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8章アーベ砦の戦い、モブ幼女大活躍・・・しません。
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アーベ叔父が暴れて倒れた次の日は何も起きなかった。私は狩小屋に引きこもり、心配そうに会いに来てくれたユルヘンにもぼんやりとした対応しかせずに、一日中ぼにゃりとして過ごした。ここに来て今までの疲れが表に出てきたのか、体がだるくて微熱が出ているような気もする・・・。
アーベ叔父を見てくれているヘイチェルさんも一回来てくれたけど、よく寝ておくようにと言いおいてすぐに戻っていった。アルナウト父は私が寝ている間に一回起きたみたいで、順調に回復しているみたい。
変化は次の日に訪れた。
「あ、やばい、これ・・・駄目だ」
起きた瞬間に、体の異常が判った。額が熱く、水を求めて立ち上がろうとしたらうまく体が動かなくて立ち上がることが出来ない。
完全に病気だ。一回だけインフルエンザになったことがあるけど、それと同じくらいにクラクラしてフラフラする。体の表面のほうは寒気があるのに、額と体の奥のほうに熱い何かがいる感じだ。
「ハルちゃんっ、大丈夫!」
「ヘイチェルさん、ちょっと無理かもです・・・」
「今日から何人も同じように倒れちゃって、治癒術士の先生なんてこんなところにはいないし、もうどうしたら」
ヘイチェルさんはすばやく、私を抱き上げると、小屋の外に連れ出し、いつ作ったのか知らないけれど、小屋の横にある、屋根だけの建物を指差した。そこには薄い布をかけられて何人もが寝かされている。
これはパンデミックって奴かな?自由研究でやったことある。未知のウイルスに感染するって話。対策は隔離と清潔さの確保だった様な・・・。頭がぼんやりしていてうまく考えられないけど、もし本当に感染症のパンデミックとかだったら、アーベ砦全体がまずいことになる。
「ヘイチェルさん、これって感染病だと、思う」
「感染病?何それ、ハルちゃんこれが何か知ってるの?」
詳しくは知らない。自由研究でネットみながら書き写した程度の知識しかない。けど、ヘイチェルさんの口ぶりだと、この世界で感染病は珍しいみたい。放置していたらクラスターとかで砦にいる生き物が全部病気になっちゃう。
「病気の一種、で、あってると思う、お湯が大事、とにかく清潔にして、体の中にいる菌が他の人にうつらないようにしないと・・・」
うろ覚えの知識を言ってみる。それでなんとかなるか判らないけど、判るだけの事は言わなきゃ。
「そうだ、ジローは?ジローはいる?」
「我はここだぞハルカゼ」
いつものように、空中でポンッという音がしたかと思うと、ジローが現れる。顔が少し眠そうに見える。
「ジロー、この前のお風呂の奴、少し調整って出来るの?体の中の毒素を抜くみたいなことは」
「調整が簡単ではないが、やってしまえば出来ない事はない」
「そう、良かった、すぐにちょっとでいいからお願いします・・・」
何か質問されるかと思ったけれど、ジローは無言でこの前みたいにむにゅにゃにゃと何かを唱え始め、空中に水の球体を作り出した。大きさは手のひらサイズだ。
「つくったぞ、これをどうすると言うんだ?」
「こうするのっ、えいっ」
ヘイチェルさんに抱かれたままの状態で、私は手を伸ばし球体を包み込むと、それを一気に口から流し込んだ。冷たい水の感触がのどを通り、全身へと染み渡っていくのが判る。それにつれて熱の元も移動していく。
「ちょっ、まずい、ごめんなさい、ヘイチェルさん、トイレ!」
突然言われたヘイチェルさんは咄嗟に反応できず動かない。下腹部にガンガンと要求が伝えられてくる。まずいまずい。この歳でお漏らしなんて。しかもジロー見てる前でなんて、死ねる。
「なにがなんだか判らんが、とにかく忙しいことだわ」
ジローがまた何かを唱えると、私の体が空中を高速で移動し始めて、砦の端に作られた簡易トイレに飛ばされる。
ふぅ~間に合った。乙女の尊厳も守れたよね。
出すものを出して。落ち着いたら急に体が軽くなった。やっぱり病気の元がジローの水から逃げるように、体の外に出て行ったということかな。げに恐ろしきは魔法って事。これをうまく使えれば
「ジロー!ジロー!」
「あ~はいはい、我の扱いが酷くないかハルカゼよ、呼べば出てくるどっかのお助け魔人ではないのだぞ、王族を捕まえてその様に気安く呼びつけるとは」
「ごめんジロー、でも急ぐの、さっきの水っていっぱい作れるかな?」
「一杯だと!?どういう事だハルカゼ」
私は自分が体感したことを元に、推論を話して聞かせる。ジローの水を病気の人に飲ませれば、水の魔法の効果で悪い感染病の元の菌が体の外に流れていく。そうなれば私みたいにすぐに治るという話を。
「出来ぬことではないが、代償は払ってもらうぞ、貸しだハルカゼ」
「私にはろくに説明もせずに鍬を振らせた癖に、けっちいなぁ~ジロー」
「なっ、我がケチだと!聞き捨てならぬ、王族である我は放蕩とか、傲慢と呼ばれる事はあっても吝嗇と呼ばれた事はないぞ、これは妖精と人との契約だ、無償で力を貸すのもここまでだ、代償は必要だ、何でも良いぞ」
う~ん、言ってる事は間違ってないみたいなんだけど、でも代償って言ったって私に出せるものなんか無い。ケットシーの王族が求める物も知らないし。
「ジローは何かほしい物があるの?」
「ふむ、我は来るべき猫の王を選抜する席にて、後援者を多数欲している、それは人であれ妖精であれ、多ければ多いほど良い、ハルカゼが来るべき日にその身を差し出すのであれば、全面的な支援を約束しよう」
「その身を差し出すって、なんか変な意味に聞こえるんだけど・・・」
「馬鹿なっ!我はケットシーの王族ぞ、ハルカゼがさる王国の姫でもない限り、その様な意味ではないわっ」
へ~、さるどこかの姫様ならケットシーと人間って種族の違いは別にいいんだ。他種族間結婚って前の世界にはなかったけど、ファンタジーなこの世界ならあるのかも?ハーフエルフとか聞いたことあるし。
「ならいいよ、うん、そうなった時には手伝う、だから手を貸してジロー」
「了解した、ならばすぐに始めるとしようか」
ジローと一緒にヘイチェルさんと合流して、早速治療開始。ジローが作り出す水魔法を私とヘイチェルさんでせっせと倒れている人たちの口に注いで回る。また周囲にいる屈強そうな動物とか、兎人とかにお願いしてバケツリレーの様な状態でトイレまでの列も作る。大人になってお漏らしはやっぱ本人的に嫌だろうし、垂れ流されたら、その中に含まれる感染病菌がまた悪さをするかもしれない。
病人が全員治ったら、トイレ自体もどうするか考えておかなきゃ。
そんな治療作業であたふたしていると、今度は砦の外で騒ぎが起こっていた。
ドォォン、ドォォンと砦の周囲の大地から栄養を得ていたブクスフィ達が、自らの枝を高速で撃ちだし始めたのだ。
「来たぞ~」
見張りをしていたブレフトが声を上げて、木の板をバンバンと木槌で叩いている。緊急事態を告げる音だ。
治ったばかりの兎人たちがバラバラと動き始める。トイレへのバケツリレーに参加していた大型の動物も持ち場へと急ぐ。私はどうして言いか判らず、とにかく邪魔にならないように狩小屋の壁を背にして、砦の周囲を見る。
仮小屋は砦の中心なので、周囲から一番安全なはずだし、忙しく動くみんなの邪魔にならないと思う。
仮小屋から見るとブクスフィの木の内側に厚みのある木壁があり、その内側に長屋みたいなものと、さっきの屋根だけの医療場が作られている。それ以外には兎人十数名と熊さんみたいな動物、トラみたいな動物、私の半分くらいの大きさのネズミたちが槍も持って並んでいる。
本当に、動物大行進だ。先頭にジローが浮いていて、すぐ後ろに病が治ったアーべ叔父さんが立っている。ブクスフィの遠距離攻撃が終わったら相手に突撃するのかもしれない。
不意に音が変わった。
さっきまではブクスフィが自らの枝を撃ちだす音が聞こえてきたが、その音が止み、いまは土が掘り起こされる音と、遠くからドドドと何かが走る音に変わった。
見ると今までは動かなかったブクスフィ達がゆっくりと動き始めている。
「こっからじゃよく見ないな~」
私は狩小屋の脇に周り、木の枝が見えたのでそれに彫刻のナイフを使い、梯子を作って屋根に立てかけて上る。さっきより視界は広がり、木壁の向こうが少しだけ見え、森の緑の中に黒い点が近づいてくる。
黒い点はどんどんと数が増え、点は波に変わり、ブクスフィで作られた防波堤がと衝突する。
バキバキバキっ
雷鳴の様な木が削られ、砕かれる音。
ブクスフィの防波堤は、黒い波を押し返す。けれどブクスフィとブクスフィの間の隙間を通って数個の黒い点がこちら側に走ってくる。
ひゅん、とそれをアーベ叔父が放った矢が仕留める。だが抜けてきた黒い点は一つじゃない。数は少しずつ増えてくる。
「やれっ!」
ジローの合図で熊さんたちが大きな木製武器を前に出す。形はクロスボウのお化けみたいな物。一本の矢だけじゃなくて、五~六本の矢が準備されているのが見える。それが五個並んで、熊さんだけじゃなく、馬さんや大柄なスヒァーに運ばれている。
「狙う必要はないぞ、近づいてきたら一気に放てっ」
ジローの声で、一気に三十本近い矢が放たれ、黒い点を打ち倒す。打ちもらした黒い点はアーベ叔父が弓で仕留めている。
「敵は方向を変えたぞ!」
クロスボウのお化けとアーベ叔父の攻撃で、勢いを削がれた黒い点たちは正面からの突破が困難だと見て、左右に広がっていく。
「大丈夫だ、あっちには罠がある」
アーベ叔父が叫ぶ。見てみると確かに左右に散った黒い点は、落とし穴のような物に落ちたり、縄で片足を宙吊りにされたりして木壁まで近づけていない。
時間的には一時間もたっていないだろう頃に、黒い点も黒い波も引いていって、残ったのは踏み荒らされた大地と、削られた木々と、罠にはまって動けなくなった黒い点達、ウイルズ・アインの姿だけになった。つかまったウイルズ・アインの数は数十匹になるだろう。
「終わった、のかな・・・」
屋根の上からじっと見ていた私は、いつの間にか握り締めていたこぶしを開き、深呼吸をした。息をのむシーンの連続で呼吸が苦しかった。
戦いって物を初めて見た。格闘技の動画とかもあったけど、痛いのが嫌な私は極力見ないようにしてきたから、生き物同士が争うのは見たことがなかった。
すごかった。怖いと思った。目の前で実際に戦ったアーベ叔父や、動物たちから比べたら全然ヘタレなんだろうけど、それでも怖かった。
あの黒い点の一つでも、木壁を破ってきたらと思うと鳥肌が立つ。いくら力持ちのヘイチェルさんでも、突進に吹き飛ばされるだろうし、その半分しか重さのない私なんか簡単に空中に放り投げられるか、角で串刺しになっちゃう。
目線の先ではアーベ叔父と動物達が木壁の内側に戻ってくるのが見える。
防波堤になっていたブクスフィさん達も動きは鈍いが戻ってくる。
「あ、これって」
私の仕事が始まるって事かな?傷ついたブクスフィさん達を癒す豊饒の大地が必要になるだろう。
狩小屋の壁に立てかけてあった鍬を手に取ると、トテテと木壁の向こうに走る。すると何処にいたのか、ユルヘンとブレフトがついてくる。
「大丈夫だったのユルヘン、ブレフト?」
「ああ、俺なんか弓使って相手を追い返したんだぜ!」
「ぼっ僕は、罠を使って足止めしたんだよ、ハルこそ大丈夫だったの?」
「うん、私は大丈夫、屋根の上で見ていただけだから、それよりブクスフィさんが帰ってくるから急いで土を耕さないとだから」
「おう、そうだな、じゃあ俺が護衛してやるよ、危ないからな」
「僕だって、ハルを守るよ!」
戻ってくる兎人さんたちと動物達を避けながら、私たちはアーベ砦の外縁部に到着し、そこで早速妖精の鍬を振る。ユルヘンとブレフトは私の周りで奥を見ながら警戒してくれる。ちらりと見ると、ユルヘンはへっぴり腰だし、ブレフトは耳がユラユラと揺れて、何が音がするたびにプイッとそっちを向いている。
二人とも、緊張しているのに、護衛してくれるとか、男の子だなぁ。ありがとう。
「すばやいなハルカゼ、自分の役目がわかってるのは偉い」
ジローが来て、尻尾の先で肩をポンポンとする。
「これ、たぶん、セクハラ・・・」
これも動画の知識だ。肩をたたくだけでセクシャルハラスメント、性差別と言うのはイマイチ私には意味がわからないけど、大人ってのはそんな事を言う物らしい。
「セクハラ?何かの魔物の名前か?訳のわからん事を言うなハルカゼ、それよりもブクスフィ達は今回大層傷ついた、ハルカゼの出番だな」
やっぱりだよねぇ~。想像通り・・・。ウイルズ・アインと直接殴りあいをしたブクスフィさん達を癒すのは大事だし、私にできることはこれくらいしかないから頑張るけどね。偉そうに命令口調で言われるのはなんかヤダ。
「ちょっと、静かにっ、何か来るっ」
耳がピッと一つの方向を向いて、真剣な表情のブレフト。私の耳にはなにも聞こえないけど、兎人に聞こえる音があるんだろう。
「なに?」
「わからない、でもそんなに大きな音じゃない、くるぞっ」
ブレフトの耳が見ている先を見る。最初はわからなかったけど、背の高い草が揺れているのが判る。集中してみているとガサッと音も聞こえてきた。
ガサガサガサっ
草を掻き分ける音が大きく聞こえたかと思うと、何か黒い物が飛び出してきた。
アーベ叔父を見てくれているヘイチェルさんも一回来てくれたけど、よく寝ておくようにと言いおいてすぐに戻っていった。アルナウト父は私が寝ている間に一回起きたみたいで、順調に回復しているみたい。
変化は次の日に訪れた。
「あ、やばい、これ・・・駄目だ」
起きた瞬間に、体の異常が判った。額が熱く、水を求めて立ち上がろうとしたらうまく体が動かなくて立ち上がることが出来ない。
完全に病気だ。一回だけインフルエンザになったことがあるけど、それと同じくらいにクラクラしてフラフラする。体の表面のほうは寒気があるのに、額と体の奥のほうに熱い何かがいる感じだ。
「ハルちゃんっ、大丈夫!」
「ヘイチェルさん、ちょっと無理かもです・・・」
「今日から何人も同じように倒れちゃって、治癒術士の先生なんてこんなところにはいないし、もうどうしたら」
ヘイチェルさんはすばやく、私を抱き上げると、小屋の外に連れ出し、いつ作ったのか知らないけれど、小屋の横にある、屋根だけの建物を指差した。そこには薄い布をかけられて何人もが寝かされている。
これはパンデミックって奴かな?自由研究でやったことある。未知のウイルスに感染するって話。対策は隔離と清潔さの確保だった様な・・・。頭がぼんやりしていてうまく考えられないけど、もし本当に感染症のパンデミックとかだったら、アーベ砦全体がまずいことになる。
「ヘイチェルさん、これって感染病だと、思う」
「感染病?何それ、ハルちゃんこれが何か知ってるの?」
詳しくは知らない。自由研究でネットみながら書き写した程度の知識しかない。けど、ヘイチェルさんの口ぶりだと、この世界で感染病は珍しいみたい。放置していたらクラスターとかで砦にいる生き物が全部病気になっちゃう。
「病気の一種、で、あってると思う、お湯が大事、とにかく清潔にして、体の中にいる菌が他の人にうつらないようにしないと・・・」
うろ覚えの知識を言ってみる。それでなんとかなるか判らないけど、判るだけの事は言わなきゃ。
「そうだ、ジローは?ジローはいる?」
「我はここだぞハルカゼ」
いつものように、空中でポンッという音がしたかと思うと、ジローが現れる。顔が少し眠そうに見える。
「ジロー、この前のお風呂の奴、少し調整って出来るの?体の中の毒素を抜くみたいなことは」
「調整が簡単ではないが、やってしまえば出来ない事はない」
「そう、良かった、すぐにちょっとでいいからお願いします・・・」
何か質問されるかと思ったけれど、ジローは無言でこの前みたいにむにゅにゃにゃと何かを唱え始め、空中に水の球体を作り出した。大きさは手のひらサイズだ。
「つくったぞ、これをどうすると言うんだ?」
「こうするのっ、えいっ」
ヘイチェルさんに抱かれたままの状態で、私は手を伸ばし球体を包み込むと、それを一気に口から流し込んだ。冷たい水の感触がのどを通り、全身へと染み渡っていくのが判る。それにつれて熱の元も移動していく。
「ちょっ、まずい、ごめんなさい、ヘイチェルさん、トイレ!」
突然言われたヘイチェルさんは咄嗟に反応できず動かない。下腹部にガンガンと要求が伝えられてくる。まずいまずい。この歳でお漏らしなんて。しかもジロー見てる前でなんて、死ねる。
「なにがなんだか判らんが、とにかく忙しいことだわ」
ジローがまた何かを唱えると、私の体が空中を高速で移動し始めて、砦の端に作られた簡易トイレに飛ばされる。
ふぅ~間に合った。乙女の尊厳も守れたよね。
出すものを出して。落ち着いたら急に体が軽くなった。やっぱり病気の元がジローの水から逃げるように、体の外に出て行ったということかな。げに恐ろしきは魔法って事。これをうまく使えれば
「ジロー!ジロー!」
「あ~はいはい、我の扱いが酷くないかハルカゼよ、呼べば出てくるどっかのお助け魔人ではないのだぞ、王族を捕まえてその様に気安く呼びつけるとは」
「ごめんジロー、でも急ぐの、さっきの水っていっぱい作れるかな?」
「一杯だと!?どういう事だハルカゼ」
私は自分が体感したことを元に、推論を話して聞かせる。ジローの水を病気の人に飲ませれば、水の魔法の効果で悪い感染病の元の菌が体の外に流れていく。そうなれば私みたいにすぐに治るという話を。
「出来ぬことではないが、代償は払ってもらうぞ、貸しだハルカゼ」
「私にはろくに説明もせずに鍬を振らせた癖に、けっちいなぁ~ジロー」
「なっ、我がケチだと!聞き捨てならぬ、王族である我は放蕩とか、傲慢と呼ばれる事はあっても吝嗇と呼ばれた事はないぞ、これは妖精と人との契約だ、無償で力を貸すのもここまでだ、代償は必要だ、何でも良いぞ」
う~ん、言ってる事は間違ってないみたいなんだけど、でも代償って言ったって私に出せるものなんか無い。ケットシーの王族が求める物も知らないし。
「ジローは何かほしい物があるの?」
「ふむ、我は来るべき猫の王を選抜する席にて、後援者を多数欲している、それは人であれ妖精であれ、多ければ多いほど良い、ハルカゼが来るべき日にその身を差し出すのであれば、全面的な支援を約束しよう」
「その身を差し出すって、なんか変な意味に聞こえるんだけど・・・」
「馬鹿なっ!我はケットシーの王族ぞ、ハルカゼがさる王国の姫でもない限り、その様な意味ではないわっ」
へ~、さるどこかの姫様ならケットシーと人間って種族の違いは別にいいんだ。他種族間結婚って前の世界にはなかったけど、ファンタジーなこの世界ならあるのかも?ハーフエルフとか聞いたことあるし。
「ならいいよ、うん、そうなった時には手伝う、だから手を貸してジロー」
「了解した、ならばすぐに始めるとしようか」
ジローと一緒にヘイチェルさんと合流して、早速治療開始。ジローが作り出す水魔法を私とヘイチェルさんでせっせと倒れている人たちの口に注いで回る。また周囲にいる屈強そうな動物とか、兎人とかにお願いしてバケツリレーの様な状態でトイレまでの列も作る。大人になってお漏らしはやっぱ本人的に嫌だろうし、垂れ流されたら、その中に含まれる感染病菌がまた悪さをするかもしれない。
病人が全員治ったら、トイレ自体もどうするか考えておかなきゃ。
そんな治療作業であたふたしていると、今度は砦の外で騒ぎが起こっていた。
ドォォン、ドォォンと砦の周囲の大地から栄養を得ていたブクスフィ達が、自らの枝を高速で撃ちだし始めたのだ。
「来たぞ~」
見張りをしていたブレフトが声を上げて、木の板をバンバンと木槌で叩いている。緊急事態を告げる音だ。
治ったばかりの兎人たちがバラバラと動き始める。トイレへのバケツリレーに参加していた大型の動物も持ち場へと急ぐ。私はどうして言いか判らず、とにかく邪魔にならないように狩小屋の壁を背にして、砦の周囲を見る。
仮小屋は砦の中心なので、周囲から一番安全なはずだし、忙しく動くみんなの邪魔にならないと思う。
仮小屋から見るとブクスフィの木の内側に厚みのある木壁があり、その内側に長屋みたいなものと、さっきの屋根だけの医療場が作られている。それ以外には兎人十数名と熊さんみたいな動物、トラみたいな動物、私の半分くらいの大きさのネズミたちが槍も持って並んでいる。
本当に、動物大行進だ。先頭にジローが浮いていて、すぐ後ろに病が治ったアーべ叔父さんが立っている。ブクスフィの遠距離攻撃が終わったら相手に突撃するのかもしれない。
不意に音が変わった。
さっきまではブクスフィが自らの枝を撃ちだす音が聞こえてきたが、その音が止み、いまは土が掘り起こされる音と、遠くからドドドと何かが走る音に変わった。
見ると今までは動かなかったブクスフィ達がゆっくりと動き始めている。
「こっからじゃよく見ないな~」
私は狩小屋の脇に周り、木の枝が見えたのでそれに彫刻のナイフを使い、梯子を作って屋根に立てかけて上る。さっきより視界は広がり、木壁の向こうが少しだけ見え、森の緑の中に黒い点が近づいてくる。
黒い点はどんどんと数が増え、点は波に変わり、ブクスフィで作られた防波堤がと衝突する。
バキバキバキっ
雷鳴の様な木が削られ、砕かれる音。
ブクスフィの防波堤は、黒い波を押し返す。けれどブクスフィとブクスフィの間の隙間を通って数個の黒い点がこちら側に走ってくる。
ひゅん、とそれをアーベ叔父が放った矢が仕留める。だが抜けてきた黒い点は一つじゃない。数は少しずつ増えてくる。
「やれっ!」
ジローの合図で熊さんたちが大きな木製武器を前に出す。形はクロスボウのお化けみたいな物。一本の矢だけじゃなくて、五~六本の矢が準備されているのが見える。それが五個並んで、熊さんだけじゃなく、馬さんや大柄なスヒァーに運ばれている。
「狙う必要はないぞ、近づいてきたら一気に放てっ」
ジローの声で、一気に三十本近い矢が放たれ、黒い点を打ち倒す。打ちもらした黒い点はアーベ叔父が弓で仕留めている。
「敵は方向を変えたぞ!」
クロスボウのお化けとアーベ叔父の攻撃で、勢いを削がれた黒い点たちは正面からの突破が困難だと見て、左右に広がっていく。
「大丈夫だ、あっちには罠がある」
アーベ叔父が叫ぶ。見てみると確かに左右に散った黒い点は、落とし穴のような物に落ちたり、縄で片足を宙吊りにされたりして木壁まで近づけていない。
時間的には一時間もたっていないだろう頃に、黒い点も黒い波も引いていって、残ったのは踏み荒らされた大地と、削られた木々と、罠にはまって動けなくなった黒い点達、ウイルズ・アインの姿だけになった。つかまったウイルズ・アインの数は数十匹になるだろう。
「終わった、のかな・・・」
屋根の上からじっと見ていた私は、いつの間にか握り締めていたこぶしを開き、深呼吸をした。息をのむシーンの連続で呼吸が苦しかった。
戦いって物を初めて見た。格闘技の動画とかもあったけど、痛いのが嫌な私は極力見ないようにしてきたから、生き物同士が争うのは見たことがなかった。
すごかった。怖いと思った。目の前で実際に戦ったアーベ叔父や、動物たちから比べたら全然ヘタレなんだろうけど、それでも怖かった。
あの黒い点の一つでも、木壁を破ってきたらと思うと鳥肌が立つ。いくら力持ちのヘイチェルさんでも、突進に吹き飛ばされるだろうし、その半分しか重さのない私なんか簡単に空中に放り投げられるか、角で串刺しになっちゃう。
目線の先ではアーベ叔父と動物達が木壁の内側に戻ってくるのが見える。
防波堤になっていたブクスフィさん達も動きは鈍いが戻ってくる。
「あ、これって」
私の仕事が始まるって事かな?傷ついたブクスフィさん達を癒す豊饒の大地が必要になるだろう。
狩小屋の壁に立てかけてあった鍬を手に取ると、トテテと木壁の向こうに走る。すると何処にいたのか、ユルヘンとブレフトがついてくる。
「大丈夫だったのユルヘン、ブレフト?」
「ああ、俺なんか弓使って相手を追い返したんだぜ!」
「ぼっ僕は、罠を使って足止めしたんだよ、ハルこそ大丈夫だったの?」
「うん、私は大丈夫、屋根の上で見ていただけだから、それよりブクスフィさんが帰ってくるから急いで土を耕さないとだから」
「おう、そうだな、じゃあ俺が護衛してやるよ、危ないからな」
「僕だって、ハルを守るよ!」
戻ってくる兎人さんたちと動物達を避けながら、私たちはアーベ砦の外縁部に到着し、そこで早速妖精の鍬を振る。ユルヘンとブレフトは私の周りで奥を見ながら警戒してくれる。ちらりと見ると、ユルヘンはへっぴり腰だし、ブレフトは耳がユラユラと揺れて、何が音がするたびにプイッとそっちを向いている。
二人とも、緊張しているのに、護衛してくれるとか、男の子だなぁ。ありがとう。
「すばやいなハルカゼ、自分の役目がわかってるのは偉い」
ジローが来て、尻尾の先で肩をポンポンとする。
「これ、たぶん、セクハラ・・・」
これも動画の知識だ。肩をたたくだけでセクシャルハラスメント、性差別と言うのはイマイチ私には意味がわからないけど、大人ってのはそんな事を言う物らしい。
「セクハラ?何かの魔物の名前か?訳のわからん事を言うなハルカゼ、それよりもブクスフィ達は今回大層傷ついた、ハルカゼの出番だな」
やっぱりだよねぇ~。想像通り・・・。ウイルズ・アインと直接殴りあいをしたブクスフィさん達を癒すのは大事だし、私にできることはこれくらいしかないから頑張るけどね。偉そうに命令口調で言われるのはなんかヤダ。
「ちょっと、静かにっ、何か来るっ」
耳がピッと一つの方向を向いて、真剣な表情のブレフト。私の耳にはなにも聞こえないけど、兎人に聞こえる音があるんだろう。
「なに?」
「わからない、でもそんなに大きな音じゃない、くるぞっ」
ブレフトの耳が見ている先を見る。最初はわからなかったけど、背の高い草が揺れているのが判る。集中してみているとガサッと音も聞こえてきた。
ガサガサガサっ
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最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
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