明け方に愛される月

行原荒野

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【本編】明け方に愛される月

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 その週の土曜日に誠は宣言通り、佳人のアパートを訪れた。
 サーモンピンクのパーカーにジーンズというシンプルな出で立ちが、小作りで甘い顔立ちをよく引き立てている。
「はいコレ、今日のは紅茶風味だよ。兄さんのために挑戦してみたんだって」
 ニコニコした誠から小ぶりで綺麗なギフトバッグを渡されて受け取る。
「いつも悪いな、忙しいのに」
「全然。母さんは俺らのご飯作るよりコレ作る方が張り切ってるよ。唯一の楽しみなんだって」
 邪気の欠片もない誠の笑みに佳人はいつもぎゅっと心臓を絞られるような気持ちになる。だがそれを押し殺すのにも慣れた。
「お礼、言っといてくれ」
「うん」
「大学、大丈夫そうなのか」
「まあ、なんとかね。先生もほぼイケるだろうって」
「そうか、良かった」
「兄さんは、仕事どう? 大変?」
「大丈夫だ。年末には忙しくなるだろうけど」
「無理しないでよ。正月は帰って来れる?」
「どうかな、また連絡する」
 うん、と頷いて誠は少し淋しそうな顔をする。「帰る」という表現をごく自然に口にする弟のこだわりのなさに、佳人はいつも軽い苛立ちを覚えるが、表向きは寛容な兄貴を装って優しい笑顔を見せる。
 だがそれらは全て玄関先でのやりとりだ。中に入れと勧めたことはないし、誠も上がっていいかと尋ねたことはない。これからまた用事があってあまりゆっくりできないのだという態度を装うのは、この出来た弟の優しさだった。
 この部屋は、佳人の絶対的な聖域だった。どれほど孤独でも、佳人が佳人として生きるための砦だった。だから誰も招き入れたくはなかったし、これからもその筈だった。
 それなのに。
「この間の、えっと、ヨシザキさん? なんか凄くカッコイイひとだね」
「そう、かな」
「カッコイイよ。優しそうだし」
 確かに優しい。多分、佳人が今まで出逢った誰よりも優しくて、温かい。
 けれどそれを誠に知られるのは嫌だった。芳崎の名前を誠の口から聞くのでさえ、堪えがたく感じてしまう。
 聡い誠は佳人の口の重さに何かを感じたのか、それ以上話を広げようとはしなかった。
「兄さんも優しいよ」
「なんだ、それ」
 佳人が目を眇めると、ふふ、と誠は笑ってじゃあね、と軽く手をあげて帰って行った。 
 静かに扉を閉めると、いつもホッとするのと同時に軽い罪悪感も覚える。そしてこんな「儀式」がいつまで続くのだろうかとひどく憂鬱になるのだ。
 絵に描いたような優しくて思いやりのある家族。けれどそこは決して自分の居場所ではなかった。
 佳人の母はシングルマザーだったが、佳人が三つの時に亡くなった。母が死んでも父親を名乗る人物が現れなかったのは、母が身籠ったことを知らなかったか、面倒で逃げたかのどちらかなのだろう。
 結局佳人は子供のいなかった母の弟である叔父夫婦に引き取られた。優しい彼らは佳人を本当の子供のように可愛がってくれたと思う。
 けれどあの夜祭のあと、佳人はそれまでお父さん、お母さんと呼んでいた彼らを、叔父さん、叔母さんと呼ぶようになった。彼らは言葉を失い、呆けたように佳人を見ていた。
 一夜にしての佳人の豹変が彼らに与えた衝撃は如何ばかりだっただろう。それが恩を仇で返すような理不尽な行為であったことは当時の自分にも判っていたと思う。
 けれど蒼ざめた彼らの顔を見て、佳人が溜飲を下げたのも確かだった。
 それからの佳人は頑なに他人行儀を通し、夜も独りで眠るようになった。それが却って自分の「愛」に対する執着を思わせ、佳人の心はますます閉ざされていった。
 弟の誠が生まれたのは、佳人が四歳の時だ。初めてできた弟が嬉しくて、佳人は毎日誠に触れ、誠が笑うと自分の心まで温かくなるようで、叔父たちはその溺愛ぶりに苦笑していたくらいだ。
 だがあの夜から誠は佳人にとってひどく複雑な感情をもたらす存在へと変わってしまった。
 それでも佳人はあからさまに誠への態度を変えたりはしなかった。以前ほどベタベタしなくなった代わりに、庇護対象を見るような、年長者の落ち着きをもって誠に接するようになった。それは佳人のせめてものプライドだったのだろうと思う。
 子供の頃から弟は他人に可愛がられた。それはひとえに他人の好意を素直に受け入れる事が出来る素直さに起因していたのだと思う。
 当時、孤独な子供だった佳人に優しくしてくれた近所の大学生がいた。明るく大らかな彼を、佳人は密かに慕っていた。
 ある日彼が佳人を遊園地に誘ってくれた。だが当日自分も行くと泣き出した誠を仕方なく連れて行くと、彼はいつのまにか誠だけの手を引いており、あの夜祭の夜の再現のように、佳人は二人の背を黙って見つめるしかなかった。
 その後も無口な佳人に話しかける人はほとんどいなかったが、たまに話しかけられれば、大抵誠のことを訊かれた。
 常に比較されて、それで傷つくのがいやで、自分から先に弟を褒めるようになった。自慢の弟だと。
 けれど演じ続けるうちに次第に歪みが生じ、佳人の心を追い詰めていった。
 ある日、高校を早退して歩いていた時、叔父と叔母、そしてまだ小学生だった誠の家族三人が、楽しそうにレストランで食事をしているのを見たことがあった。それはまさに「家族団欒」の図だった。
 いつもは佳人の存在によってどこか張りつめたような表情をする彼らも、その時ばかりは屈託のない開放的な笑顔をしていた。
 とてもじゃないが、「あの中」には入って行けない。透明なガラスの外側に佇みながら、佳人は強くそう思った。
『息が詰まってしまうの。無言で責められているみたいで』
 高校生になった頃、叔母が叔父に話しているのを聞いたことがあった。敬語を崩さず、ますます他人行儀を貫くようになった佳人に、叔母も相当参っているようだった。
 自分は早くこの家を出るべきだと改めて思った。食費や生活費、高校までの学費といった、本来彼らが負わなくてもよかった負担が心苦しくて、佳人は高校一年の夏からバイトを始めた。
 高校三年生から始めたバイトは、今の勤務先だ。その働きぶりを認められて「うちで就職しないか」と言われた時、佳人は二つ返事で了承し、家を出る決意をした。
 叔父たちには二十歳までは待って欲しいと懇願された。何故、と佳人は思った。自分がいて良いことなど、一つもないはずだった。
 必死に引き止める彼らの言葉が、ひどく偽善的なものに思えて、佳人は苛立ちさえ感じた。
 だから就職のこともあるし、心機一転したいと我を張った。養子縁組を解消してもらい、苗字を元に戻した。
 自分でも頑なだと思う。けれどもう、お互いに限界だったのだ。
 アパートに引っ越したその日の晩、佳人は初めて自分のために声をあげて泣いた。もうこれで誰にも気兼ねしなくていい。自分のために稼ぎ、食事をし、息をする。その幸せな孤独への期待に包まれて、佳人は夢も見ないで眠った。

 誠から受取った袋を開けると、ほんのり紅茶の香りが漂った。毎月、律儀に届けられるクッキーは、まるで叔母の免罪符のように思われた。
 最初は食べようとした。けれど身体が受け付けず、過換気を起こし、すぐに吐いた。それからは棄てていた。そのたびに自分がひどく汚れていくような気がした。
 佳人は袋を力なくキッチンのテーブルの上に置くと、奥の寝室のベッドに転がった。
 目を閉じて、芳崎の顔を思い浮かべる。自分の肩に触れた、優しくて大きな手の感触や、深みのある低い声を思い出す。そうすると身体が知らずに疼き出して、佳人はそっと熱い息を吐いた。
 ためらいがちに下腹部に手を伸ばし、密やかな場所をまさぐる彼の手を想像しながら自分を慰める。
 頭の中で警鐘が鳴り響いていた。けれどそれ以外に震える身体を宥める術を知らず、涙を零しながら快感の極みへと達した。 
(芳崎さん……) 
 ぽろぽろと零れる涙を腕で隠した。
『…まあ、笑顔が可愛いのは好きだな』 
 去ってゆく誠の姿を見つめていた芳崎の目を思い出し、身体の熱が急激に冷めてゆく。
(判ってる。判ってるよ……)
 霞む天井を見上げながら、佳人はひとり寂しく笑った。

          
 その日から佳人はさりげなく芳崎を避けるようになった。自分の気持ちと誠への醜い嫉妬を自覚してからは、芳崎の顔をまともに見ることが出来なくなってしまったのだ。
 何度目かの誘いを断った時、芳崎は珍しく強引に約束を取り付けた。ひどく迷ったけれど、芳崎に会いたい気持ちは抑えがたかった。
 仕事を上がり、待ち合わせの店に向かう途中で雨が降って来て小走りになる。約束の時間を一時間近く過ぎていた。芳崎が帰ってしまっていればいいと思うのと同じくらい、まだいて欲しいとも思った。
 濡れたまま指定されたカフェに入って行くと、芳崎がすぐに自分を見つけて手を上げてくれた。ほっとして彼の方に歩み出した途端、ギクリと足が竦む。
(どうして――)
 芳崎の隣には誠がいた。俯いて、なんだかいつもと様子が違っていて、佳人の心臓が嫌な感じに跳ねる。
「すみません、遅れて」
 佳人が困惑ぎみに言うと、芳崎はホッとしたように佳人を向かいの席に座らせた。
「ここに来る途中に偶然会ってね。気分が悪そうだったから誘って休ませていたんだ」
「ごめん、兄さん」
 誠が色の悪い顔で眉を顰める。
「いいけど、大丈夫なのか」
「昨夜からちょっと風邪ぎみかなと思ってたんだけど、急に冷えたから悪化したみたい」
「帰った方がいいんじゃないか。送っていこうか」
 誠は弱々しく首を振って微笑んだ。
「大丈夫。温まって大分よくなったから」
「そうか」
 言いながら芳崎の、誠の肩にかけた手がひどく気になった。
 軽く添えられているだけだったが、逞しい芳崎と小柄で華奢な誠はなんだか似合いで、彼らが男同士だと判っていても苦い気持ちがこみ上げる。何故なら芳崎にとって誠が充分恋愛対象になることを知っているからだ。
 同時に、芳崎が優しいのは自分に対してだけじゃないのだと痛感してしまう。
 運ばれてきたカフェオレに口をつけながらなんとか話を合わせた。芳崎と誠はしきりに佳人に気を遣ったが、それがなんだか惨めで佳人は次第にうまく笑えなくなり、さりげなさを装いながらトイレに立った。
 静かな空間に入った途端、佳人は深く息を吸った。覚えのある息苦しさがこみ上げる。マズイ、と思ったそばから呼吸がうまく出来なくなった。
 苦しくて洗面台に手をかけたままうずくまる。引きつったような喉の音がいっそう佳人を恐怖に陥れた。
 助けを呼ぼうにも立ち上がることができず、どんどんパニックになってしまう。苦しくて涙が滲んだとき、扉が開いて佳人を呼ぶ声が聞こえた。
「佳人! どうした、発作か」
 芳崎が後ろからしっかりと肩を抱いてくれて、苦痛の涙は安堵のそれに変わった。
「すみ…ませ…、」
「喋るな」
 芳崎はいつかしてくれたように呼吸のリズムを教えながら背中を何度も撫でてくれた。
「大丈夫か」
「……はい」
 しばらくして発作が治まると、芳崎はぐっと佳人の肩を抱いて、ゆっくりと立たせてくれた。
「席に戻れるか」
 訊かれて咄嗟に首を横に振る。
「佳人?」
 無意識に芳崎の腕にすがりながら、佳人は拒否のサインを送り続けた。
「……でも、ここじゃ休めないだろ。座って少しゆっくりすれば、」
「いやだ」
 弱々しい声が自分の喉から洩れる。芳崎がかすかに息を呑んだ気配がした。
 迷惑をかけているのは判ったけれど、これ以上、二人を見ているのが辛かった。それくらいならこのまま独りで帰りたい。
 頑なな佳人の拒絶に芳崎は軽い溜め息をついた。佳人はビクリと身体を震わせ、すっと芳崎から身を離した。
「俺、…このまま帰るから、芳崎さんは誠を送ってあげて」
 抑揚のない声で告げると、今度こそ苛立ったように芳崎は強く佳人の腕を掴み、トイレを出た。誠が待つ席へと連れ戻される。
「兄さん、どうしたの? 大丈夫!?」
 俯く佳人に尋常でないものを感じたのか、誠が立ち上がって慌てたような声を出した。
「ちょっとな、誠くんはもう平気?」
「はい、大丈夫です」
「じゃ、悪いけどお兄さん送って行くから、君はタクシーで帰ってもらっていいかな」
 ハッと佳人が顔を上げる。芳崎はためらいもなく財布からお札を取り出し、誠に差し出した。
「そんな、いいです、バスで帰れますから」
「そう? じゃあ、気を付けてね。風邪こじらせないように」
 あまりにあっさりとした芳崎の言葉に、佳人は茫然とする。
「芳崎さん、俺は大丈夫だから、誠を」
「大丈夫じゃないだろ!」
 芳崎は珍しく声を尖らせて佳人を叱った。
 ビクリと肩をすくませる佳人を苦々しく見ると、驚きに目を瞠る誠にもう一度挨拶をして、佳人を店の外へと連れ出した。
「あ、あの」
「いいから黙って来い」
 常にない強引さで流しのタクシーに佳人を押し込むと、芳崎はアパートの場所を告げた。
 車の中でも芳崎は痛いくらいに佳人の手首を掴んでくる。それが泣きそうなほど嬉しかった。
 なにより芳崎が何のためらいもなく、誠より自分を優先してくれたことが信じられなくて、夢を見ているような気持ちになる。
 けれどあの状況では発作を起こしたばかりの佳人を優先するのが単に自然だったのだろう。独りで帰らせて、また倒れられても困ると思ったのかもしれない。
 素直な喜びを自分に許さないのは佳人の習い性だった。そうしなければ期待が裏切られた時、ひどく傷つく。
 アパートに着くと、芳崎は当然のように中に入って来た。
「あの、ありがとう、でも、もう大丈夫だから。あ、タクシーのお金、いま」
 佳人が財布を取り出そうとすると、ふいに強く抱きすくめられた。
(あっ……)
 心臓が大きく跳ねて、息が止まりそうになる。
「……お前、ちょっとは人に頼れ」
 まるで懇願するみたいな芳崎の声に、佳人はぎゅっと目を閉じた。
 芳崎の温もりが泣きたいほどの安堵を連れてくる。それだけで今までの心のわだかまりがすっかり晴れてしまい、現金すぎる心の動きに佳人はいっそ笑いたくなった。
 そういえば、こんな風に誰かに強く抱きしめてもらったのは初めてかもしれない。芳崎の腕の中はどうしようもなく心地が良くて、温かくて、揺るぎない頼もしさに心ごと呑み込まれそうになる。
 もう疑いようのないほど、はっきりと自分の気持ちを自覚し、怖くなった佳人はとんでもないことを言った。
「俺を、誠の……か、代わりにすれば? 三度も助けてもらったから、……そのお礼」
 喉奥が緊張で塞がり、みっともなく声が掠れた。
 急に身体を離され、大きく目を瞠った芳崎と目が合う。居たたまれなくなって目を伏せると深い溜め息が聞こえた。それに怯え、傷ついた佳人は早口に言葉を足す。
「代わりにもならないか、こんな無愛想じゃ」
「いや……、ただ、俺って身代わりで誰かを抱けるほど、軽薄なヤツって思われてんのかなって」
「! 違っ」
「いいさ」
 芳崎はいきなり佳人の手首を掴んで苛立たしげに隣の寝室に連れ込むと、佳人をベッドの上に放り出した。
 驚きに目を瞠る佳人の両脇に手をつくと、芳崎は正面から覆いかぶさり、射るような目つきで佳人を見た。
「芳崎さ、」
「後悔すんなよ」
 低く言い捨てると、芳崎は佳人の両手首を押さえつけ、いきなりその唇を奪った。ゾクンっと佳人の身体が震える。
 ガチガチに強張った唇を荒々しく塞がれ、息苦しさに思わず開けば潜り込んできた熱い舌に口内を深く蹂躙された。ぬめる粘膜を強引に犯され、喘がされ、初めてのキスはただただ佳人を翻弄する。
 次第に何も判らなくなった佳人は解放された手で、弱々しく芳崎のシャツにすがった。
「ふ……っ…ぁッ…ぁ……んッ」
 淫らな水音を立ててようやく唇が離されると、潤み切った瞳で芳崎を見上げる。その顔を見た芳崎は、見たことのないほど凶暴な眼で佳人を射抜き、ただ震えるだけの佳人のシャツを引き裂くような勢いで脱がせ始めた。
「あ、やっ、待っ」
 白い首筋を強く吸われて大きく身を震わせた佳人を、芳崎がどこか余裕のない表情で見下ろす。
「初めて、なのか」
 訊かれてカッと頬を染めた佳人は顔を背けた。そのせいで白いうなじが露わになる。
「……触られた…ことは、あるけど」
 芳崎が小さく息を呑んだ気配がした。
「……男か」
 苦々しい声はまるで佳人を責めるみたいに聞こえる。そんなはずがないと思うのに期待が胸を震わせる。
 佳人が小さく頷くと、芳崎は怒ったみたいに佳人の身体を激しくまさぐり始めた。張りのある肌に密やかに息づく小さな尖りを、濡れた唇に含まれると、佳人は甲高い叫び声を上げた。
「ひぁあっ、あ…ん、やっ、いやッ」
 今まで知らなかった深い官能が呼び醒まされる。身体のどこもかもが、芳崎に触られていると思うだけで、熱く燃えあがってゆくようだった。
 芳崎が自らのシャツを脱ぎ、肌と肌を直接合わせると、佳人はいっそう大きく身を震わせた。重い身体が圧倒的な存在感を持って佳人の上にのしかかる。
 唇を貪られ、胸を弄られ、最後にジーンズの隙間から潜り込んできた熱い手に中心の昂りを包み込まれると、佳人は激しく身を捩った。 
「やっ、やだ、芳崎さッ、こわい…っ」
 涙混じりに訴えると芳崎は目じりにキスを落として、何が怖い? と熱い息を耳の中に吹き込む。それだけで佳人はまた震えあがり、泣きながら芳崎の胸にすがってしまう。
「クソ……、可愛い」
 苦しげな呟きが聞こえた気がしたが、下肢に纏わりつく衣服をすべて脱がされ、大きく脚を開かされた瞬間、強烈な羞恥が襲ってきて佳人は激しく取り乱した。あまつさえ震える性器を熱い口内に包まれてしまうと、佳人はただただ惑乱したように泣きじゃくる。
「ああーッ、いや、やっ、だめ、おねが、放、は…放し…やっ、も、だめ、おねがい、お願い! あっ…っーーッ!」
 深すぎる快感が爆ぜて、火花が散るような衝撃が全身を駆け巡る。全力疾走したように鼓動が暴れまくり、佳人はボロボロと涙を零してシーツに顔を埋めた。
「佳人……、」
 震える細い腰を抱かれ、くにゃりと弛緩した身体を力強い腕に抱きあげられる。
「ゃ…もう、こわい」
 顔を背けて弱々しく芳崎の胸を押し返す佳人を自分の膝の上に座らせ、芳崎は正面から佳人の身体を腕に包んだ。
「ごめんな、今度は優しくするから」
 何をされるのかと怯える佳人の手を取り、芳崎は怒張した自分のモノを軽く握らせた。
「あっ」
 驚いて手を引こうとする佳人に苦笑して、芳崎は佳人の手の上に自分の手を重ねる。
「気持ち悪いか」
 佳人は咄嗟に首を横に振った。
「じゃ、もう少しだけつきあって」
 ぬめった熱いそれはひどく卑猥で佳人のものとは比べようもなく立派で、握らされているうちに佳人のモノもまた立ち上がってくる。
 芳崎はクスリと笑うとそれを自分のものとひとまとめにして扱き出した。
「あっ、な、なに…、やっ、やだ……っ」
 先ほどとはまた違う快感に戸惑って、佳人はすがるように芳崎を見た。
 芳崎は肩に零れ落ちた佳人の髪に長い指を差し入れ、滑らかな頬に優しく口づけた。愛おしげな仕草に佳人の胸がぎゅっと引き絞られる。
 芳崎の腕と匂いに包まれ、鋭い快感に声を上げ、今度は二人同時に達した。
 浅はかな佳人の誘いに怒っていたはずなのに、芳崎の腕はただただ優しく、髪一筋でさえ傷つけられることはなく、佳人はとんでもない間違いを犯したことに気付いた。
 芳崎を拒絶するはずが、もっと深みに嵌ってしまった。もうどうやっても逃げられないほどに、自ら底なし沼のような恋の淵に身を投じてしまったのだ。
 
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