同居のヒロイン達に夢精がバレる俺は、正妻戦争の中心にいるらしい件

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第四三四話 「じゃあ、君は誰に“最初”を渡したい?」

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 ──夜。

 旅館の部屋に灯る明かりは、障子越しに淡くにじみ、まるで月光のように静かだった。

 パチ、パチ。
 キーボードを叩く音だけが、和室の空気をゆっくりと震わせる。

 俺──真壁弘弥は、浴衣姿のまま、小さなローテーブルにノートPCを置いて、
 ひとり原稿に向かっていた。

 編集部主催の温泉旅館“執筆合宿”も、いよいよ終盤。

 与えられたテーマは──
「恋と性と、そして“最初”の物語」

 今の俺にとって、最もセンシティブで、避けてきたものばかりだ。

 画面には、たった一行。

『童貞を卒業するまでに君と世界を変えたい』

 文字としては書けた。
 でも、それは俺自身を晒すようで、続きを打つ手が震える。

(“最初”って、こんなにも……重いものだったか?)

 日々布団に潜り込んでくる、愛しいヒロインたち。
 誰もが俺に優しくて、時に甘く、時に大胆で、
 時には“好き”以上の気持ちをぶつけてくる。

 だけど。

 俺は、誰の手も取っていない。
 いや──取れなかった。

(……俺が、“物語”に救われてきたから。
 だから俺も、誰かの“物語”になりたいって、思ってたはずなのに──)

 そんなときだった。

 ふすまの向こうから、静かな足音。

 ──ゴソ。

「弘弥くん、起きてる……?」

 柔らかな声。
 最初に現れたのは、水無瀬すみれだった。

「あ、うん……原稿、書いてた」

「……そっか」
 ふわりと広がる、ラベンダーの香り。

 浴衣姿の彼女が、すっと畳に正座する。

「少しだけ、話してもいい?」

「もちろん」

 暗がりに沈む彼女の瞳が、こちらをまっすぐに見つめてくる。

「……ねぇ、弘弥くん。“最初”って……やっぱり、特別?」

 俺は息を呑んだ。

「……うん。たぶん。俺は……そう思ってる」

「そっか……」
 すみれは微笑んで、そっと目を伏せた。

「でもね、もし弘弥くんの“最初の相手”になれなかったとしても……」

「私は、“あなたの物語”の中にいたい。ずっとそばで……
 どんな形でも、あなたのページに名前が残っていたいの」

 それは、控えめで、でも深くて強い想いだった。

「すみれ……ありがとう」

「ふふ……じゃあ、おやすみね」

 そう言って立ち上がったすみれの背中は、
 どこまでも気高く、そして儚かった。

 ──しかし。

 ガラッ。

「次、入るよ~っ♡」

 唐突に襖が開いて、白神ルナが布団にバフッとダイブ。

「弘弥、今の空気、絶対“告白”あったでしょ!?ズルい!!」

「えっ!? 聞いてたの!?」

「聞くわボケ!!この壁、紙一枚だよ!?聞けって言ってるようなもんじゃん!」

 ルナはゴロンと転がって俺の隣にピタッと寄ると、急に表情を真剣にした。

「ねぇ、弘弥。“童貞卒業”とかじゃなくて──
 本気でキスしたいって思う子、いる?」

 その問いに、俺の心がびくりと揺れた。

「え……」

「私はさ、最初じゃなくていいの。
 そのうち、“最後”になれたら、それでいいんだ」

「……ルナ」

 ルナはいつも通りの笑顔で笑っていたけど、
 その奥の、切ない覚悟のようなものが見えてしまって、俺は言葉を失った。

「……でもね?弘弥はどうせ悩んで夢精して終わるから、
 結局わたしの勝ち☆」

「なんでそうなるのぉぉぉ!!!」

「じゃ、夢精したら報告しなさいね~♡」

 去り際の背中。
 あの明るさの裏に、震える何かがあった気がしてならなかった。

 ──そして、その夜。

 あゆむ:「わたし以外との初体験は認めません♡」
 りあ:「あなたの最初も最後も全部、わたしのもの」
 ことね:「“童貞卒業バラード”作りました。配信で歌うね♡」

 ……もはや、修羅場の合間に夢精が起きるのも自然な流れだった。

 そして最後に、部屋へやってきたのは──
 俺の“いちばん近くにいる少女”。

 真壁碧純だった。

「なぁ……弘弥」

「うん」

「……わたしさ、正直、“最初の相手”とかどうでもいいと思ってた」

「だって……弘弥のそばにいられれば、それでよかったから」

 碧純は、ぎゅっと拳を握る。

「でも、みんなに出会って、競って、
 泣いたり笑ったりして……悔しかった」

「悔しいから、思ったの」

「絶対、いちばんになりたいって」

「誰にも渡したくない。“弘弥の全部”を」

 彼女の言葉に、胸の奥がギュッと締めつけられた。

「碧純……」

「……ねえ、“最初”って、渡すだけじゃないよ?
 その人に、“もらってもらう”ってことでもあるんだから」

 そう言って、彼女は部屋を後にした。

 ──気づけば。

 机の上の原稿に、
 ひと雫の涙が落ちていた。

 それが誰の涙かなんて、わからない。
 ただ一つ言えるのは。

 俺はいま、
 “誰か”の物語を書こうとしてる。

 そしてそれは、
 俺自身が“選ぶ”ということでもある。
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