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第89話 差し入れ
しおりを挟むルシアンとのデートは、王宮に来てからいちばん幸せな一日だった。
離れに戻ってからの食事も、いつもより少し豪勢だった。ルシアンが差し入れてくれた軽食があったからだ。
狭い部屋には食事用のテーブルがないので、長椅子に並んで座り、小さな作業台を持ってきて、その上に皿やグラスを並べる。
ナタリナが、籐で編まれたバスケットから、ルシアンの差し入れをその上に並べた。
「さあ、エマ様。頂きましょう」
食事は、いつもナタリナと一緒に食べる。
貴族と同格である『聖樹』が、食事の席に侍女を同席させるなんて、普通はあり得ない。
だけど、レオナールによって離れに追いやられてからは、給仕をするような食事ではなくなった。なので、エマはナタリナと一緒に食べることにしているのだ。
「ルシアン様の差し入れは、どれもおいしそうだね」
「デイモンド伯は、本当に気が利きますわ」
ナタリナも嬉しそうに頷いた。
いつも本館から運ばれる食事は、かちかちに固まった古いパンと、具のない薄いスープばかりだった。侍女長は側妃やレオナールの指示を受け、エマを使用人と同じように扱い、このように嫌がらせをしてくる。
ナタリナが、本館で働くメイドからこっそり食料を手に入れなければ、いつもお腹を空かせていただろう。
「ルシアン様に、感謝しないとね」
エマは胸の前で両手を交差させるように重ねて、女神イーリスとルシアンに祈りを捧げる。
「女神イーリスの豊かなる恵み、ルシアン様の慈悲に感謝申し上げます。大地の実りに祝福を」
祈りを終えると、目の前のサンドイッチに手を伸ばした。
サンドイッチは二種類あり、スモークサーモンとハーブクリームチーズを挟んだものと、薄切りローストビーフと粒マスタードを塗ったものがある。
他には、ベーコンとポロネギ、マッシュルームの入ったキッシュに、アーモンド入りのマドレーヌ。軽食というだけあって種類は少ないが、どれも二人分ずつ用意されていて、エマはナタリナと仲良く食べた。
「ん、おいしいっ」
「ええ。このサンドイッチは、本当においしいですね」
ナタリナも感心しながら、サンドイッチを頬張る。
キッシュも、食べやすいように切り分けられていて、あっという間に食べてしまった。
「おいしい~」
「エマ様。たくさん召し上がって下さいね」
二人分とはいえ、多めにあるので、おかわりもできる。
バスケットには、珍しい果実も入っていた。
小さいリンゴのような形をしているが、白っぽいピンクの果皮だ。初めて見たが、前に本で読んだ帝国の果物に似ている。
「これって、メルベランかな?」
「珍しい果実があると仰ってましたから、そうでしょう」
ナタリナも手に取って不思議そうに眺めていたが、毒味のためにそのまま皮ごとかじりついた。
ルシアンが毒や腐ったものを渡すとは思わないが、エマはハラハラしながらナタリナを見あげる。
「どう? ナタリナ」
「思ったより柔らかいですよ。上品な甘さです」
「甘いんだね」
エマはワクワクしながら、ナタリナと同じようにパクリとかぶりついた。
シャキッとした感触なのに、噛むと果汁がじゅわっと口に広がる。
「ん~! おいしいっ!」
「ふふ。エマ様のお好きな味ですね」
「うんっ」
エマは甘いものが好きだが、果物の爽やかな甘みは特に好きだ。皮ごと食べられるのも嬉しくて、あっという間に一つ食べおえた。
「ねえ、ナタリナ。まだある?」
「ええ。ですが、あと一つだけですよ」
ナタリナはそう言いながら、メルベランを一つ手渡してくれた。
だけど、バスケットの中にはまだメルベランが何個も入っている。
「まだ、たくさんあるのに……」
「一気に召し上がるものではありません。また明日、お楽しみに取っておいて下さい」
「うん」
もっと食べたかったけど、ナタリナに諭されて、我慢することにした。
エマは最後のメルベランを、ゆっくり味わって食べた。
「はぁ。おいしかった~」
「エマ様。今日はたくさん召し上がりましたね」
「うん。どれもおいしかったから」
「デイモンド伯に、お礼を言わなければなりませんね」
ナタリナはエマを見つめて、優しく微笑む。
離れに来てからは、エマのために十分な食事を用意できず、心苦しく思っていたようだ。
(ナタリナのせいじゃないのに)
お腹いっぱい食べられないのは、ナタリナだって同じだ。
エマはナタリナを見あげて、笑顔で言った。
「ナタリナも、今日は一日歩き回ったから疲れたでしょ? だから、いっぱい食べてね」
「ええ。頂きますわ」
ナタリナが嬉しそうに頷く。
そうして二人は、久しぶりに充実した食事の時間を過ごしたのだった。
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