ガラスの靴は、もう履かない。

蘇 陶華

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時間の流れに歪む心

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七海と僕がスタジオを去ったあの日から、莉子は、何事もなかった様に、僕と接してくれた。あのザワザワする心陽とか言う女性も、僕の前に現れる事もなく、藤井先生の庇護の元、リハビリを進めていた。
「もう少しなんだけどな」
「無理しないで」
「できるような気がする」
莉子も少し、やる気が出て立ち上がる練習をしていた。昔は、自然に行なえた事も、今は、一つ一つ、思い出し作業をしないと、先に進めない。苦痛を伴っても、続ける事。毎日、続けなければ意味がない。僕は、スタジオの並行棒を使いながら、莉子を支え、歩行の訓練も始めた。歩行訓練と言っても、ほとんど、僕が支えて終わりだった。莉子は、必死だった。一心不乱に行う事で、何かを忘れたいようだ。
「ライブも近いから、無理しないでね」
藤井先生がスッタフに声を掛ける。タブラオでのライブが近い。莉子は、パルマとして、ステージに立つ(車椅子のままだが、この場合、立つと言っていいのdろうか?)予定だ。当日は、僕も見に行きたかったが、どうしても、実家に帰らなくてはならなかった。
「約束は守って」
七海からメールが来ていた。七海の両親との食事会だ。一度は、断ったが、七海との約束もあり、渋々、承諾した。実家には、寄りたくないが、母親を、心配させるのは、忍びなく、顔を立てる為でもあった。
「お互いの子供達を婚約しましょう」
七海の母親と僕の母親は、仲が良かった。家柄も近く、僕が、生まれた後、何年かして、七海が生まれた。僕の母親が、七海の母親に申し出していた。
「私の大事な子供をあなたに任せるなら安心」
互いにそう言っていた。どこまでも、迷惑な人達だ。車椅子の莉子は、予定通り、パルマのリハーサルもそつなく、こなし、サポートするスタッフも抜かりなく、全て、順調だった
「本当は、撮影禁止だけど、画像、送るから」
藤井先生は、耳打ちして笑った。順調だった。僕は、他愛無く黒壁とリハビリの仕事をこなし、週末は、藤井先生のスタジオで、莉子のリハビリを行う。莉子は、毎日、僕からのリハビリの宿題をこなし、週末に確認する。
「絶対、できる」
僕は、莉子にそう告げた。階段を一歩ずつ、登るように、少しずつ、莉子の体が変わっていく。莉子が、僕の作品の様に、美しい姿を取り戻していくのが、満足だった。
「その日は、どうしても、見に行けないけど、必ず、確認するから」
僕は、前日、そう告げた。まだまだ、踊る事はできないけど、ステージに上がれるのは、僕も嬉しい。莉子が、ライトを受けて、観客に挨拶する姿を想像するだけで、僕の心は、満たされる。
「何、ニヤニヤしてるの?」
スタッフさん達が、僕を冷やかした。
「だらしない顔になっているわよ」
そう言われながら、僕は、幸せだった。そう、その日までは・・・。翌日、僕は、実家のある東京に居た。七海のご機嫌を取るために、車を走らせ、食事会の会場のあるホテルに向かっている時だった。僕の携帯が、なっていた。
「はい・・」
藤井先生からだった。車内に響いたのは、悲痛な知らせだった。
「莉子がいないの。来ていない」
「え?」
「スタッフが迎えに行ったんだけど、いないの」
「嘘」
結局、タブラオに莉子は、現れなかった。
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