同居のヒロイン達に夢精がバレる俺は、正妻戦争の中心にいるらしい件

本能寺から始める常陸之介寛浩

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『現実誘惑バトル編』

【第五八〇話】 『朝の制服直しバトル──どれだけ近づけるか!?』

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 朝。

 というには少し遅い、7時半すぎ。

 台所からは碧純が焼く卵焼きの香りが漂い、リビングにはすみれが紅茶を用意し、ルナはすでに制服姿でソファに寝転んでいた。

 

 しかし、そのすべての空間が──戦場だった。

 

「弘弥、ネクタイ歪んでる。直すね」

 真っ先に動いたのは、碧純だった。

 

「お、おい、別に自分で──」

「だめ、はい動かないで」

 

 シュルリ、と音を立ててネクタイを緩め、締め直す碧純の指先が、弘弥の喉元を這う。

 その指先は温かく、ほんの少しだけ震えていた。

 

「ほら、これじゃ見苦しいでしょ。兄なんだから、ちゃんとしないと」

 

 距離、約12センチ。
 正面からの密着作業により、弘弥の呼吸は若干浅くなっていた。

 

(……は、鼻先が……碧純の前髪に当たってる……っ)

(これは、これは……!!!)

 

「次、私いいかしら?」

 すみれがすっと歩み寄った。

 

「シャツのボタン、上から二つ目。少しズレてるわよ」

 

「えっ、そんなとこまで見て──」

 

「“観察”って、大事よ?」

 

 すみれはやや屈みこむ姿勢で、シャツの端を摘まむ。

 そして、指の腹で軽く皺をなでながら、優しく整え──

 

「……こうやって、誰かのために身だしなみを整えるのって、ちょっと楽しいのよ」

 

 弘弥、無言でフリーズ。

 

(この距離感、やばい……!!)

(すみれさんの匂い、柔軟剤じゃない……すみれさんの……すみれだ……)

 

「ちょっと! なに静かに独占しちゃってんの?」

 ルナが乱入してきた。

 

「はいはいー、じゃあ私、襟足チェック係ねー!」

 

「えっ、なにそれ新設されたの!?」

 

「“朝の身だしなみ”っていったら、後ろも重要でしょ?」

 

 そう言ってルナは、後ろからそっと弘弥の首筋に手を添え──

 

「耳の後ろ、なんか寝癖残ってるよ?」

 

 ふっと、息を吹きかけた。

 

「ふぐぉおおおおおああああ!!!?」

 

「何その声!? 逆に心配なんだけど!?」

 

 弘弥は耐えきれず、椅子ごと前に倒れかける。

 

「もう……胃薬……胃薬どこ……?」

 

 そのとき、すっと差し出されたのは──香りつきのハンカチ。

 

「ふふ。わたくし、今朝は香り戦術でいかせていただきますの」

 ミレーヌが、香水の香り漂うハンカチで弘弥の額を拭う。

 

「少し汗ばんでいますわね? 朝から青春の香り……」

 

「まって!? 汗=青春って方程式はもう完全におかしいから!?」

 

「大丈夫ですの、わたくしの手は、王室公式の柔らかさと品格を備えておりますのよ」

 

(すごい……なんかいい匂いがしすぎて……逆にヤバい……!)

(これ、リビングなのに温泉宿にいる気分……!)

 

 ◆

 

 10分後。

 全ヒロインが順番に弘弥の制服を整え、髪を直し、香りを付け、位置を調整したあとの状態──

 それはもはや、**完璧を通り越して“仕上げられた人間”**だった。

 

「俺……今日なんか芸能人と勘違いされない?」

 

「え、いいじゃん♥ 弘弥って、どんな制服も似合うよ?」
 ルナがウィンク。

 

「兄……ふふ、あとは心だけ、わたしが整えてあげるからね……」

 

「ごはん粒ついてたら、私が全部取ってあげるから安心して」
 すみれ。

 

「王国では朝の“身嗜み整え”は求婚の第一歩とされていますの」
 ミレーヌ。

 

「……観察対象、心拍数:102。汗腺開口:中程度。視線動揺:継続」
 ひよりが記録。

 

(なぜ俺の家のリビングが“欲望のスキンシップ戦場”になってるんだよ……!!)

 

 弘弥は、胸ポケットの胃薬ボトルを握りしめて、静かに家を出た。

 この日、1時間目が始まる前に疲労困憊で保健室送りになった男子生徒がひとり、保健室のベッドでこう呟いたという。

 

「……もう……制服ってなんだ……俺は誰だ……」

 

【つづく】
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