同居のヒロイン達に夢精がバレる俺は、正妻戦争の中心にいるらしい件

第四九五話『雨の日の待ち合わせ──閉じ込められて』

　午後、ロケ地移動中。

　空は一転、鈍色に染まっていた。

　そして、予兆はすぐに現実になった。

　突然、バケツをひっくり返したような豪雨が降り始めたのだ。

　撮影隊は慌てて機材を避難させ、スタッフたちは手分けして建物へと走った。

　俺と紗凪も、近くの旧校舎を借りた控え室へ駆け込んだ。

　だが──

　バタン、と。

　ドアが強風で叩きつけられた勢いで閉まった。

　そして、ガチャリと鈍い音が響く。

　ドアノブを回しても、びくともしない。

「え……閉じ込められた……？」

　俺と紗凪は顔を見合わせた。

　外は滝のような雨音。

　電波も、入らない。

　薄暗い旧校舎の一室。

　狭い空間に、俺と紗凪、ふたりきり。

　湿った空気。

　心臓の音だけが、異様に大きく響いていた。

　気まずい沈黙。

　けれど、どこか、懐かしい。

　小学生の頃、台風の日、
　ふたりで公民館に閉じ込められたときのことを思い出した。

　あの時も、こうして隣に座って、
　何も話せなくて、でも、それでもよかった。

　そんな記憶が、胸の奥で疼く。

　やがて、紗凪がぽつりと口を開いた。

「……弘弥」

　俺は、はっと顔を向けた。

　紗凪は、膝を抱えて、うつむいていた。

「わたしね」

　声が震えていた。

「ずっと、寂しかったんだ」

　雨音が、世界を包み込む中。

　紗凪の声だけが、痛いくらいに真っ直ぐだった。

「弘弥が、遠くに行っちゃった気がして……
　どんどん、手が届かない場所に行っちゃう気がして……」

「わたし、ずっと、立ち止まってたのに」

　細い肩が、かすかに震える。

「夢を叶えた弘弥を、応援したかったのに」

「気づいたら、置いていかれたって思っちゃってた」

　涙が、ぽたり、と落ちた。

　俺は、何も言えなかった。

　ただ、そっと隣に座り直して、

　紗凪の肩に、自分の肩を寄せた。

　それだけしか、できなかった。

　でも──

　それだけでも、

　紗凪は、小さく、嗚咽まじりに笑った。

「バカだよね、わたし」

　俺は、首を振った。

「バカじゃない」

　心から、そう思った。

　ただ、すれ違っただけだ。

　お互い、大事だったからこそ、
　大事すぎたからこそ、

　怖かっただけなんだ。

　雨は、まだ降り続いていた。

　でも、

　心の距離は、

　ほんの少し、縮まった気がした。