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二章 《教育編》~夏の誘い~

初めての拒絶と芽生える気持ち

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花が綻ぶ様な美しい音色の中で、山のように積み重なった楽譜とプリントを手にしたまま意識を手放した星野 桃が気がついたのは数十分後の事だった。

…ん……林檎の匂い…?

林檎の甘い匂いにまぶたを開けようとしたが直ぐに呆れた声が耳に届き起きるのを止め意識を向けた。

「僕がこんなに手伝ってあげたのに呑気にまだ寝てるって…‥」

この声って…‥国光林檎‥?

…スッ……

っ…!?

近づいて来る気配と共に銀色の髪に指先が触れ息が詰まりそうになりながらも何とか堪える。

「…‥あの時は‥ごめん…」

っ…‥あの時…?

髪が耳に掛けられる際に耳に指先が触れ反応しそうになるのを耐えながらも、苦しそうにつぶやく林檎の声に耳を傾ける。

「ほんの悪戯心だったしそもそも巻き込むつもりなんて無かったけど、怖い思いをさせたのは本当だからずっと謝りたかった…それと、あの時酷い事言った事も…ごめん…‥」

言っている事はさっぱり分からないが、起きるタイミングじゃないのだけは確実に分かる

林檎の言葉に内心首を傾げながらも微動だにせずに耐えていると、不意に髪に触れていた指先が頬へと滑るように触れた。

っ…ぁ…‥!?

「っ…あの時本当は……可愛いって思った…」

っ…‥だから、あの時って何…っ!?  

突然の林檎らしからぬ言葉に込み上げてくる熱を必死に抑えながら内心パニックになりつつあった。

…スッ……

え…?

頬に触れていた指先が離れ内心戸惑いの声が漏れた。

「あーもうっ!何言ってるんだよ…‥っ!寝てるから言っても無駄なの分かるのに…‥」

え…っと……

バタンッ…………

「……いや、起きてるけど…っ」

林檎が居なくなった瞬間、瞼を開け顔を覆うように熱くなる頬に触れうずくまる。

「あの時って…どの時‥?」

徐々に冷静になる頭で林檎の言葉を振り返りながら考えてみるが、林檎から謝罪されるような覚えがなく悩みながらもソファから降り周りを見渡した。

「あ、そう言えば楽譜とプリント……」

音楽準備室に来た目的を思い出し手にしていたはずの楽譜とプリントを探すが床に鞄だけがあるだけでそれらしき物は一切なかった。

「もしかして、棚に入れてくれたとか…?」

僅かな可能性が頭に過り棚の方をまじまじと見ると手元にあった筈の楽譜やプリントの数々が綺麗に挟まれていた。

「まさか本当にやってくれてたなんて…後でお礼言わないと駄目だね…ん?」

視線を巡らせながらふと目に止まったのは机の上にあるティーポットとティーカップだった。

「国光 林檎の持参かな?」

音楽準備室には不釣合いの高そうな金色の模様が入った白いティーセットに近づきポットのふたを取って中身を見ると、林檎の甘い匂いが鼻をくすぐりそれがアップルティーだと分かった。

「まだ残ってるし、国光 林檎が帰って来ないと考えると……いやいや、流石に…でも勿体ない気が……」

アップルティーが僅かに残るポットを前に脳内で葛藤かっとうした結果、勿体ない精神の方が勝ってしまった。

…ゴクッ……

「美味しい…っ」

横にあったカップで口に運ぶなり口の中で林檎の甘みが広がりさっぱりとした飲みやすさに自然と笑みが零れる。

「こんなアップルティー初めてかも…」

 *

桃を音楽準備室に残し出て行った国光 林檎は、目の前で待ち構えていたかのように佇む一人の人物に首を傾げていた。

…どこかで会った事あるような気がするんだよね…どこだっけ?

翡翠色のボブヘアに銀色の瞳の小柄な女子生徒に記憶を辿たどってみるがハッキリと思い出すことが出来なかった。

ま、いっか…どうせ、邪魔虫の一人かなんかだと思うし…

「悪いけど、僕もう帰る所なんだ。演奏聴きたかったら明日また来れば聴けるかもしれないからまた来れば?じゃあ……」

邪魔虫達や周りの人達に向けるいつもと変わらない笑みを向けながら早々に彼女の横を通り抜けようとしたが、すれ違い様にふと声が掛かった。

「私に猫をかぶっても意味ないですわ」

「は?」

足を止め彼女の顔を見ると、眉をひそめにらむ銀色の瞳と共に何故か口角をあげ不敵な笑みを浮かべていた。

「お姉様を好きになっても無駄ですわよ?」

「好き?何が言いたいの?意味分かんないんだけど」

「あなたにはお姉様を渡さないと言っているのです。なので、これ以上お姉様に近づくのは止めて下さい…っ」

「もっと意味分かんないから。そもそも僕があいつを好きになるとか有り得ないし、勝手な勘違いされると不愉快」

「そう思って頂けると心の底から嬉しいですわ。本当にそう思っているならですが…」

「はっ、馬鹿馬鹿しい…けど、僕があいつに近づくかどうかは僕の勝手だから……」

「あ、ちょっと待っ…」

林檎は意味ありげな言葉を残すなり引き止める声を無視し階段を降りて行った。

 *

コンコンコンッ…

「お姉様…?」

「あれ?ココナ?」

音楽準備室を叩く音に扉へと視線を向けると、恐る恐る顔を出した翡翠色のボブヘアに銀色の瞳を持つ白波 ココナに目を丸くする。

「期末テストがもう始まるので最後くらい一緒に勉強したいと思ってお姉様を探して居たのですけど、まさかこんな所に居るなんて…」

「えっと、少し先生に頼まれてしまって…あ、そう言えばココナなら分かるかな…?」

「はい?」

「私が最近怖い思いをした出来事って何だと思う?」

「お姉様が怖い思い?んー…林間合宿のスタンプラリーで大きな穴にお姉様が落ちたて危ない目にあった時の事とかでしょうか…?」

「あー…そんな事もあっ…」

…ん?ちょっと待って?穴に落ちた際に見つけた”大成功!”って書かれた看板ってもしかして…国光 林檎が書いた物だったのか?それが事実なら穴を掘ったのも国光 林檎って可能性が高いし、謝っていた内容と合わせれば辻褄つじつまが合う…

「お姉様?」

「もう一つ聞いてもいい?」

「え、はい」

「林間合宿の時、国光 林檎に何か酷い事とか言われたっけ?」

「え…お姉様、まさかあの時の事をもうお忘れになったのですかっ!?」

「いや、その…多分大して気にして無かったというか…」

「はぁ…あの時、国光 林檎はお姉様に対して”ブサイク”などと言う非常に最低最悪な暴言を吐いたのですわ!お姉様は中身も見た目も世界一の美人だと言うのにそれをブサイク等と…今、思い出しても腹が立ちますわっ!」

「んー…確かに、そんな事も言われたような…」

…ん?でも、国光 林檎はあの時本当は…

『……可愛いって思った…‥』

「っ……」

先程言われた林檎の言葉を思い出し冷めたはずの熱が再び上がり頬を赤く染め上げた。

「お姉様?どうかしたのですか?」

「え…ううん、何でもない…っ」

この熱は多分あれだ。可愛いって言葉を言われ慣れてないのが原因だ。うん、きっとそうだ。それに、国光 林檎が好きなのはヒロイン一択であってモブの私なわけがないんだからあの言葉は気まぐれかなんかだと思うし…

そう自身に言い聞かせながら、鞄から小さなピンクのメモ用紙と黒のボールペンを取り出すと机の上で書き込む。

「お姉様?何をしているのですか?」

「お礼を少し…‥代わりに頼まれ事をやってくれたみたいだし…‥」

アップルティーを飲んだ罪悪感もあるし…

「お姉様……‥何でそんなに‥」

「ココナ…?」

ココナの声が急に小さくなり不思議に思い手を止め振り向くと、スカートのすそを両手でギュッと握り締め今にも泣き出しそうなココナの姿があった。

「お願いですから…これ以上国光 林檎に関わるのは止めて下さい…っ!!!」

…バタンッ!

「ココナ…っ」

溜め込んでいた涙の粒が次々に溢れその瞬間、逃げるように走り出して行ったココナに慌てて追いかけようとしたが既に姿はなくなっていた。

 *

ココナが出て行った後、桃は国光 林檎宛のメモを書き終えると直ぐに早足で特進クラスの女子寮へと向かった。特進クラスの女子寮は一般クラスの女子寮のすぐ後ろにありそれは特進クラスの男子寮と一般クラスの男子寮でも同じような作りである。ただ違う点と言えば一般クラスと違い特進クラスの寮は寮生が少なくそれに応じて部屋の数も少なくなっている。

ココナは寮から通ってるって言っていた様な気がするから寮に居ると思うけど…‥一度も行った事がないからどの部屋か分からないんだよね

ココナから桃の部屋に来る事が多く一度もココナの部屋に来た事がなかった桃は、特進クラスの女子寮に入るなり入口にいる特進クラスの寮母に話し掛けた。

「すみません、寮母さん」

「あら?もしかして、一般クラスの女子寮の子かしら?」

黒髪にお下げ姿の二十代後半ぐらいの若い寮母の問いかけにうなずき話を切り出す。

「はい。白波 ココナという生徒の部屋が何処か知りたいのですが、教えて頂けませんか?」

「白波さん?もしかして、お友達?」

「あ、えっと…よく一緒にいる後輩というか…」

んー…友達でもないし、だからって妹だとは流石に言えないし…

「ふふ、白波さんにこんなに仲のいいお友達がいたなんて知らなかったわ。ごめんなさいね」

「いえ、友達ではなく‥」

「白波さんは百四号室よ。さっき帰って来てたから部屋に居ると思うわ」

「あ、ありがとうございます…っ」

寮母の言葉に頭を下げお礼を言うと慌てて特進クラスの寮に入りココナの部屋の前へと着くと途端に不安に襲われた。

部屋の前に来たのはいいけど何て言えばいいの…?

音楽準備室で涙を溢れさせながら去って行ったココナの姿が脳裏に過ぎり扉を叩く手が宙に止まる。

…ううん、何もしないよりいい

コンコン……

「…はい」

扉を叩くとココナの小さな声が聞こえ恐る恐る話し掛ける。

「私だけど…?」

「お姉様…?」

「うん…今、入っても‥」

「来ないで下さい…っ!!」

「っ…」

「ごめんなさい…今、お姉様とはお会いしたくはないです…」

「そう…‥分かった…」

拒絶するココナの言葉にそれ以上言うことも無く小さく頷き静かにその場を後にした。

 *

「はぁ………」

重い足取りで自室のある一般クラスの寮へと帰宅すると自室の扉を力無く開けた。

ガチャ‥…

「遅い!今まで一体何処で道草を食って…」

「あ…‥」

…忘れてた

自室に入るなり怒鳴り声を上げる桜桃 凌牙の姿にその場に立ちすくむ。

そう言えば、梅木 ライチとのプール練習の後は桜桃 凌牙との勉強の約束があったんだった。先生の頼まれ事とか国光 林檎の事とかココナの一件でつい頭から抜けてたわ

「…‥今日はやめだ」

「え…?」

じっと鋭く睨みつけた後、持って来ていた鞄を片手に立ち上がり帰ろうとする凌牙に慌てて呼び止める。

「い、今からでも別に遅くなっ‥うにゅっ!?」

突然、振り返った凌牙から両手で頬を挟まれ顔を上げさせられ目を丸くする。

「お前の問題が解決してからだ。明日までには終わらせろ…いいな?」

栗色がかった茶色の瞳が戸惑う視線を真っ直ぐに捉えた。

「…ふぁい」

「終わったら直ぐに連絡よこせ」

バタンッ…

「………ココナ」

凌牙の居なくなった部屋にか細く残る自身の声がやけに大きく響いた気がした……

























    
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