623 / 630
『選択の文化祭──誰と“その先”へ行くのか』
【第六一二話】 『下駄箱の前で待ってる──作戦開始』
しおりを挟む
午後一時半。
文化祭の午後自由行動タイム、開幕からわずか数十分。
だというのに──弘弥はすでに、下駄箱の前で五分以上立ち尽くしていた。
「……なんで、こんなに足が動かないんだろう」
白い上履きを脱いで、黒いローファーに履き替える。それだけの行為すら、胃が重くなる。
理由は明白だった。
──この数分の間に、“全ヒロインが、別ルートで待ち構えている”ことが判明したからだ。
ルナは、射的ブース前で仁王立ちしていたという。
「弘弥が来たら、一緒に撃ちまくって、最後に“願いごと”聞かせてもらうからねっ♪」
そんな宣言がクラスLINEで共有された瞬間、弘弥の足は止まった。
碧純は、体育館裏の特設ステージ近くで“弁当ブース”を設営中。
「兄は私と一緒に食べるのが当たり前だよね?」
彼女の得意料理であるだし巻き卵入りのランチボックスが、もう三段用意されているという。
すみれは、茶道部が貸し出している和室にて──
「弘弥くん、よかったら一緒に和菓子を……。ふふ、ひとつだけ、“恋結び”っていう名前なんだけど」
その表情が、どれだけ破壊力のある“笑み”だったかは、文化委員が後に「一瞬空気止まった」と語っている。
さらに──
ことねは、*“ことね視点・弘弥ルート決定戦”*と銘打ち、突発的な実況配信を開始。
📱『#文化祭午後は誰と?』
「皆さん、今日の午後、真壁くんと一緒に回るべきヒロインは誰だと思いますか? 投票開始です♥」
コメント:
【すみれでしょ!あの和菓子ずるい】
【ルナの射的→願いごとはRPGのイベント】
【碧純の飯テロ写真つよ……】
【ことね様は配信しながら推しを奪うスタイル】
「……完全に戦場だろ、これ」
弘弥は、己の上履きを見つめる。
“ただ靴を履き替えるだけの空間”が、“誰を選ぶかという青春の分岐点”に変貌しているこの状況が信じられなかった。
足音がした。
ゆっくりと誰かが近づいてくる。
「……弘弥?」
振り向くと──そこにいたのは、ミレーヌだった。
異国から来た金髪の美少女は、白い文化祭用ブラウスに刺繍入りのカーディガンを羽織り、やや頬を染めて立っていた。
「い、今、お一人でしたのね……?」
「そ、そうだけど……」
「でしたら……その、もしもお時間があれば──わたくしと、“異文化屋台”の方へ……」
言い終えるよりも早く、どこからともなく複数の視線が突き刺さる。
──ルナ、体育館裏から双眼鏡。
──碧純、弁当持って物陰から。
──すみれ、和菓子の箱片手に廊下の角。
──ことね、スマホを掲げて実況中。
「あわわっ……み、見られてますの!? わ、わたくし、ただの偶然を装って──」
「……無理ありすぎるでしょ」
弘弥が苦笑する。
そして、ポケットの中にあるペアチケットをそっと握った。
これは、午後の自由時間の“特別イベント”──校庭奥の観覧スペースで行われる“後夜祭ミニ上映会”の、二人専用チケット。
弘弥は思う。
(これを誰に渡すか──それが、午後を誰と過ごすか、ってことなんだよな)
足が重くなる。
心が熱くなる。
視線が痛くなる。
それでも、決めなければいけない。
だが──。
「……迷ってる?」
ふいにすみれの声がした。
さっきまで廊下の影にいた彼女が、そっと弘弥の隣に並ぶ。
「いいの。迷って。青春って、そういうものでしょ」
すみれが、優しく笑った。
「でも、誰かが泣いちゃう前に──決めなきゃ、だよね」
弘弥は、握っていたペアチケットを見つめる。
その紙切れ一枚に、自分の青春と、誰かの気持ちが重なるなんて、想像すらしていなかった。
(俺は、誰と──)
その選択は、次第に避けて通れぬ“運命”へと形を変えていく。
そして、午後の太陽が角度を変える頃──
弘弥は、足を一歩、踏み出した。
──つづく
文化祭の午後自由行動タイム、開幕からわずか数十分。
だというのに──弘弥はすでに、下駄箱の前で五分以上立ち尽くしていた。
「……なんで、こんなに足が動かないんだろう」
白い上履きを脱いで、黒いローファーに履き替える。それだけの行為すら、胃が重くなる。
理由は明白だった。
──この数分の間に、“全ヒロインが、別ルートで待ち構えている”ことが判明したからだ。
ルナは、射的ブース前で仁王立ちしていたという。
「弘弥が来たら、一緒に撃ちまくって、最後に“願いごと”聞かせてもらうからねっ♪」
そんな宣言がクラスLINEで共有された瞬間、弘弥の足は止まった。
碧純は、体育館裏の特設ステージ近くで“弁当ブース”を設営中。
「兄は私と一緒に食べるのが当たり前だよね?」
彼女の得意料理であるだし巻き卵入りのランチボックスが、もう三段用意されているという。
すみれは、茶道部が貸し出している和室にて──
「弘弥くん、よかったら一緒に和菓子を……。ふふ、ひとつだけ、“恋結び”っていう名前なんだけど」
その表情が、どれだけ破壊力のある“笑み”だったかは、文化委員が後に「一瞬空気止まった」と語っている。
さらに──
ことねは、*“ことね視点・弘弥ルート決定戦”*と銘打ち、突発的な実況配信を開始。
📱『#文化祭午後は誰と?』
「皆さん、今日の午後、真壁くんと一緒に回るべきヒロインは誰だと思いますか? 投票開始です♥」
コメント:
【すみれでしょ!あの和菓子ずるい】
【ルナの射的→願いごとはRPGのイベント】
【碧純の飯テロ写真つよ……】
【ことね様は配信しながら推しを奪うスタイル】
「……完全に戦場だろ、これ」
弘弥は、己の上履きを見つめる。
“ただ靴を履き替えるだけの空間”が、“誰を選ぶかという青春の分岐点”に変貌しているこの状況が信じられなかった。
足音がした。
ゆっくりと誰かが近づいてくる。
「……弘弥?」
振り向くと──そこにいたのは、ミレーヌだった。
異国から来た金髪の美少女は、白い文化祭用ブラウスに刺繍入りのカーディガンを羽織り、やや頬を染めて立っていた。
「い、今、お一人でしたのね……?」
「そ、そうだけど……」
「でしたら……その、もしもお時間があれば──わたくしと、“異文化屋台”の方へ……」
言い終えるよりも早く、どこからともなく複数の視線が突き刺さる。
──ルナ、体育館裏から双眼鏡。
──碧純、弁当持って物陰から。
──すみれ、和菓子の箱片手に廊下の角。
──ことね、スマホを掲げて実況中。
「あわわっ……み、見られてますの!? わ、わたくし、ただの偶然を装って──」
「……無理ありすぎるでしょ」
弘弥が苦笑する。
そして、ポケットの中にあるペアチケットをそっと握った。
これは、午後の自由時間の“特別イベント”──校庭奥の観覧スペースで行われる“後夜祭ミニ上映会”の、二人専用チケット。
弘弥は思う。
(これを誰に渡すか──それが、午後を誰と過ごすか、ってことなんだよな)
足が重くなる。
心が熱くなる。
視線が痛くなる。
それでも、決めなければいけない。
だが──。
「……迷ってる?」
ふいにすみれの声がした。
さっきまで廊下の影にいた彼女が、そっと弘弥の隣に並ぶ。
「いいの。迷って。青春って、そういうものでしょ」
すみれが、優しく笑った。
「でも、誰かが泣いちゃう前に──決めなきゃ、だよね」
弘弥は、握っていたペアチケットを見つめる。
その紙切れ一枚に、自分の青春と、誰かの気持ちが重なるなんて、想像すらしていなかった。
(俺は、誰と──)
その選択は、次第に避けて通れぬ“運命”へと形を変えていく。
そして、午後の太陽が角度を変える頃──
弘弥は、足を一歩、踏み出した。
──つづく
0
あなたにおすすめの小説
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる