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二章 《教育編》~夏の誘い~

焦げた目玉焼き

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男子禁制の女子寮では女子寮の寮母による許可がなければ男子は入る事すら許されない。もし、その禁忌きんきを破り寮母にバレようものなら長い長いお説教と共に停学処分を下される者までいる。それ故にそのような行いをする者がいるとすればただの馬鹿か、もしくはかなりの策士か………

っ………

桜桃 凌牙に唐突とうとつに口を塞がれ反動で床に落ち強い衝撃を覚悟したが不思議と痛みはなく恐る恐るをまぶたを開く。

痛くない原因ってこれか…?

頭に骨ばった大きな手の感触を感じ咄嗟とっさに助けてくれたのかと思ったが、目の前で栗色がかった茶色の瞳でにらみつけてくる凌牙にそれは絶対無いのだと思い直した。

「はぁ…‥質問は後だと言っただろ。他の女子生徒にバレたらどうするんだ」

め息をきながら吐露とろすると口を塞いでいた手を離した。

「まさか許可なしでここまで入って来たの?」

「最初は許可を貰ってる」

「最初はって…?」

凌牙はおおい被さっていた体を離しながら咄嗟に投げ込んだらしい紙袋を持ち直すと真顔でさらりと言いのけた。

「寮母にはこれを届けたら帰ると言ったがこれからテスト勉強をするのにいつ帰れるか分からないだろ?だから、最初は許可を取ったが後は知るか」

めちゃくちゃなことを言っている凌牙に呆れた視線を向けながら聞き返す。

「それってうそをついて女子寮に入って無断で長居するって事だよね?」

「ああ。だが、ここまでやって教えようとしているのにそれを拒否すると言う事はお前は一人でテスト勉強を出来るという事でいいんだな?」

「それは……」

出来ないけど…‥

ぐうの音も出ないほどの図星をつく凌牙の問いかけに自室から追い出す為の言葉が消え失せた。

「他に言うことがないなら早く始めるぞ」

「ちょっ、ちょっと待って…っ!?」

躊躇ちゅうちょなくくつぎづかづかと室内に入っていく凌牙に慌てて引き止める。

「男子寮でここに居る事がバレる心配は?」

女子寮から数メートル離れた場所に建設されている男子寮は、女子寮と同じく女子生徒の立ち入り禁止がルールとされ寮母ではなく年配のひげの生えた叔父おじさんが寮父として守っていた。なので、凌牙が女子寮に潜入している事で男子寮に居ない凌牙の存在が男子寮でバレる事はないのか?と疑問に思ったのだ。

「問題ない。寮父には外出届を出したから今頃実家に帰ってるとでも思っているだろう」

「同室の人は?それに、小豆さんにはバレるんじゃ?」

外出届をしたからと言って基本二人部屋である同室の人に何も言わないのは怪しまれるのではないか?そして、姉である桜桃 小豆には帰宅していない事が分かってしまうのではないか?などと疑問に思ったのだ。

「同室の奴はいない。人数が余ったのもあるが俺と同室になろうとする奴がいなかったからな」

それは…お気の毒に

凌牙の性格や普段の振る舞いを思うと同室になろうとする様な勇敢ゆうかんな者がいなかったのだと思うとあわれに思えた。

「小豆は機械いじりばかりしてるから気づくはずも無い。そもそも、これがからな」

「そう‥なんだ…‥」

という言葉に前回はどの女子生徒の部屋に居たのか?という疑問は考えずとも直ぐに理解出来た。

だからって、この言い方は慣れたと言っているようなものだよね

やはり凌牙はただの馬鹿ではなくかなりの策士なのだと改めて実感したのだった。

「他に質問はないな?」

「っ…‥ないです」

追い返す為の質問を次々に返され他に質問などある筈もなくキツく睨む凌牙に渋々うなずく。

「じゃあ早く始めるぞ。お前の質問のせいで時間が少し減った、早く座れ」

まるで自分の部屋かのようにテーブルの横までスタスタと歩き上着を脱ぐと長いシャツのそでまくり持っていた紙袋から黒い薄型のパソコンと複数の様々な教科書とノート取り出した。

「パソコン?」

凌牙が座る向かい側に座りながら机に置かれたパソコンを見つめる。

「これらは、今回の期末範囲をまとめたノートと問題を解く為に書き込むノートだ。教科書にも期末テストで出てくる範囲に印を付けてある。パソコンは解いていく中で苦手な箇所かしょをまとめる為に活用する」

「なるほど」

淡々たんたんと答えながらノートや教科書を広げ見せる凌牙に中身を見ながら凌牙の顔を見比べる。

「何だ?」

「細かく的確にまとめてて凄いのに何で二位なのかなって…?」

ノートの内容を見ると凌牙の普段の振る舞いからは信じられない程細かく的確にまとめられている綺麗なノートに、ストレートに言うには若干気が引けるものの聞いてみたい気持ちの方が勝ってしまった。

「俺は現代文、現代国語が苦手だからな。それで落としてる」

「え…!?」

意外すぎる言葉に机に広げられているノートや教科書を改めて見ると苦手だと言う現代文と現代国語は無かった。

「正確に言えば文章問題が苦手なんだ。漢字や読み書きことわざ等は出来るが物語の心情を読み取る文章問題は苦手だ。前に檸檬に言われた事がある。”人の気持ちになって考えれば出来るのに”って…俺には人の気持ちになってというものは出来ない。それが優しさなんだと分かるが、それが欠落けつらくしている」

「欠落…?」

本当にそうなのだろうか?馬鹿猿と言いながらもここまでして教えようと助けてくれているのにそれが優しさじゃないとか……

「…違うと思う」

「は?」

「人の気持ちになって考えてるかは微妙びみょうだけど、優しさは馬鹿猿とか色々悪く言いながらもここまでしてテスト勉強を手伝ってくれるところは優しさって言うんじゃないかな?だから、完全には欠落してないと思う」

「…………………」

……ん?いつもなら直ぐに返答してくるのにどうして……

何も言って来ない事が不思議に思い恐る恐る顔を上げ凌牙の顔を覗き込む。

…ビシッ!!

「…いっ…!!?」

覗き込もうとしたが不意を着くようにおでこを指ではじかれわずかな痛みが走った。

「馬鹿!口動かすより手を動かせ」

「…‥はい」

やっぱり前言撤回。優しさなんてないのかもしれない…‥

ほんの少しだけ優しさを感じた桃だったがいつもと変わらない鋭い物言いを返す凌牙にそれは気の迷いだったのだと思い直すのだった。

…‥カタカタカタ…カタカタカタ‥

「…出来ました」

「こことここ間違ってる。ここの公式の問題をいくつか出すから解いてみろ」

「はい」

パソコンで苦手な箇所をまとめながら別の紙に問題を書き解かせるという凌牙の教え方は苦手な箇所が克服でき覚えるには効率が良かった。

それに、このノートも分かりやすいし…‥

凌牙が授業中などでまとめたノートは自身が見返す為だけのはずなのに他人が見ても分かりやすい様に説明付きで細かく的確にまとめられており問題を解いていく中でとても役に立つ代物だった。

それにしても、テスト勉強をし始めてだいぶ時間が経った気もするけど今何時だろう…?

開始時から主に苦手な数学を多めに解きつつ化学や暗記が必要な英語・歴史等も時折挟みながら勉強をしていたがあまりにも没頭ぼっとうしていたせいか時間の感覚が無くなっていた。

えーと…‥二十二時‥?

壁に飾っていた小型の時計を薄めで見ると予想よりもかなりの時間が経っていた。

お腹すいたなぁ…‥そういえば帰って来てから何も口にしてないかも…

空腹のお腹をさすりながらチラッとパソコン画面と問題を書く紙に目を向ける凌牙を見つめる。

「何だ?」

「っ…!?あ、えっと…そろそろ何か食べたいなって…」

こちらを一切見ていないにも関わらず返答する凌牙に驚きつつも言葉を曖昧あいまいにごしながら口にする。

「食べるひまがあるなら手を動か‥」

ぐぅ~~~~…‥

「っ…‥」

却下しようとしていた言葉が途切れ代わりに凌牙から空腹の音が響き渡った。

「ふっ…サンドイッチあるけど食べる?」

「…‥勝手にしろ」

はいはい、勝手にさせて頂きますとも

ぶっきらぼうに言いながらも恥ずかしさが相まってか耳を赤くする凌牙につい可笑しくて笑みが零れてしまった。

カタッ…‥

寮の全部の部屋に設備せつびされている小型の冷蔵庫から翌朝朝食として食べようと思って準備していたサンドイッチを取り出し、ついでにマグカップを二つ食器棚から取り出した。

「ココア入れるけど飲む?」

「…‥…‥」

返答がないって事は勝手にしろって事でいいって事だよね

こちらに見向きもせず手を止めないで書き込む凌牙に肩を落としながらもココアを作り始める。

数分後~

…‥‥カタッ

「どうぞ。飲みたくないなら飲まなくてもいいけど」

空いている隙間すきまにサンドイッチとココアを置き凌牙に問いかける。

「…‥いや、頂く」

「っ…‥!?」

置かれたココアに視線を向けるなり手に持ち素直に飲む凌牙の姿に驚きのあまり凝視ぎょうしする。

「何だ?」

「あ、いや…甘いの平気なのかなって…?」

「アイスコーヒーなら完璧だが今は脳が疲れてる。今回だけだ」

「そうなんだ…」

そう言いながらもココアを飲んでるから嫌味に聞こえないんだけど

嫌味な言葉とは裏腹にココアを飲む凌牙の姿に笑みを浮かべながらも自身もココアを口に入れる。

ズー……

…‥ずっと気を張っていたからかな?何かホッとする…‥

ココアの温かさが体を巡っていくのを感じながらサンドイッチを片手に口に入れつつ空いている手で器用に書き込む凌牙を見つめる。

食事しながらも手を止めないってそれだけ早く終わらせたいって事なんだろうなぁ…‥私も頑張って覚えて赤点回避して応えないと…っ!

凌牙の頑張る姿勢に内心自身を鼓舞こぶしつつ目の前の問題に再度取り組むのだった。

~数時間後

…‥‥キュッ

「ふ…ぁ…‥‥‥」

ボールペンのふたを閉め眠気なのか疲れなのか分からない欠伸あくびが零れた。

もう深夜だよね?さすがに眠気が出てきたかも…‥

伏せていた顔をゆっくりと上げ向かいに座る凌牙を見るとずっと動かしていた手が止まり片手に持つボールペンの途上でまぶたを閉じ今にも寝落ちしそうな勢いだった。

「っ…!?危な…っ!!!」

慌てて落ちそうな頭を受け止め空いている手で紙を少しずらすと空いた隙間にそっと頭を置く。

「はぁ…‥‥パソコンの音が聞こえなくなったと思ったら寝てるなんて」

…スー…‥

完全に寝落ちしたらしく小さく寝息を立て始めた凌牙を見ながら手にしていたボールペンをそっと外すと直ぐそばにあった凌牙の上着に目が止まった。

「制服を掛けるのはちょとなぁ…‥」

今の季節が初夏だとしても深夜は冷える為、凌牙の上着から視線を外しベッドの上にあったベージュの毛布を手に取りそっと肩まで掛ける。

「これで寒くは無いはず…」

テーブルの上で突っ伏して眠る凌牙を見ながら向かいに座り直すとまだ解き終わってない問題に用紙に視線を移す。

「よし!あと少し…っ!」

眠気のある瞼をこすりながらもボールペンを持ち直し目の前の問題にはげむのだった。

~数時間後

真っ暗の空に朝日がまだ出る前の早朝、外の空気が冷たく張りつめている中で桃の部屋にて凌牙は瞼をゆっくり開けた。

「…‥ん…‥‥‥」

開けた瞬間、視線に止まったのは自身と同じように突っ伏して寝ている桃の姿だった。

「…‥終わったのか…?」

問題用紙の上で眠る桃を他所に下敷きなっている問題用紙を覗き込む。

「終わって寝たのか…‥」

そこには完全に合っているかは別としても全ての問題を解き書き込まれていた。

「…‥ふっ…‥…‥馬鹿な顔」

桃の頬には書き込んだペンのインクが少し付いており、つい笑みを零しながらもその頬に指先で触れた。

「…‥んっ…‥‥‥私は…ばかじゃ…‥な…ぃ‥‥‥」

「っ…‥‥そうだな、馬鹿じゃなくて…‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

不意に桃から零れた寝言に向けられたのは、凌牙自身気づかない程無意識に優しげに細められた瞳は今まで誰にも向けることは無かった暖かなものだった…‥‥

‥‥チュンチュンチュンチュン‥‥チュンチュンチュンチュン‥‥‥

…‥‥‥鳥の鳴き声…?それに何かげた匂いが‥‥‥

窓から聞こえる鳥の鳴き声が聞こえそれと同時にはなにつく焦げた匂いに目を覚ますとテーブルの上に散らばっていた問題の紙やノート・教科書・パソコンが全て無くなっており代わりにラップに包まれたお皿がそこにあった。

「何これ?‥‥‥あ‥‥」

お皿に手を伸ばそうとした拍子に肩から毛布が滑り落ち、それは凌牙に掛けていた毛布だと直ぐに理解した。

「‥‥掛けてくれたんだ」

いつの間にか居なくなっていた凌牙の僅かな優しさに胸がきゅっとなった。

「あ、お皿‥‥‥一体何が…?」

再度お皿に手を伸ばし引き寄せるとラップの上に凌牙が書いたらしい小さなメモ用紙が乗っていた。

「‥‥『食いたくなかったら食べなくていい。追伸、現代文・現代国語も明日持ってくる』って食べるって何が‥?」

メモ用紙をテーブルに置きラップを開けるとそこには凌牙が作ったらしい見事に半分焦げた目玉焼きが二つあった。

「ふふっ…‥もしかして、料理苦手なのかな?」

凌牙が作ったとは思えない半分焦げた目玉焼きを前に少しだが可愛いと思ってしまった。

‥…ブー‥‥ブー…‥

「メール?」

目玉焼きの皿を一度テーブルに置きすぐ側に置いていた携帯を取り開くと目玉焼きを作った当の本人からメールが来ていた。

「『これを削除さくじょして欲しかったら良い結果を出せ』って‥‥‥‥え‥‥‥‥‥」

下にスクロールしながら見るとそこには朝の眠気も吹き飛ぶほどの一枚の写真があったのだった。
























    
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