三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

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アフター・アフター・レイン・トーク

アフター・アフター・レイン・トーク<CLXXII>

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(……少し眠くなってきちゃった。まだお昼過ぎたくらいだと思うんだけど…………。昨日あんまり寝られなかったからかな……?)

 はじめてのお姫様抱っこは、ひと言で言えば想像していたものとは180度違っていた。

 緊張してしまって感想らしい感想も抱けないのではないかと危惧していたけれど、彼に抱えられていると安らいだ。

寝不足それもありそうだけど、それだけじゃないかも。このちょうどいい揺れ方、なにかに似てる…………。電車とかバスとかかな……?)

 わたしには幼い頃から多忙な両親に乗用車に乗せられて出掛けた記憶はほとんどなく、昔から最も身近な交通手段といえば、電車やバスといった公共交通機関だった。

(たぶんそうだ…………。電車やバスならいつも乗ってるはずなのに、なんだかすごく久しぶりに思うのは、ひとりで乗ることがなくなったからかなぁ。前はひとりが当たり前だったし、学校にいるのとはちょっと違う『みんなのなかにいるけど、ひとりで過ごしてる』感覚も結構好きだったけど、いまひとりで乗ったら、寂しくなっちゃうだろうなぁ……)

 流れていく景色や歩道の人々をぼーっと眺めながらうとうとする時間はまさしく至福だったけれど、そういえば彼と付き合ってからは乗車中も彼ばかり見て、彼の声だけしか耳に入っていなかった。

「…………眠くなっちゃった?♡♡」

 そんなことを考えていると、柔らかな吐息に頬を擽られた。

「……少し♡ ごめんね? 下ろしてもらったら、眠気も飛んでいくと思うんだけど……」

 思考を割って入ってきた声にゆっくり目を開ける。――――そのときはじめて、自分が瞼を閉じていたことに気が付いた。

 最初はその声がわたしの想像上のものか現実の彼が発したものか判断できなかったけれど、頬を撫でていった吐息に加え、彼の声にバスルームで話しているときのようなエコーがかかっていなかったことから、現実の彼が声を掛けてきてくれているのだとわかった。

 わたしの想像や妄想に登場する彼は、見えないフィルターの向こう側から語りかけてくるようにエコーのかかった声で話すのだ。

「なんで謝るの♡ なんにも悪いことしてないのに♡ そのくらい安心してもらえてるってことでしょ?♡♡ むしろありがとうって感じだよ♡♡ ……無防備すぎて、『男の前でそんなに気抜いちゃっていいの?』って、逆に心配にもなるけどね♡ いまのきみ、完全に据え膳だからさ♡♡」

 だが、先ほどから耳に直接届けられているのは、少し遠い場所から語りかけるような特徴的な響きを持った声だ。微睡みに落ちる寸前だからだろうか。

「他の人の前だったら、こんなふうに目閉じたりしないし、なれないから平気…………。そもそも、抱っこOKしてないよ? それと…………お耳貸してもらってもいい……?♡♡」

 幸福すぎる現実が本当に夢や妄想の類だったら悲しいから、重い瞼をこじ開けて、普段はあまり触ることのない耳に顔を近付けた。

「どうぞ?♡♡」

 すると、彼からも整った顔を寄せてきてくれた。
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