同居のヒロイン達に夢精がバレる俺は、正妻戦争の中心にいるらしい件

『ハワイアンズ旅行編』

【第五九三話】『手を繋いで歩く帰り道──一番近いのは誰？』

　常夏の余韻がまだ肌に残る、ハワイアンズ最終夜──。

　温泉とプールに癒され、フラショーで心を揺さぶられ、告白めいた言葉まで飛び出した一日。
　弘弥は疲れた頭をかきながら、帰り道のバス停へと向かっていた。

「夜風……気持ちいいな」

　タオル片手にジャージ姿の弘弥。その後ろを、ヒロインたちがぞろぞろとついてくる。
　それぞれが一言も発さないまま、だが確かに“熱”を抱えた視線を彼に注いでいた。

　ルナは弘弥の後ろを歩きながら、拳を握りしめていた。
（昨日の温泉での“事故”……絶対、弘弥の記憶から消えてないよね！？ くそっ、むしろ……覚えててほしい……）
　複雑な感情に襲われながらも、ギャルな彼女はそわそわと腕を伸ばす。

　一方、碧純はすぐ右後ろ。弘弥と並ぼうとしては、他のヒロインの動きに遠慮して引き下がる。
（兄……昨日、すみれさんと何話したの？ 私の知らない顔、見せたよね……）
　彼女もまた、手のひらをじんわり汗ばんだまま、懐で握っていた。

　すみれは何も言わず、淡々と歩く。
　だがその横顔は少し紅潮しており、歩幅はほんの少しだけ弘弥に寄っていた。

　──そして、イルミネーションが見えてきた。

「うわー、すっごい綺麗じゃん……！」

　最初に反応したのはルナだった。
　プールの脇道を抜けた先に、芝生広場に沿って立ち並ぶライトの列。
　赤、青、金色、ピンク──夜の帳に包まれた幻想的な光たちが、ふわりと地上を照らしている。

「冬でもないのに、まるでイルミネーション祭ね」

　すみれがぽつりと呟くと、ひよりが横で記録用タブレットを起動した。

「記録：情動の加速。光の演出により、カップル成立確率上昇……」

「そういうこと言うなよ……雰囲気ってやつがあるんだから」

　弘弥が苦笑したその瞬間──

「弘弥、こっち」

　ぽそりと、誰かが囁いた。

　すっ……と彼の手に、柔らかな体温が触れた。

　えっ──と視線を向ける前に、手のひらが“指”と“指”で絡まれた。

（これは……誰の手……！？）

　細く、少し冷たく、それでいて震えているような感触。

　弘弥はそのまま、目を逸らさずに手を握り返した。だが──

「……あれ？」

　気がつけば、すべてのヒロインが“自分の手”を差し出していたのだ。

「ちょ、誰の手握ってるの！？」
「え、待って、私じゃないの！？」
「弘弥……誰のを選んだの……？」

　まるで“選択”そのものが、宣戦布告になるかのような緊張感。

　弘弥は動揺しながら、手をそっと開いた。

　その瞬間、碧純の目が潤んだ。

「あ……私、じゃない……」

「弘弥くん、誰でもないなら……」
　すみれも俯き、ルナはプイっと顔を背けた。

　ひよりは「記録：雰囲気台無し」と呟き、ミレーヌは「誰か言葉で説明してくださいますの！？」と爆発寸前。

「ち、違うんだ！ 俺は……ただ……」

　ごまかそうにも、気まずさは消えない。

　だが、弘弥は――手を離さなかった。

「……俺が、自然に、無意識で、握った手がこれだったんだ」

「……」

「だから、それが“答え”っていうなら、それでもいいと思う」

　風が吹いた。イルミネーションがきらめく。
　その光の中で、彼の顔はうっすらと紅潮していた。

　だが彼の手を握っていた“その子”は、微かに笑った。

「じゃあ……今日は、私の勝ち、ってことでいい？」

「え……あ、ああ……」

　小さな声に、弘弥は頷いた。

　そのやり取りを見ていた他のヒロインたちは、しばらく唖然としていたが──

「ふーん……でも、それって今日だけでしょ？」
「明日になったら、私の番よ」
「今のは仮採用！ 本採用は選挙制にしましょう！」

　一斉に再び“正妻戦争”モードに突入。

　弘弥は心の中でそっと、叫んだ。

（……やっぱり、俺の青春、命がけだ）

　だが、その手の温もりだけは──確かに、優しかった。