同居のヒロイン達に夢精がバレる俺は、正妻戦争の中心にいるらしい件

第一九六話 静かな銭湯、静かなる対話──祖父と男の背中

　最近、家の風呂ではまったく落ち着けない。
　理由は明白だった。
　ヒロインたちが“当然のように”浴室に入ってくる。
　そして毎回、誰かしらが俺の背中を流そうとする。

（……これじゃ、心も体も休まらねぇ……）

　そんなわけで、俺は近所の銭湯に足を運んでいた。

　のれんをくぐると、漂う懐かしい石鹸と木の香り。
　脱衣所の静けさ。
　年季の入った洗い場と、湯気がほのかに立ち込める浴場。

（ああ、やっぱり……ここ、最高……）

　俺は湯船にゆっくり浸かり、つい「はぁ～～～……」と声が漏れた。
　肩の力が抜けていく。

　と、その時だった。

　コツ、コツ、と木履の音。
　そして、洗い場の向こうに見えたのは——

（えっ……）

　無言。
　堂々たる風格。
　そして、昨日大量の野菜を置いていった——

「……すみれのおじいさん……！？」

　まさかの再会。
　俺が驚いて体を起こすよりも早く、

　その老人は、無言のまま俺の背中の横に座った。

　スポンジを手に取る。
　ゴシ、ゴシ。

　何も言わずに、俺の背中を丁寧に洗い始めた。

　思わず硬直する俺。

「……あ、あの……おじいさん……？」

　返事はない。
　ただ、力加減は絶妙。
　指先には優しさと、年季が込められていた。

　洗い終えると、さっと桶で流し、彼はまた無言で立ち上がった。

　背中越しに、ぽつりと一言だけ、落ち着いた声で言った。

「……孫が楽しければ、それでいい」

　それきり。
　彼は再び湯煙の向こうへと去っていった。

　残された俺は、ただ湯船に沈みながら、ぼんやりとその言葉を反芻していた。

「……すげぇ……なんか今、めっちゃ、いい話された気がする……」

　すみれのおじいさん——恐るべし。

（つづく）