ガラスの靴は、もう履かない。

蘇 陶華

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僕ら、それぞれの思惑

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その日、黒壁は、不機嫌だった。莉子の担当を外されたという事もそうだが、2人が、病棟の人気のない所に行ったのを確認したからだ。リハビリ室を出ていく時の新と莉子の嬉しそうな顔が癪に触る。
「人の奥さんなんだろう?」
少し、認知の入った高齢者が言う。
「お前さんのお気に入りだったのに、首になったのかい?」
「俺が、ここまで、よくしたから、卒業したんだよ」
負けじと言い返す。莉子も莉子だ。あんなに嬉しそうな顔をして。自分と一緒にいる時は、あんなにいい顔したか?「
「だとしても」
逢いにこないとはいえ、人の奥さんだ。市長の娘と建設会社の夫。自分とは、関係ない。
「これは、あのお嬢さんの忘れ物でないかい?」
莉子の使っているタオルを指差す高齢者。
「届けてやりなさい。ヤキモチは、だめだ」
仕方なく黒壁は、莉子の部屋に向かうとする。今日は、外来の患者が多い日である。有名な整形外科の医師が、都内から、診察に来ると言うのだ。これも、市長の取り計らいで、定期的に、この病院での、診察を行う事になっている。あちこちから、噂を聞きつけ、腰が悪い、足が悪いと言って、たくさんの患者が押しかけ、なんとなく、騒がしい感じがしていた。
「?」
違和感。後で、思い出すと鮮明にその時の事を振り返れる事がある。黒壁は、莉子の部屋の前で、ウロウロしている不審者を見つけた。病院の中に迷ってしまったのか、どこにでも、いそうな60から70代の、男性だったが、何となく、怪しい。患者の家族とも、外来の患者とも、言えない雰囲気があった。
「変な奴いるぞ」
何でも、口にできる看護師の安達に言う。
「市長の娘がいるんだから、ちゃんと見ろよ」
「大丈夫よ。ドアも丈夫だし、施錠すれば、安心」
「中に入ったら、どうするんだ?」
そう言いながら、莉子のベッドに忘れ物を届けてきた。それが、あの時の記憶だ。やっぱり、あいつが、犯人だったのか?黒壁は、雨樋を伝い、登っていく新を見上げた。自分だって、壁をつたい登って、莉子を助けたい。だが、高所恐怖症で、高さがたった2階だけだとしても、足先が震える。下が、見られないのだ。何か、新の手助けになればと、リネン室から、タオルやシーツが投げ入れられてる大きな籠を押してきた。新は、タオルを輪にして、雨樋に引っ掛け、器用に登っていく。2階の病室には、30cm程度の、飾り程度のベランダが付いている。侵入者に気付かれない様に、覗き込み、中の様子を伺う。
「大丈夫か?」
黒壁は、心配し、思わず大きな声を上げてしまった。
「ばか!」
中の侵入者に気づかれてしまう。黒壁は、慌てて、口元を押さえた瞬間、新は、タオルの先に結びつけた工具を窓ガラスに叩きつけた。
「えぇ!」
黒壁は、慌てた。窓際に侵入者が駆け寄り、ガラスを破り、中に入ろうとする新と揉み合いになると思ったからだ。リネンやシーツの入った籠を落ちてもいいように、ウロウロと持ち運んでいた。その時、窓際と反対側のドアが、打ち破られる大きな音が響き渡っていた。
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