一人寮に帰宅した星野 桃は机に並べた教科書等を見つめため息をついていた。

「はぁ……一人でテスト勉強を出来る気がしない」

自身の力量は理解している為、尚更今から努力して遅れた分も苦手な数字も自身の力で出来るとはほぼ不可能に近かった。

「桜桃 凌牙にも馬鹿猿なんて言われるし……はぁ…‥」

脱力感が体を巡らせ肩を落としていると不意にドアを叩く音が聞こえた。

コンコンッ…‥

「こんな時間に誰だろう?」

寮母さんだろうか?と首を傾げながらドアに近づき恐る恐る開けてみる。

キー……

「…‥え‥?」

「遅い、早く入れろ」

そこに居たのは制服姿で大きな紙袋を片手に鋭い目つきでにらみつける桜桃 凌牙だった。

「な、何で‥」

「質問は後だ。いいから早く入れろ」

「え、ちょっとここ女子寮だ‥」

ドンッ!!!

「んっ!!?」

「少し黙ってろ」

凌牙の言葉を無視し慌てて制すように声を発するがしびれを切らしたのか唐突に口を片手で塞がれそのまま倒れ込む様に床に落ちていった。

急に何っ!?

内心パニックになりながら倒れ込んでいく体を他所に目に映る凌牙の背後で閉まっていくドアの様子が異様にスローモーションに感じたのだった。







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