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第91話 薄紅の色
しおりを挟む「どうせ黒幕は周りの奴らだ。接触すれば、証拠隠滅されるのは確実だぞ」
ティエリーが笑いながら答える。
他人事だと思って、楽しんでいるようだ。
ルシアンはティエリーを軽くにらみつけた。
「王子は放っておく。現場を確かめた方が早いだろう」
現場というのは、ワイール領のことだ。
ルシアンは、管轄する諜報部の部下を、すでにワイール領へ潜入させていた。
四日後、皇太子率いる帝国の使節団は帰国することになるが、ルシアンは密かに別行動に入り、ワイール領へ向かう予定だった。
「帰国の前夜には、晩餐会と夜会があるだろう。そこで、ノワジエール侯爵とワイール領主の動向を探っておく」
「夜会か……聖樹も参加するのだろうな?」
「おそらく」
ルシアンが頷くと、ティエリーはグラスを傾けた。
紅い瞳が細められ、探るような顔で口端を上げる。
「あの偽装薬だが、多めに持ってきたんだろう?」
「クロエに持たせてある」
「お前は心配性だから、準備がいいのは知っているが」
ティエリーはそう言って、からかうように尋ねた。
「あの薄紅(うすくれない)の色を、聖樹に使った理由は?」
「……分かっているくせに、言うな」
「お前の口から聞きたい。頑なに番を持とうとしなかったお前が、どれほどあの聖樹に入れ込んでるか、把握しておくのは当然だ」
「……」
ルシアンは、不機嫌そうに眉をしかめた。
だが、ティエリーはますます、好奇に満ちた目で返事を待っている。
「はぁ……」
「ルシアン。あの聖樹が気に入ったんだろ? ついに、抱く気になったか?」
「君に報告する義理はないが……あの子の立場を考えれば、できるわけがないだろう」
「聖樹の姿なら、だろう? それで、あの色を選んで飲ませた。違うか?」
ティエリーが笑みを浮かべて、ルシアンを見つめた。
ルシアンは眉間に皺を刻み、ため息をつく。
「私は……あれが最善だと思った」
「ああ。クロエもそう思ったから、お前を止めなかった」
「……まさか、君が気分を害しているわけではないだろう?」
ルシアンは、怪訝な顔で尋ねた。
ティエリーは小さいことにこだわらない性格だ。
問われたティエリーは、フンッと鼻で笑って、ワインを飲み干した。
「注げ」
ルシアンがワインを注ぐと、すぐにそれも飲み干してしまう。
行儀の悪い飲み方だが、酔いたい気分なのだろうか。
「ティエリー……あの色を選んだのが、気に入らなかったのか?」
「そういうわけじゃない。ただ、予想外で驚いただけだ。あれほど雰囲気が似るとはな」
ティエリーの言葉に、ルシアンは納得した。
たしかに、薄紅の髪色に変わったエマは、彼女と雰囲気がよく似ている。
「オデット様が、恋しいのか?」
「いや。あいつは俺がいない間に羽を伸ばして、好き勝手にやってるだろうよ」
ルシアンがワインを注ぎ足すと、ティエリーはグラスを握りしめて面白く無さそうな顔をした。
(なるほど。思いがけず、妻と似た雰囲気のエマを見て、恋しくなったのか)
薄紅の髪色は、帝国においてモンルージュ公爵家の象徴とも言える。皇太子妃オデットは、モンルージュ公爵家の令嬢で、ティエリーとは幼い頃に婚約し、成人してすぐに結婚した。
政略結婚だった二人だが、そうとは思えぬほど仲睦まじい夫婦である。
「オデット様は優しい方ですから。あの子をオデット様の妹だと紹介しても、お怒りにはならないでしょう」
「あいつは面白いことが好きだからな。その手の芝居なら、率先してやるだろう」
ティエリーが楽しそうに頷く。
ルシアンも、オデットの性格をよく知っているので、今回の女装で「帝国の皇太子妃の妹」という役柄を当てることにしたのだ。それなら、ルシアンの婚約者としても立場が釣り合う。
街中でのデートを見せつければ、夜会で群がってくる令嬢も減るだろう。
(もっとも、エマに伝えれば萎縮するだろうから、内緒にしておこう)
ルシアンが贈ったネックレス一つで、感激していたくらいだ。恐れ多いと、手を伸ばすことためらうエマに、これ以上の負担は掛けられない。
「私は明日、あの子と出かけてくる」
「何だ。またデートか?」
「私が番を持つのを、協力してくれるんだろう?」
「それはするが……お前、開き直ると、図々しいな」
「君には言われたくない」
ルシアンは涼しい顔で、ワインを飲み干した。
+ + +
エマは昨日も早起きしたが、今朝も、まだ外が暗いうちに起こされた。
「エマ様。本日も王太子殿下の公務に同行しますから、早めに伺いましょう」
「うん」
今日も皇太子の希望で、軍馬の名産地へ視察に出かけるらしい。エマはルシアンの王都視察に同行する予定だ。もちろん、女装することになるので、昨日より早く天耀宮へ向かうことにした。
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