三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

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Interlude

Interlude<XLV>

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「『そういうふうには思えない』っていうのは、具体的にどんな感じ?」

 彼はポケットからいい匂いのするハンカチを出し、熱を持った頬にそっと当ててくれた。

「ありがと……」

「うん。どういたしまして」

 ――――彼と一緒に過ごすだけで、『好き』が無尽蔵に増殖していってしまう。

 清潔なハンカチを持ち歩いているところ。いい香りのする柔軟剤を使っているところ。
 
 躊躇わずにそれを差し出してくれるところ。乱暴に拭うのではなく、そっと押し当ててくれたところ。
 
 わからないことがあっても勝手な解釈をして決めつけず、きちんと確認を取ってくれるところ。終始穏やかで、決して声を荒らげないところ。

 先ほどの行動たったひとつに焦点を当てても、これだけのことが挙げられるのだ。
 
「君の気持ちは嬉しいの。ものすごく……! 思いやりが自然に溢れてくるみたいなところも好きになったし、好きだし…………」

 わたしの下手な説明に耳を傾ける彼の笑顔は、どんどんどんどん柔らかくなっている。

 面倒に感じることがないわけではないだろうに、彼はいつもわたしに歩幅を合わせて隣で歩いてくれるひとだ。
 
「でも、実際に上書きそれをしてもらうってなったら、君の気持ちとか優しさとか、わたしに与えてかけてくれるもの全部利用するみたいになっちゃうでしょ。だから、謝るのはわたしのほうなんじゃないかと思う……よ?」

 承知のうえでしてくれていることといっても、これ以上彼の優しさに寄りかかってばかりは気が引ける。

 たまにはわたしが君の速度に合わせて歩きたいのに。早歩きでも全力疾走でもついていくのに。

「…………『利用してる』とか『利用されてる』とか全然思わないけどな、俺。……きみはそれだけの理由で、いつもだったらしないような大胆な誘い方してきたわけじゃないでしょ?」

 胸の上で中指と薬指が跳ねて、彼の腕を捕まえたままでいたことを思い出した。

「それはまぁ、確かにそうだけど…………」
 
「だったら、もうひとつ教えて?♡♡ 『上書きしてほしい』気持ちと『俺のことが好き』って気持ち。きみのなかではどっちが大きい?♡♡」

 言葉はいくつも浮かんでくるけれど、先に溢れ出したのはやはり涙だった。
 
「…………そんなの『君が好き』ってほうに決まってる……。『嫌な記憶を全部全部君に塗り替えてもらいたい』って気持ちもほんとだけど、『キスより先のことしたいな』って思うのは、『君のことが大好きだから』だよ……!」 
 
「よかった♡♡ ……俺もね、きみのことがだーいすきだから、まだ触ったことないとこ全部触らせてほしいし、ほんとはかわいいお胸だって服の上からじゃなくて直接触りたいんだよねぇ……♡♡」

 大粒の涙が零れてクリアになった視界に映ったのは、いつもより少しだけ男のひとの顔になった彼だった。
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