同居のヒロイン達に夢精がバレる俺は、正妻戦争の中心にいるらしい件

本能寺から始める常陸之介寛浩

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【第五四三話】『執筆開始──“きみと、おにぎりと、未来と。”』

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 夜。
 弘弥は、自室の机に向かっていた。

 キーボードの上に置いた指が震える。
 胸の内側が、熱い。

 脳内では、さっきまでの光景が何度もフラッシュバックしていた。

 素手で握った、少女たちのおにぎり。
 そこにこもっていた、ぬくもり。
 汗。皮脂。体温。
 そして──愛情。

 あの瞬間、たしかに感じた。
「青春」が、そこにあった。

(俺は──書く。)

 誰に頼まれたわけでもない。
 誰に評価されたいわけでもない。

 ただ、
 この想いを、
 この“瞬間”を、
 絶対に形にしたいと、心から思った。

 弘弥は、深く息を吸った。

 そして──

 キーを叩き始めた。

 ◆

 ──タイトルは、
【きみと、おにぎりと、永遠と。】

 序章。
『手のひらの中に、未来があった。』

 それは、
 ひとつのおにぎりから始まった。

 少女たちが、素手で、
 心を込めて握った、たったひとつの塩むすび。

 そのぬくもりが、
 少年の凍った心を、
 そっと溶かしていく。

 一粒、一粒、
 口の中でほどけていくご飯粒。

 それは、
 彼女たちが生きた証だった。

 汗も、涙も、失敗も──

 すべてが、
 あの白いおにぎりの中に、詰まっていた。

 ◆

 弘弥は、
 息継ぎも忘れるほどの勢いで、文字を打ち続けた。

 時間の感覚が消える。
 身体と魂が、直結しているような感覚。

 ただ、
 ただ、
 ただ、
 真っ直ぐに──

 青春を書いていた。

「きみが握ってくれたおにぎりは、
 たぶん、
 世界でいちばん、不恰好だった。」

「でも、」

「いちばん、あたたかかった。」

 弘弥の指先は、止まらない。

 ページが、どんどん埋まっていく。

 物語が、
 息をするみたいに、
 自然に生まれていった。

 ◆

 そして──

 朝。

 弘弥は、
 全身から汗をかきながら、最後のキーを叩いた。

 ──完。

「……書き、上げた。」

 ぐったりと椅子にもたれかかる。

 窓の外は、もう白々と明るかった。

 鳥のさえずりが、遠くで聞こえる。

(……俺、やった。)

 心の底から、達成感が溢れた。

(また、ひとつ、青春を残せた──)

 ◆

 その日のうちに、
 担当編集の久遠美月に原稿を送った。

 数時間後。

「──バカか天才か、どっちかよアンタ!!!」

 絶叫にも似た返信が来た。

 そして──

「でも、すごいわこれ。
 読むと、泣きたくなる。
 わけわかんないくらい、あったかくなる。」

「タイトルも最高。」

「──さすが、夢精作家(誉め言葉)ね!」

 という、最大級の賛辞も。

 弘弥は、
 顔を真っ赤にしながら、机に突っ伏した。

 ◆

 数日後。

 ネット上に試し読みがアップされると──

【#きみとおにぎりと永遠と】
【#素手の奇跡】
【#青春発酵】

 一気にトレンド入り。

「天才だ!」
「発想が狂気すぎて逆に感動する!」
「おにぎりで泣いたの初めて」
「美少女成分文学の開祖」

 絶賛の嵐が巻き起こった。

 ◆

 弘弥は、
 静かにスマホを置いた。

 胸の奥に、静かに湧き上がるものがあった。

(やっぱり、俺は──)

(お前たちと、生きてるこの瞬間を書きたかったんだ。)

 ぬか床も、ワインも、
 そしておにぎりも。

 全部、全部。

 青春のかけらだった。

 そしてそれは、
 きっと、未来への祈りだった。

 ◆

 部屋の外から、
 ヒロインたちの賑やかな声が聞こえてきた。

「兄ー!ごはんできたよー!」

「今日のおにぎりは、さらに進化してるから!」

「……兄、観察対象拡張モード入りました。」

「また変な小説書き始めるんじゃない?」

「ふふ、先生の次回作も、楽しみにしてますの!」

 弘弥は、笑った。

 立ち上がった。

 そして、
 扉を開けた。

(青春は、まだまだ続く。)

(この手で──)

(この心で──)

(何度でも、書いてやる。)

【続く】
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