三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

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Interlude

Interlude<LIII>

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「そっか♡ ありがと♡」 

 彼はふんわり上を向いた睫毛をぱちぱちさせたあと、手を握り直してくれた。たったそれだけのことなのに、心のいちばん深い部分がじんわりあたたかくなった。
 
「えぇと…………。だから、俺もきみの身体をどうこうして無理矢理距離を縮めようとかは一切思ってなくてさ。そういう仲の深め方も実際あるってわかってるし、否定するつもりもないよ。だけど、それが俺たちに合ってるとは言えないんじゃないかな……って、俺は考えてて」
 
「身体が先か、心が先か……みたいなこと?」 

 最もふさわしい表現を探すように、彼の視線は春の陽気に誘われたちょうちょのようにふわふわと自由気ままな軌道で宙を舞う。
 
 けれど、数秒に一度は必ずわたしの元に戻ってきて、幸福そうにその視界せかいを閉じる。
 
 疲れた羽を休めにきているのか蜜を吸いにきているのかはわからないけれど、どちらだって構わないと思った。
 
「そう。行き着くところが同じだとしても、過程を蔑ろにしていいとは思わないんだよね。どっちかでいえば、むしろそっちのほうが大事なんじゃないかなと思うし」

 ほらまた。まばたきひとつするあいだに、彼の視線は飛び立って。

 日の光を受けて煌めく鱗粉を追って落とし主を探すみたいに、わたしも彼の瞳の行く先を追ってしまう。
 
「だから、彼氏とかそういうのも全部取っ払って、人として信頼してもらえるように頑張ってきたつもりなんだよね。……まぁ、できてるできてないは別として」 

「君のレベルでできてなかったら、誰もできてないと思うよ……!? 君が言ってくれたとおり、わたしは君のことを他の誰よりもじてるし、頼りすぎなんじゃないかって心配になるくらいっちゃってるし…………!」

 わたしなりに信頼を伝えてみたけれど、信頼それ以上に依存してしまっているような気がして、とても重い負担を強いてしまっているような気がして、ただでさえ小さい声は尻すぼみに消えていった。

「そっか。よかった……。ありがとう」

「ううん! わたしのほうこそ、ありがとう。君が態度でも言葉でも行動でも『大切だよ』、『大好きだよ』って伝えてきてくれるから、わたしも君のこと心から信用できるし……。付き合い始めたときより、もっともっと大好きになれてるの」

 口にする機会があまり多くないから気付いていなかったけれど、どうやら『好き』という言葉は魔法の呪文のようだった。
 
 クリームやお砂糖でコーティングされたお菓子よりも胸を擽る響きのその呪文を唱えると、どきどきして、悲しくもないのに泣きたくなって、彼を想う気持ちはいっそう強くなる。
 
 一種の自己暗示かもしれないけれど、それでもいい。この恋がずっとずっと続いてほしい。

 彼もそんな気持ちでわたしに『好き』と頻繁に伝えてきてくれているのかもしれない。そう思うと、とっくに身体のなかにおさまりきらなくなっている恋心がまた一段と大きくなった気がした。
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