同居のヒロイン達に夢精がバレる俺は、正妻戦争の中心にいるらしい件

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第四七八話『近寄りたい、でも、匂いが無理!』

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 授業が終わり、放課後。
 教室に残った俺は、深刻な悩みに直面していた。

 目の前に座るミレーヌは、にこにこと無垢な笑顔を向けてくる。

「弘弥様ぁ……今日はどのような修練を積めばよろしいでしょうか?」

 純真無垢な金色の精霊、その微笑み。
 しかし、俺の鼻腔を直撃するのは、

 猛烈な体臭だった。

 甘い。
 そしてスパイシー。
 何よりも、濃い。

(く、くせええええ……!!)

 汗と皮脂、さらに謎の異国スパイスが入り混じったような強烈な香りが、物理的な圧力となって俺を押し潰してくる。

 だが、そんなことを微塵も気にする様子はないミレーヌ。

「弘弥様! わたくし、もっと学びたいのでございます! 小説の極意、布と運命の哲学、それらを直接ご教授くださいませ!」

 俺は必死で耐えていた。
 ミレーヌの尊い気持ちを無下にはできない。

 だが──

(この距離、この濃度、マジで死ぬ……!!)

 そんな中、ヒロインズも後ろで様子を伺っていた。

「……ねえ、ルナ。これ、正直無理じゃない……?」

 碧純が囁く。

「いや、無理っていうか、物理攻撃レベルじゃん。嗅覚に」

 ルナも顔をしかめる。

「観察対象、鼻孔収縮、逃避行動顕著」

 ひよりは、なぜか計測モードに入っている。

「香りとは……魂の密度……だが、これは……」

 ことねも若干引き気味だった。

 すみれだけは、柔らかい微笑みを浮かべていたが、

「……弘弥くん、よく頑張ってるわね」

 と小声で応援してくれるに留まった。

 つまり、誰も助けてくれない。

 純粋すぎるミレーヌを前にして、誰も「くさい」とは言えないのだ。

「では弘弥様、まずはわたくしと手合わせを!」

 そう言って、ミレーヌが両手を広げる。

 距離が、さらに縮まる。

 もはや逃げ場などない。

(だめだ……ここで俺が逃げたら、男じゃない……!!)

 俺は覚悟を決めた。

「うん、じゃあ……短編小説のプロットから教えようか」

「はいっ!」

 ミレーヌがぴょんと一歩近づいた瞬間、
 俺は目の前に香りの壁ができたのを、確かに感じた。

 見えないはずの匂いが、確かな質量を持って押し寄せてきたのだ。

 ミレーヌの金髪が、さらりと揺れるたび、濃厚なエキゾチックブレンドが炸裂する。

 その光景は、周囲のヒロインたちにも衝撃を与えていた。

「これ……弘弥、すごくね?」

「うん、マジで……尊敬する……」

「普通なら死んでる」

「観察対象、精神崩壊寸前」

「黄金の檻に囚われし者よ……安らかに……」

 誰も彼も、死んだ魚の目でこちらを見ていた。

 だが、ミレーヌはそんなこと、これっぽっちも気づいていない。

「わたくし、真壁弘弥様の書かれる“パンツと運命と、そして君”の世界に憧れて、はるばる日本まで参りました!」

 目をキラキラ輝かせながら、恥ずかしげもなく宣言する。

「だから、どうか……わたくしを弟子にしてくださいませぇぇっ!」

 再び、ぴょんと距離が縮まる。

 香りの壁が、さらに厚みを増した。

 俺の意識は、遠のきかけた。

 だが、それでも俺は──

(頑張れ、俺……! これは、夢精をバレた時以上の試練だ……!!)

 必死に踏ん張った。

 そんな俺を、遠巻きに見ていたヒロインズが、そっと耳打ちしてきた。

「……ねえ、弘弥。これ、どうするの?」

「逃げる? それとも耐える?」

「観察続行希望」

「救済は……あるのか……?」

 俺は、タオルで汗を拭いながら、乾いた笑みを浮かべた。

「……ここで逃げたら、俺の作家魂が泣く」

 たとえ、鼻が壊れても──
 俺は、逃げない。

 それが、プロってもんだろ。
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