111 / 134
後日談1 噂話と謎の魔導具
5
しおりを挟む
ライオルは執務室のドアをバンと開け放って叫んだ。
「その魔導具から離れろ!」
中にいたカドレック班とコルクス班の面々は驚いて顔を上げた。彼らはまだ魔導具の調査をしている最中だった。
ライオルの言葉に、執務室にいた全員が魔導具の部品を置いて距離をとった。
「タールヴィ隊長、なにかあったんですか?」
コルクスが言った。ライオルは足早に室内に入り、ルイもあとに続いた。
「その魔導具は危険だ。お前らの手に負える代物じゃない。誰も中の液体には触れてないな?」
「はい。ルイとファスマーが出て行ってからあれには触らないようにしてました」
「そうか。最悪の事態は免れたな」
ルイはほっとして息をはいた。
「ルイ」
カドレックがやってきて、心配そうにルイに声をかけた。
「体は平気なのか? ファスマーはどうした?」
「俺は大丈夫です。ファスマーは魔導具の影響にやられて東棟の医務室で寝てます」
「えっ? お前は平気なのになんでファスマーが?」
「あの液体は浴びた人間ではなく、周囲の人間に影響を及ぼす魔導がかかっていたんです。だから俺自身はなんともなくて、そばにいたファスマーとたまたま居合わせた兵士二人が……あんなことに」
「あ、あんなことって?」
「……ちょっと言いたくないです」
ルイは口ごもってそのまま黙りこんだ。その様子を見たカドレックは、よほど恐ろしいことが起きたのだと察して息をのんだ。
「あっ、でももう効果は切れたので大丈夫です。俺のそばにいてもなにもならないので心配しないでください」
ルイは慌てて付け加えた。ライオルは魔導具のそばに片膝をつき、分解された中身を確認した。
そのとき、ばたばたと誰かが走ってくる足音がして、一人の男が執務室に飛びこんできた。
「あのお! さっき海馬車の積み荷から魔導具が押収されたって聞いたんですが!」
慌ただしくやってきたのは、襟章のついた黒いコートを羽織った王宮魔導師だった。急いで来たらしく長い金髪がぼさぼさで、ドアに片手をついて肩で息をしている。
「早かったな」
ライオルが立ち上がりながら言った。金髪の王宮魔導師は、ライオルの足元にある魔導具を見てあっと声をあげた。
「やっぱりか! すみません、それは俺が持ってこさせた新しい魔導具の試作品です」
「……え?」
「手違いで不審物と間違われてしまったみたいです。どうもお騒がせしました」
彼はがしがしと髪の毛をかいてライオルにぺこりと頭を下げた。ライオルは眉間に深いしわを寄せた。
「お前……なんの魔導具を作ってる? 魔導兵器を作ってたのか?」
「えっ? いやいや、違いますよ!」
「これはかなり危険な魔導具だぞ。危害を加えたい相手に浴びせて人に襲わせるためのものじゃないのか?」
「……あれ? もしかして誰か中の液体に触れちゃいました?」
「そいつの顔にかかった」
ライオルはルイを指さした。王宮魔導師はくるりと振り返り、ルイの顔をまじまじと見つめた。
「ほー」
王宮魔導師はじりじりとルイに近づいた。ルイは彼に凝視されてたじろいだ。まるで実験動物でも観察しているような無遠慮な視線だ。
「いつ顔にかかったんですか?」
「……少し前に。効果が切れるまで医務室にいて、さっき戻ってきた」
「なるほどなるほど」
王宮魔導師はルイに手を差し出した。
「俺は王宮魔導師のパウと言います。皆様の夜の生活を潤わせるためのさまざまな製品を作っています」
「へ、へえ」
ルイはおそるおそるパウと握手した。
「それで……その魔導具はなんなんだ?」
「これは人工フェロモン精製器です。薄めて香水に混ぜてシュッと一吹きするだけで、みんなメロメロになります」
「俺、そのままどばっとかかっちゃったんだけど」
「どばっと? どんな感じになりました?」
「廊下を歩いてたら近づく人全員に襲われた」
「原液を浴びたらそうなるでしょうねえ」
「でしょうねえ、じゃない! ライオルが助けに来なかったら大変なことになってたぞ!」
「ん? 王太子殿下はなんともなかったのですか?」
パウは首をかしげてライオルを見た。ライオルは腕組みをして言った。
「俺は魔導師だ。敵の魔導への耐性もつけてる」
「なんと! これの効果に抵抗できるなんてさすがですね。並みの精神力じゃない」
「まあな」
ルイは喉まで出かかった言葉をぐっとこらえた。
「これはアクトールに持ち帰らせていただきますね」
パウは散らばった魔導具の部品をひょいひょいと箱の中にしまっていった。隊員たちはパウの作業を手伝いながら、ちらちらとパウを見ていた。
「王宮魔導師どの、人工フェロモン入りの香水はそのうち製品化するんですか?」
一人の隊員が目を輝かせて言った。パウはにっこり笑ってうなずいた。
「もちろんですよ。安全な用法が確立したら売り出します」
隊員たちはおおっと歓声を上げた。
「その香水をつけたら俺でもモテモテになれますか!?」
「もちろんですよー。あなたくらいの顔面でも魅力的に見えるようになります」
「本当ですか! 嬉しい!」
「もちろん効果は時間とともに切れますがね。でも効果のあるうちに仲良くなって部屋に連れこめばこっちのもんですよ。そこで活躍するのが最近発売した新作の媚薬です。俺が原料の蔓植物から育てたとっておきです。これを使えばどんな相手もイチコロ」
パウはふところから人差し指ほどの細い小瓶を取り出した。中には小さな丸薬が一粒入っている。パウはそれをたかだかと掲げて皆に見えるようにした。隊員たちはだらしない顔でその薬を見上げた。
「すげー、王宮魔導師会製のやらしい薬だ!」
「欲しいー」
「欲しいなー」
「ご迷惑をおかけしたお詫びに、ここにいる皆様には特別価格で提供しましょう!」
「おおー!!」
ルイは目の下をひくりと引きつらせた。パウが掲げているのは、前にライオルが勝手にルイに使った媚薬に違いない。あれのおかげで次の日はベッドから起き上がれなかった。
ルイは思わず声をあげそうになったが、ぐっとこらえた。そんなことをしたら、恥ずかしいことがあったと隊の皆に教えることになってしまう。
「それお前の作品だったのか」
パウの掲げている薬を見たライオルが言った。その場の全員がライオルを見た。
「え! もしかして殿下も買ってくれたんですか!?」
「ああ。お前は才能があるな。すばらしい効き目だと思う」
「ありがとうございます!」
ライオルにほめられたパウは満面の笑みを浮かべた。その場の全員が、もの言いたげな視線をルイに向けた。ルイは真っ赤になってわなわなと震え始めた。
パウは驚喜して言った。
「王太子御用達と銘打って販売してもいいですか!?」
「いいわけあるかあ!」
とんでもないことを言いだしたパウに、ついにルイは爆発した。
「そんな不名誉なことがあるかあ! とんだ色狂いだと思われるだろうが!」
「す、すみません……じゃあ王太子の婚約者どのも太鼓判を押したって書くのはどうでしょう」
「は!? お前の感性どうなってんだ!? 変なもの作りすぎて頭おかしくなったんじゃないのか!?」
「やめろルイ、失礼だろ」
ライオルが言った。
「王宮魔導師は寝る間も惜しんで研究し、さまざまな魔導具を開発して海の国の暮らしを豊かにしてるんだぞ。その努力を否定するな」
「うるさい黙れ!」
ルイはライオルを怒鳴りつけた。仲間たちの前で恥ずかしい思いをさせられて頭が沸騰しそうだった。
「そもそもお前がそんなもの勝手に買ってくるのが悪いんだろうが!」
「そんなに怒るなよ。悪かったって」
隊員たちとパウは、言い合いをするルイとライオルを交互に見つめている。
「はっ、お前はいつも口先ばっかりでちっとも反省しないだろ! どうせまたやるに決まってる!」
「おい、自分のことを棚に上げて、俺だけ聞き分けがないみたいな言い方するなよ。お前だって俺の言うこと全然聞かないだろ」
「反省する気がないならもういい! またイオンに手紙を書いて報告するから!」
ルイが叫んだ。ライオルはぎょっとして目を見開いた。
「すぐ姉に言いつけるとか子供か!」
「ライオルにひどい目にあわされたって書いてやる!」
「やめろ馬鹿、俺が殺されてもいいのか!?」
言い争う二人を見て、コルクスがほっこりして言った。
「平和になってよかったなあ……」
カドレックは首をひねった。
「そうか? 新たな戦争が勃発しそうだけど、本当に平和かこれ?」
おわり
「その魔導具から離れろ!」
中にいたカドレック班とコルクス班の面々は驚いて顔を上げた。彼らはまだ魔導具の調査をしている最中だった。
ライオルの言葉に、執務室にいた全員が魔導具の部品を置いて距離をとった。
「タールヴィ隊長、なにかあったんですか?」
コルクスが言った。ライオルは足早に室内に入り、ルイもあとに続いた。
「その魔導具は危険だ。お前らの手に負える代物じゃない。誰も中の液体には触れてないな?」
「はい。ルイとファスマーが出て行ってからあれには触らないようにしてました」
「そうか。最悪の事態は免れたな」
ルイはほっとして息をはいた。
「ルイ」
カドレックがやってきて、心配そうにルイに声をかけた。
「体は平気なのか? ファスマーはどうした?」
「俺は大丈夫です。ファスマーは魔導具の影響にやられて東棟の医務室で寝てます」
「えっ? お前は平気なのになんでファスマーが?」
「あの液体は浴びた人間ではなく、周囲の人間に影響を及ぼす魔導がかかっていたんです。だから俺自身はなんともなくて、そばにいたファスマーとたまたま居合わせた兵士二人が……あんなことに」
「あ、あんなことって?」
「……ちょっと言いたくないです」
ルイは口ごもってそのまま黙りこんだ。その様子を見たカドレックは、よほど恐ろしいことが起きたのだと察して息をのんだ。
「あっ、でももう効果は切れたので大丈夫です。俺のそばにいてもなにもならないので心配しないでください」
ルイは慌てて付け加えた。ライオルは魔導具のそばに片膝をつき、分解された中身を確認した。
そのとき、ばたばたと誰かが走ってくる足音がして、一人の男が執務室に飛びこんできた。
「あのお! さっき海馬車の積み荷から魔導具が押収されたって聞いたんですが!」
慌ただしくやってきたのは、襟章のついた黒いコートを羽織った王宮魔導師だった。急いで来たらしく長い金髪がぼさぼさで、ドアに片手をついて肩で息をしている。
「早かったな」
ライオルが立ち上がりながら言った。金髪の王宮魔導師は、ライオルの足元にある魔導具を見てあっと声をあげた。
「やっぱりか! すみません、それは俺が持ってこさせた新しい魔導具の試作品です」
「……え?」
「手違いで不審物と間違われてしまったみたいです。どうもお騒がせしました」
彼はがしがしと髪の毛をかいてライオルにぺこりと頭を下げた。ライオルは眉間に深いしわを寄せた。
「お前……なんの魔導具を作ってる? 魔導兵器を作ってたのか?」
「えっ? いやいや、違いますよ!」
「これはかなり危険な魔導具だぞ。危害を加えたい相手に浴びせて人に襲わせるためのものじゃないのか?」
「……あれ? もしかして誰か中の液体に触れちゃいました?」
「そいつの顔にかかった」
ライオルはルイを指さした。王宮魔導師はくるりと振り返り、ルイの顔をまじまじと見つめた。
「ほー」
王宮魔導師はじりじりとルイに近づいた。ルイは彼に凝視されてたじろいだ。まるで実験動物でも観察しているような無遠慮な視線だ。
「いつ顔にかかったんですか?」
「……少し前に。効果が切れるまで医務室にいて、さっき戻ってきた」
「なるほどなるほど」
王宮魔導師はルイに手を差し出した。
「俺は王宮魔導師のパウと言います。皆様の夜の生活を潤わせるためのさまざまな製品を作っています」
「へ、へえ」
ルイはおそるおそるパウと握手した。
「それで……その魔導具はなんなんだ?」
「これは人工フェロモン精製器です。薄めて香水に混ぜてシュッと一吹きするだけで、みんなメロメロになります」
「俺、そのままどばっとかかっちゃったんだけど」
「どばっと? どんな感じになりました?」
「廊下を歩いてたら近づく人全員に襲われた」
「原液を浴びたらそうなるでしょうねえ」
「でしょうねえ、じゃない! ライオルが助けに来なかったら大変なことになってたぞ!」
「ん? 王太子殿下はなんともなかったのですか?」
パウは首をかしげてライオルを見た。ライオルは腕組みをして言った。
「俺は魔導師だ。敵の魔導への耐性もつけてる」
「なんと! これの効果に抵抗できるなんてさすがですね。並みの精神力じゃない」
「まあな」
ルイは喉まで出かかった言葉をぐっとこらえた。
「これはアクトールに持ち帰らせていただきますね」
パウは散らばった魔導具の部品をひょいひょいと箱の中にしまっていった。隊員たちはパウの作業を手伝いながら、ちらちらとパウを見ていた。
「王宮魔導師どの、人工フェロモン入りの香水はそのうち製品化するんですか?」
一人の隊員が目を輝かせて言った。パウはにっこり笑ってうなずいた。
「もちろんですよ。安全な用法が確立したら売り出します」
隊員たちはおおっと歓声を上げた。
「その香水をつけたら俺でもモテモテになれますか!?」
「もちろんですよー。あなたくらいの顔面でも魅力的に見えるようになります」
「本当ですか! 嬉しい!」
「もちろん効果は時間とともに切れますがね。でも効果のあるうちに仲良くなって部屋に連れこめばこっちのもんですよ。そこで活躍するのが最近発売した新作の媚薬です。俺が原料の蔓植物から育てたとっておきです。これを使えばどんな相手もイチコロ」
パウはふところから人差し指ほどの細い小瓶を取り出した。中には小さな丸薬が一粒入っている。パウはそれをたかだかと掲げて皆に見えるようにした。隊員たちはだらしない顔でその薬を見上げた。
「すげー、王宮魔導師会製のやらしい薬だ!」
「欲しいー」
「欲しいなー」
「ご迷惑をおかけしたお詫びに、ここにいる皆様には特別価格で提供しましょう!」
「おおー!!」
ルイは目の下をひくりと引きつらせた。パウが掲げているのは、前にライオルが勝手にルイに使った媚薬に違いない。あれのおかげで次の日はベッドから起き上がれなかった。
ルイは思わず声をあげそうになったが、ぐっとこらえた。そんなことをしたら、恥ずかしいことがあったと隊の皆に教えることになってしまう。
「それお前の作品だったのか」
パウの掲げている薬を見たライオルが言った。その場の全員がライオルを見た。
「え! もしかして殿下も買ってくれたんですか!?」
「ああ。お前は才能があるな。すばらしい効き目だと思う」
「ありがとうございます!」
ライオルにほめられたパウは満面の笑みを浮かべた。その場の全員が、もの言いたげな視線をルイに向けた。ルイは真っ赤になってわなわなと震え始めた。
パウは驚喜して言った。
「王太子御用達と銘打って販売してもいいですか!?」
「いいわけあるかあ!」
とんでもないことを言いだしたパウに、ついにルイは爆発した。
「そんな不名誉なことがあるかあ! とんだ色狂いだと思われるだろうが!」
「す、すみません……じゃあ王太子の婚約者どのも太鼓判を押したって書くのはどうでしょう」
「は!? お前の感性どうなってんだ!? 変なもの作りすぎて頭おかしくなったんじゃないのか!?」
「やめろルイ、失礼だろ」
ライオルが言った。
「王宮魔導師は寝る間も惜しんで研究し、さまざまな魔導具を開発して海の国の暮らしを豊かにしてるんだぞ。その努力を否定するな」
「うるさい黙れ!」
ルイはライオルを怒鳴りつけた。仲間たちの前で恥ずかしい思いをさせられて頭が沸騰しそうだった。
「そもそもお前がそんなもの勝手に買ってくるのが悪いんだろうが!」
「そんなに怒るなよ。悪かったって」
隊員たちとパウは、言い合いをするルイとライオルを交互に見つめている。
「はっ、お前はいつも口先ばっかりでちっとも反省しないだろ! どうせまたやるに決まってる!」
「おい、自分のことを棚に上げて、俺だけ聞き分けがないみたいな言い方するなよ。お前だって俺の言うこと全然聞かないだろ」
「反省する気がないならもういい! またイオンに手紙を書いて報告するから!」
ルイが叫んだ。ライオルはぎょっとして目を見開いた。
「すぐ姉に言いつけるとか子供か!」
「ライオルにひどい目にあわされたって書いてやる!」
「やめろ馬鹿、俺が殺されてもいいのか!?」
言い争う二人を見て、コルクスがほっこりして言った。
「平和になってよかったなあ……」
カドレックは首をひねった。
「そうか? 新たな戦争が勃発しそうだけど、本当に平和かこれ?」
おわり
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
402
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる