三千世界の鴉なんて殺さなくても、我々は朝を迎えられる

片喰 一歌

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HONEYDEW RAIN

HONEYDEW RAIN<LXVI>

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(…………やっぱり子ども欲しいのかなぁ。この言い方はほぼ確実にそうじゃない?)

 『贅沢な暮らしもできる』という意味にも捉えられる言葉をいちいち深読みしてどんよりするくらいなら、直接訊いてしまえばいいのに。

「ううん、お金の心配はしてないよ」

「お金じゃなくて俺の心配? ……父さんに指導受けたあと、何回か慰めてもらってるもんね。でも、本当に大丈夫だから! あの程度でへこたれるようじゃ、会社なんて継げない……というか継がせてもらえないし」

 人の好さが前面に出ている笑顔は、いつになくパワーダウンして見えた。

「ううん。心配してるのは自分のこと…………」

「きみ自身の心配?」

「うん……。わたし、たぶんきみが思ってるよりなんにもできないんだよね。……卒業してすぐ結婚して、君についていったら、いま以上に君に頼ることになるでしょ? そしたら、一生そのままなのかな……って考えたら怖くなっちゃったの。気付くの遅すぎだよね」

 わたしの母はいつ寝ているのか心配になってしまうほど多忙な人だ。小さい頃からずっと。それなのに家事にも一切手を抜かず、わたしが手伝うことは残されていなかった。
 
(最近になって少しずつ始めたけど、完璧だって思える仕上がりになるまで続けると時間がかかりすぎて話にならない。……いまのわたしじゃ一緒にいても彼の役に立てないから、離れてる期間はまるまる花嫁修業に充てたいなぁ、なんて……)

「………………俺はそれを狙ってるでかまわないんだけどな」

 彼の呟きは独り言より小さくて、うまく聞き取ることができなかった。

「え? ごめん、なにか言った?」

「ううん♡ なーんにも?♡♡ 強いて言えば、『きみがそばにいてくれたら他になにもいらないから気にしないでいいのに』みたいな感じ♡」

 絡めていたはずの手はわたしの両手首をがっちり掴んでいた。手錠のようなそれは、彼の愛の深さを代弁しているのかもしれない。
 
「おうちで家事して待っててほしいみたいに言ってなかった?」 

「さっきは言い方が悪くて誤解させちゃったかもしれないけど、きみを無賃労働タダばたらきのメイドさんみたいにしようとは思ってないんだ。ほんとになにもできないって言うなら、家事なんて外注しちゃえばいいだけだし、別にそれは恥ずかしいことじゃないよ。誰にだって得意不得意はあるからね」

「…………ありがとう。もう一回考えてみるね。君の欲しい返事はたぶんできないんじゃないかと思うけど…………」

「それならそれでいいんだよ。きみがしっかり自分の気持ちと向き合って決めたことだったら、文句なんて言わない。泣き言は言っちゃうかもしれないけど、全然スルーしてくれていいし!」

 ぱっと離された手を少しも嬉しいとは思えなかった。
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