上 下
25 / 34
7章 決戦前夜のモブ幼女

7-3

しおりを挟む
その後、ヘイチェルさんにねだってジャガイモを蒸かした様な物にチーズをかけた食べ物と、いつもの固くて薄いパン、いろんな野菜が詰まったスープを皆より早めに作ってもらい、減った減ったと抗議してくるお腹を宥めたら、当たり前の様にやってきた眠気に負けて寝てしまった。
 誰が運んでくれたのかわからないけれど、目を開けてみると私は暖炉の前に転がって眠っていた。外はまだ暗い。木の板を嵌めた窓みたいな部分から見える空には、プラネタリウムよりも綺麗な星が散らばっている。
 私が天文オタクとかだったら、この世界の星はおかしい、星座が当てはまらないとか言うのかもしれないけど、私には夜空はただただ綺麗な宝石箱をひっくり返した空にしか見えない。
空気汚染とかが騒がれる前は、日本の八割で息を吞むくらいの星空が見えていたと聞いたことがあるけど、この世界の夜空もそれに負けず劣らず綺麗だ。今日はポボスとデイモスと言うこの世界特有の月明かりが無いせいで一層星が綺麗に見える。
「・・・ハル、か?・・」
 そんな空にうっとりしていたら、背後から声をかけられた。私には馴染みのない筈の声なんだけど、なぜか体はビクンとなって喜んでいるのが判る。
「お父さん?」
 実際にハルがアルナウト父を、なんて呼んでいたのかわからない。私は無難な、元の世界の父親に語りかけているように呼んでみた。
「どうして、痛っ、こんな所にいるんだい、ハル?」
 寝ているベットから起きようとして、顔をしかめるアルナウト父。暖炉の薄い光でもわかるくらいだから、まだ結構痛いんだろうな。ブクスフィの薬は効いたみたいだけど、ヘイチェルさんの話では完全回復にはまだ時間が掛かるみたいだし。
「えっとね、アーベ叔父さんが連れて来てくれたの、お父さんが怪我してるからって家まで迎えに来てくれたから・・・」
 半分は嘘だ。でも残りの半分は本当。アーベ叔父さんは家に来たし、見舞いの人が欲しいという話しもしていた。あそこで母親が断らなければ誰かがこうしてアルナウト父の傍に居た筈だ。
 本当は母親の許可もアーベ叔父の許可もないけど、そもそも娘が父親の怪我を心配して見舞いに行くのに、誰かの許可なんていらない筈。この世界では知らないけど、もし元の世界の私の父親が怪我して困っていたら私は見舞いに行くと思う、普段はあんまり仲良い父と娘じゃなかったけどね。
「そうか・・・面倒をかけるな、ハルが居てくれてよかったよ、もう少ししたら体も動かせるようになるから、そうしたら一緒に帰ろうな」
「う、うん、そうだね」
ついつい、あの家に住んでいる人の事を思い出して躊躇してしまう。あの人たちを家族って認識していいか迷う。これは私が異世界から来たからって事じゃなくて、向こうは私を本物のハルだと思っているくせに、容赦ない仕打ちだった。私自身憤ったし、中に居るはずのハルだってそうだと思う。アルナウト父には本物の父親じゃないのに、そんな気がするのに、ヒセラ姉とかシーム兄とかに家族の情はまったく浮かんでこない。
「俺がもう少ししっかりしていれば、ハルが悩んで答えることもなかったな、ハルに皺寄せが行くのを止められなかった、もっと裕福な家に生まれることができればもっと幸せにできたのにな・・・」
 ああ、そっか。やっぱりこのアルナウト父は気づいていたんだ。そりゃそうか、ほぼ初対面で良い人だとわかるくらいの人だ。ハルがないがしろにされていた事に気づいていないわけがない。でもそれでいて、ハルが心を閉ざして、体の外の世界とかかわりを持ちたくないと思える程になるまで救えなかったんだ。
理由はわからない。たぶんちょっとしか知らない私程度にはわからない、深い理由があったんだと思う。
もしかしたら、ハルも大人になって、自分が親になる年代くらいまで成長すればわかる事情もあるのかもしれない。
でもね。
「でもね、お父さん、ううん、アルナウトさん、それじゃあだめだったんだよ、今はもうハルは、ハルの魂は硬くて狭くて小さくなっちゃたんだよ・・・」
 別に私の正体を誰かに言ってはいけないとか約束した覚えはない。好んで言いふらしたいわけじゃないけど、なんとなく隠してもしょうがない気がしてきた。
それもこれも、昼にジローの腹毛で泣いたからかもしれない。ちょっとだけ心に余裕が出来たら。ハルの事が悲しいって思えたし、そんなハルに正直に気持ちを告げるアルナウト父も悲しいって思ったからなんだ。
「ハル?」
「今は少しだけ眠って体を治して、それからしっかり向き合って、そうしたらハルは帰ってくるかもしれないから」
 ハルは居なくなっても、消えても居ない。この体の片隅にしっかりと生きている。無意識に父であるアルナウトの無事を喜んでいる。そう、その筈だ。
「あ、ああ、判った、今は体を治すのが先決だな」
 横たわろうとするアルナウト父に手を伸ばして支えてあげる。ゆっくりと目を閉じてベッドに横たわるアルナウト父。
 これくらいしか私には出来ない。今度、ちゃんと体が治ったらキチンと話さなきゃね。それが私が体をハルに借りてる代償なんだから。
後は、そうだね、お腹一杯食べられるようにしてあげよう。
 アルナウト父はひと時もすると、静かな寝息をたてて眠り始めた。この小屋に来た時に見たような苦悶の表情ではなく、穏やかな顔をして。
私はそれを見てから、眠りすぎて寝れないので、夜空をもっとよく見ようと、外へと出た。
「少し寒いかも・・・」
 この世界に来る前、元の世界は初夏の陽気だったけど、こっちの世界はすでに秋の始まりって感じがする。四季がしっかりあるのか判らないけど、もしあるなら半年位は無駄にしたのかもしれない。修学旅行とか文化祭とか、割と楽しみにしていたなぁ。
修学旅行は小学生のときにも行った京都奈良に加えて大阪への3泊4日で、自由な班決めは当たり前の様に登美子と一緒の班だった。
クラスの中でよく騒いでいた坂口は別の班で、それ以外の男子は誰がどの班かも知らない。一緒の班になった男子を見て登美子が
「○○ってさ、あんたのこと好きなんじゃないの?だから一緒の班になりたくて来たのかも」
みたいな事を言っていたけど、私はなんとなく、それは登美子だろうと思っていた。
 登美子は目立つし、男子とも気さくに話すし、誰からも好かれるタイプだったから、大半の男子は彼女に気があったと思う。
でも、そんな事を言われた日の夜、眠りにつく前に、修学旅行で○○に告白される自分とか想像して悶絶してたなぁ~、く、黒歴史だ・・・。
「忘れよう、忘れよう、修学旅行は結局行ってないんだし」
 満点の星空の元、両手を天に伸ばして体をほぐす。
 ここ数日ずっと痛かった腕は、半日程度寝ていてもやっぱり痛かったけど、それでも嫌な痛みではなく、適度な筋肉の痛みだった。
 明日は頑張ろう、今日は半日サボったから、その分を取り返さなきゃね。
「うん?なんだ、もう起きたのか?」
 闇の中、星明りの向こうから、声がした。兎人のブレフトだ。彼とは会ったその日以来あまり喋っていない。そんな暇がなかったからだ。別に苦手だからとかじゃないよ。うん。
「ちょっと変な時間に寝ちゃってね、寝すぎて起きちゃった」
「そっか、道理で夕飯の時にいなかったわけだ、あの時間から寝ていたら確かに早起きにもなるよな、とはいえ夜明けまであと少しだけどな」
 私には真っ暗な空に星が広がる空にしか見えないけど、兎人なブレフトには種族的な特性で夜明けの気配がわかるのかも?時計って元の世界であんまり気にしてこなかったけど、無いと困るものだと初めて気づいた。なんのありがたみを感じることなく、ただ惰性で時間みていたもんな~私。
「それでブレフトはなんで?私みたいに寝過ぎってことはないよね」
「ああ、なんかな、日が落ちた頃から、首の後ろの毛がピリピリしてな、よく眠れねぇんだ、嫌な予感しかしやがらねぇ、前にもこんなのあったけど、そん時は川が氾濫して大石が釣り小屋にぶちあたって大変だったんだ」
「う~ん、それってなんかの予言とか?兎人が予知とか未来を感じることができる魔法を持っているとかって事?」
 元の世界でも、大地震が起きる前には兎とか犬猫が騒いだり、カラスが一斉にどこかに飛び立ったり、水槽の魚が暴れたりと、色々な事があったらしい。動物は人間が気づかない何かを受信して、危険から逃げようとしていたんだと、真実っぽく語る配信者いたな~。しかもそれは自身だけじゃなく、地球上の災厄の多くで見られる現象だそうだ。それなら二足歩行型兎人のブレフトが何かに感づいてもおかしくない。
「そんなんじゃねぇよ、俺には姉貴と違って才能なんか全然ないし、予知が何かも知らねぇしよ」
「でも、前の時は川が氾濫して、大石が転がってきて、釣り小屋を壊したんでしょ?それを他の人には言わなかったの?」
「姉貴にしか言ってねぇ、どうせ馬鹿にされるだけだしな」
 じゃあ、なんで私には言った?とい突っ込みたくなるけど、私の異種族が違うし、自分より下っ端に見えるし、一応女の子だから本気で馬鹿にはしてこないとか思ったのかな?どうせアルナウト父と村に帰ればそう簡単に会うこともなしとかもあるか・・・。
「お姉さん・・・、ヘイチェルさんはなんて?」
「このことは集落の皆には言うなって、どうせ馬鹿にされるか、まかり間違って本気にされたら、川を氾濫させた犯人扱いされるかもしれないって」
「ふぅむ・・・」
あの聡明そうなヘイチェルさんがブレフトにそう言い聞かせたんだから、ヘイチェルさん的にはブレフトのこの嫌な予感は信じる事に入った。姉弟の関係を考慮しても、可能性のひとつとしては、あるかもしれない。
今、私たちが怖いのは何だろう?
決まっている、ウイルズ・アインの突進だ。彼らがブクスフィの作る森の防衛線を突破して、このアーべ砦に殺到して、傷を癒しているブクスフィ共々、私たちを襲う事だ。
ジローは空中を飛べるから逃げれるだろうけど、私は無理だし、まだ怪我が完治していないアルナウト父は絶対に逃げられない。
「嫌な予感ってだけでどうにか出来るか判らないけど、予感があるのに無視して、明日の朝には蹂躙されてるとか嫌だし、ねぇ、ジロー聞いてるでしょ?」
空中に、いつものポンっと言う音を発生させてジローが現れる。いつもは何も持たずに現れるのに、今回は短い、先端に紫色の宝石をあしらえた杖をもち、頭の上には小さな黒いとんがり帽子を装備している。
「聞いているさハルカゼ、我も嫌な予感はしていた、ブクスフィ達の怪我の量と、怪我したブクスフィ自体の数の異常から、そろそろかも知れぬとは思っていた」
「なっ!気づいていたのっ!そしたら何で言ってくれないのよ~」
「こむす、っと、ハルカゼは気持ちよく寝ていたのでな、我が思い当たったのもつい数時間前の事ぞ、すでに地霊を介して周辺には伝令を出してある、おっつけ朝焼けの頃には参じる者達が参るであろうよ、だがそやつ等用の武器が出来ておらぬ、ハルカゼ、寝ていた分を取り返してもらうぞ?」
「え~そうくるか~」
 がっくりしていても始まらない。私はまたまたジロー監修の元、ちょっとだけ私改変の武器を枯れ木がら作る作業に追われる事になった。
ブレフトはジローからヘイチェルを起こして、ヘイチェルから皆に話をさせ、すぐに行動するように伝えろと命令され、すぐに走り去った。ノックも無しにヘイチェルさんが仮眠している小屋に入ったものだから、悲鳴とかドゴッと言う、結構痛そうな音が響いたのは聞かなかった事にしとこっと。

しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...