同居のヒロイン達に夢精がバレる俺は、正妻戦争の中心にいるらしい件

『君と、納豆と、発酵と。──美少女納豆実験編』

【第五六五話】 納豆チャレンジ──発酵を胸に秘めて

「……納豆って、人肌で発酵させてたって知ってた？」

　弘弥のその一言から、全てが始まった。

　図書館の片隅で偶然見つけた、戦前の食文化記録文献。
　そこには、こう書かれていた。

　“かつて東北地方の一部では、煮た大豆を藁で包み、懐に入れて数日温めることで発酵させていた”

「つまり……これだよ。青春、納豆化理論の始まりだ」

　弘弥は熱い瞳で呟く。

「美少女が……納豆を……胸で……抱いて……発酵させる……！　これは文学だ」

　夕食後のリビング。
　唐突に語り始めた弘弥に、ヒロインたちは箸を止めたまま硬直していた。

「ちょ、ちょっと待て兄！　今なんて言った！？」
　碧純の声が震える。

「いや、誤解しないで。決してやましい意図じゃないんだ。純粋に、文化的意義を探ってるんだ」

「兄が文化って単語使うと、ろくな事にならない！」
「温泉にぬか漬け、次は納豆って……どこへ行くの弘弥くんの青春純文学……」
「観察対象、精神的発酵フェーズへ突入……」

　ひよりがノートにそう記録した頃には、すでに事態は“バイト募集”という形で進行していた。

「報酬は一人一万円、あと温泉旅行つき」

　弘弥の提示した“バイト条件”に、女子たちは即座に視線を交わし合う。

「……いや、さすがに変態くさいって」
「でも、報酬と温泉……正直ちょっと揺れる」
「別に直接肌に触れるわけじゃないなら、まぁ……タオル越しとかなら……？」

　そうして、最終的に採択された実施方法は、

　・煮た大豆を藁に包み、専用の布袋に入れる
　・それをタオルに包んで、各自の懐、または胸元に抱いて一晩過ごす

　という、限りなく“合法”に近いルール付き発酵作業だった。

「……あの、すごく暑いんですけど」
「ぐにゅってしてきた！　これ、ほんとに納豆になるの！？（笑）」
「私は……大丈夫、温度は安定してる。弘弥くん、記録しておいてね」
「何を！？ どこの温度！？」
「観察対象：発酵の速度より、こっちの羞恥心の揺れが早いです」

　リビングの端でそれぞれが抱えた布団の中に、納豆袋を忍ばせてごろごろしている。

　ぬるま湯のような空気と、女子の恥じらいと、謎の使命感が、家中を包み込んでいた。

　深夜。

　布団の中で弘弥は呟いた。

「俺はいま、美少女たちの発酵音を聞いている……」

「兄、アウトー！」

　碧純の布団がもぞもぞと動いたあと、クッションが飛んできた。

　翌朝──

　納豆は、確かに発酵していた。

　ほんのり甘酸っぱい香りと、柔らかな粘り気。
　弘弥が箸でつまむと、糸が美しく伸びた。

「これは……完璧だ」

　すみれは真面目な顔でメモを見せる。

「発酵温度平均37度、保持時間7.2時間。すごい結果です」

「え、まじで納豆になってるの！？」

　ルナが大豆の山を前に歓声を上げる。

「なんで……わたしたち、ガチで納豆作っちゃったの……？」

　弘弥はゆっくりと噛みしめながら、言った。

「これは、人類が培った文化であり──俺たちの青春そのものだ」

　ヒロインたちは、一斉に箸を置いた。

「兄、やっぱり変態だわ」

「でも、ちょっとだけ……かっこよく聞こえた……」

「ほんの少しだけ、ね」

　そして弘弥の創作ノートには、すでに新作タイトルが記されていた。

『きみと、納豆と、未来と。』

（続く）