同居のヒロイン達に夢精がバレる俺は、正妻戦争の中心にいるらしい件

【第五一一話】『文化祭、開幕──波乱の予感』

　朝。
　学園は、いつもとはまるで違う熱気に包まれていた。

　門の前からすでにカラフルなアーチが立ち、構内には模擬店のテントやポスターがずらりと並ぶ。
　体育館では演劇部のリハーサル。中庭では軽音部のライブ。廊下ではクラス対抗の出し物準備で大騒ぎ。
　あちこちから笑い声と怒声と歓声が入り混じり、まさにお祭り騒ぎだった。

「うおぉぉぉ……まさに文化祭って感じだな……！」
　弘弥は、やや引き気味に周囲を見渡しながら呟いた。
　だが、ぼんやりしている暇はなかった。

「兄！ 手が空いてるならこっち手伝って！」
　碧純が屋台のテントを組み立てながら怒鳴る。

「お兄、こっちも！ コーヒーマシンの調整お願いー！」
　ルナがウェイトレス衣装のまま叫ぶ。

「弘弥くん、装飾の確認手伝ってもらえますか？」
　すみれが冷静な笑みを浮かべつつも指示を飛ばす。

「観察対象、作業効率、要管理」
　ひよりはなぜか作業スケジュール表を作成している。

「弘弥様……わたくしも、準備頑張ってますので……っ！」
　ミレーヌは、民族衣装風の制服で震えながらカップを並べていた。

「ふふ、弘弥様のためなら、どんな重労働も厭いませんわ」
　エレノアは優雅に言いながら、実際に力仕事はしていなかった。

「……無理しないでね」
　紗凪は小さな声で、それでもしっかりと弘弥を気遣った。

「は、はいはい！」
　弘弥は、全員に応えながら右往左往する。

　クラスの出し物は「学園カフェ」と「簡易劇場」。
　午前はカフェ営業、午後からは劇を上演するスケジュールだった。

　カフェ班では弘弥はウェイター役。
　劇場班では、裏方サポートと脚本監修という重要ポジションを任されていた。

　当然──

「どっちでも弘弥と組みたい！」
「私が先約だから！」
「いえ、最初に声をかけたのは私です！」

　……開幕早々、ヒロインズ間の火花はバチバチだった。

「……落ち着こうよ、みんな」
　弘弥は苦笑しながら言ったが、そんな言葉で収まるわけもなかった。

　ルナは腕を組んで宣言する。「公平にいこう。午前は私、午後はみんなでローテーションな！」

「そんな勝手なっ！」
　碧純が反論し、すみれが「それも一つの案ですね」と調整に入る。

「観察対象、接触時間最適化プラン提案」
　ひよりが謎のチャートを見せてきた。

「黄金の時間配分、勝者に輝きを」
　ことねがまた詩的に何かを呟いている。

「わ、わたくしも……できるだけ……弘弥様の近くに……！」
　ミレーヌは手をぎゅっと握る。

「皆様、落ち着いて。まずは目の前の文化祭を成功させましょう」
　エレノアが微笑みながら場を収めようとするが、火種はくすぶり続けていた。

「……私だって、負けない。」
　紗凪は、他の誰よりも静かな炎を宿していた。

　──そうして迎えた文化祭開幕。

　校内には一般来場者も入り、ますます活気に満ち溢れる。
　知らない生徒、保護者、小さな子供たち……普段見ない顔が溢れる学園に、弘弥は少し緊張していた。

「さぁ兄、気合い入れてウェイターやろ！」
　ルナがにやりと笑う。制服に身を包んだ彼女は、普段以上に輝いて見えた。

「……兄がちゃんと働けるか監視しないと」
　碧純はメイド服姿で、しっかりとエプロンを直していた。

　すみれはカフェ制服をきっちり着こなして「頑張りましょうね」と微笑み、
　ひよりはなぜかカメラ片手に「観察対象、文化祭勤務中」と書き込んでいた。

　ミレーヌは民族衣装のスカートをふわりと揺らしながら、「い、いらっしゃいませっ」と頑張っている。
　エレノアは完璧なティータイムマナーで客をもてなし、ことねは……謎の「詩的接客」で客を戸惑わせていた。

　そして紗凪は──
　シンプルな制服姿で、ただ一生懸命に働いていた。
　誰よりも目立たないけれど、誰よりも真剣だった。

　弘弥は、その姿を胸の奥でそっと見つめた。

　──この文化祭、きっと忘れられないものになる。
　そんな予感が、胸を高鳴らせていた。

　だが、
　その予感は、
　甘いだけではなかった。

「兄！ 次は手作りケーキ運んで！ それとも私が運ばれたい！？」

「お兄、私たちのカフェ、絶対一番人気取ろうね！」

「弘弥くん、次のシフト交代は私ですから」

「黄金の恋路、開拓開始──」

「弘弥様、午後からはわたくし専属ウェイターでお願いいたします！」

「……わたしも、負けないから」

　──それはもう、
　戦いの始まりだった。