三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

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HONEYDEW RAIN

HONEYDEW RAIN<LXV>

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「そうでもないと思うけどなぁ♡♡ ……というか、めちゃくちゃ大事なことでしょ♡ 俺の目的はそっちだし、卒業したらすぐ婚約してもいいんじゃないかなって考えてたんだけど……♡♡ きみさえよければ結婚しちゃう?♡♡ なーんて♡」

 両手にある十本の指は均等に熱を分け与えられているだろうに、左手薬指が飛び抜けて熱い。

「え!?」

「そしたら、し♡ 『なーんて♡』とか言ったせいで冗談みたいに聞こえちゃったかもしれないけど、俺は本気だよ?♡♡ 好きな子をぬか喜びさせるなんて、流儀に反するからね!」

(もし本当に一生一緒だとしても、わたしがついていかなかったら何年かは離れ離れで暮らさなきゃいけないんだった……。彼との結婚生活なんて妄想してる場合じゃないよ。クリスマスになにが欲しいかも考えて彼に言わなきゃいけないけど、それより先に決めておかないといけないことがあったのに…………。とりあえず、いまの時点での考えだけでも伝えておいたほうがいいよね)

 彼の言葉で忘れかけていた重要事項を思い出し、甘いときめきも幸福に彩られた未来もみるみるうちに萎んでいった。優先事項ほど先送りにしてしまう悪癖は、どうやったら改めることができるのだろう。

「…………そっか。安心させてくれてありがとう。でも、わたしね……? わたしは…………。こっちに残ろうかな、って思ってるんだよね……。あの、まだ完全に決めたわけじゃないんだけど、いまのところは!」

「え? そうなの? ……確かにそっちの方向でも準備進めてるとは聞いてたけど……。そっかぁ。国跨いだ遠距離になるかもしれないのか…………」

 零れそうなほど大きく目を見開いた彼がぽそりと最後に付け加えたひと言に、心臓が嫌な音を立てた。

(『一緒にいたい』だけでもいいんじゃないか、って窓華ちゃんは言ってくれたけど……。もっとちゃんとした理由がなきゃついていっちゃいけない気がして)

 遠距離恋愛の経験はないけれど、定期的に会うことができているカップルに比べてうまくいく確率が低いのは誰もが知るところだし、正直に言って、わたし自身はそれ以前に彼と何ヶ月も離れて生きていける自信がなかった。

「君はわたしを連れていってくれて、どうする予定?」

「どうって、きみにはおうちで俺のこと待っててもらえたらいいなぁって。家のことも別に最低限とか適当でよくて、俺のいないあいだは好きなことしててくれて構わないし。きみにとっても悪い話じゃないよね?」

「……つまり、専業主婦……みたいな?」

「うん。結婚してもしなくても、俺がきみのこと養うつもりで…………あ、お金の心配してる? だったら安心してよ。きみひとりだけじゃなくてには稼いでくるから♡♡」

 彼は絡めた指をいっそう強く握った。その行動がわたしを安心させるためだったのか、いつもわたしを優先させてしまう彼の『ついてきて』という切実な願いが溢れ出した結果だったのかもわからないまま、曖昧に微笑んだ。
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