だれもおめでとうと言わないこの世界で、わたしだけが覚えていた “あの日の小さな指輪” と、忘れられた友だちの笑顔について

本能寺から始める常陸之介寛浩

文字の大きさ
3 / 12
第1章:忘れられる子ども

第3話『りおちゃんの笑顔』

しおりを挟む
 放課後のチャイムが鳴った瞬間、クラスの中は小さな嵐みたいにざわめいた。

 「じゃあねー!」

 「今日、公園行こう!」

 「ゲームの続きな!」

 笑い声と机を引く音が混ざって、教室の中が一瞬で空気を変える。その空気の中で、わたしはノートを閉じる音だけが自分の周りで大きく響くのを感じていた。

 帰る準備をする子たちの背中を見ながら、わたしはランドセルをゆっくり背負った。机の中には、もう何も残っていないことを確認してから廊下に出る。廊下には夕方の光が射していたけれど、それも雲に遮られて薄暗かった。

 わたしは図書室へ向かった。

 放課後の図書室は、いつも静かだった。

 本棚の匂いが好きだった。紙の匂いと、ほんの少しの埃の匂いが混ざった、あたたかいのに冷たい匂い。ここにいると、雨の日の匂いと似ている気がして、少しだけ安心する。

 わたしは窓際の棚の前に立って、背表紙に指を走らせた。色とりどりの背表紙が並ぶ中で、小さな絵本のコーナーを見つける。大きな文字で書かれたタイトルが並んでいて、その中のひとつをそっと抜き取った。

 その瞬間だった。

 「ななちゃん!」

 背中から声がかかって、わたしは驚いて振り返った。

 そこには、りおちゃんが笑顔で立っていた。

 「やっぱりここにいた!」

 りおちゃんは小さな口で笑って、黒目がちの瞳がキラキラと光っていた。濡れたような長いまつ毛が揺れて、その笑顔がわたしの胸の奥をじんわりと温めた。

 「……うん」

 わたしは小さな声で答えると、持っていた絵本を胸の前で抱えた。

 「ねえねえ、これ読んだことある?」

 りおちゃんは背中に抱えていた本を差し出した。

 「これ、めっちゃ面白いんだよ! 動物たちが夜の森でかくれんぼするお話なんだけど、最後にすごい秘密があるの!」

 表紙には、黒い森の中に小さなランタンを持ったウサギが描かれていた。暗い色の中で、ランタンのオレンジ色だけがやわらかく光っている。

 「貸してあげるね!」

 りおちゃんはわたしの手を取って、本をそっと握らせた。わたしの手より少しだけ温かいりおちゃんの手の温度が伝わってくる。その温かさが、わたしの冷たくなった指先に広がっていった。

 「ありがとう」

 わたしはその言葉を、ちゃんと声に出して言えた。

 りおちゃんはそれを聞くと、もっと笑顔になった。

 「それからね……」

 りおちゃんは本を渡したあと、少し恥ずかしそうに笑いながら言った。

 「ななちゃん、来週誕生日だよね?」

 わたしの胸が、小さく跳ねた。

 「え……」

 誰も覚えていないと思っていた。

 家でも、お母さんはスマホばかり見ているし、お父さんは夜遅くまで寝ていて、わたしの誕生日のことなんて言ったことがなかった。学校でも誰も知らなくて、知られなくてもいいと思っていたのに。

 でも、りおちゃんは笑顔でわたしの目を見て言った。

 「楽しみだね! わたしも、来週が待ち遠しいんだ!」

 わたしは言葉が出なくなってしまった。

 「どうしたの?」

 りおちゃんが小さく首をかしげた。

 「……ううん、なんでもない」

 わたしは首を振って、笑顔を作った。

 そのとき、りおちゃんが見せた笑顔は、図書室の窓から射し込む夕方の光よりもずっと明るく見えた。

 「じゃあね! また明日ね!」

 りおちゃんは本棚の向こうへ走って行って、図書室の扉の前で振り返った。

 「読んだら感想教えてね!」

 わたしは本を胸に抱きしめて、小さくうなずいた。

 図書室の中は静かだったけれど、わたしの中にはりおちゃんの声が残っていた。

 「来週、誕生日だよね?」

 わたしの名前を呼んでくれる声が、わたしの誕生日を覚えていてくれる声が、胸の奥で暖かく灯っていた。

 わたしは図書室の窓から見える空を見上げた。

 雨はもう止んでいたけれど、雲はまだ重く漂っていた。

 でも、その雲の向こうに、ほんの少しだけ、薄い光が見えた気がした。

 わたしは窓ガラスに映る自分の顔を見た。

 そこには、小さな笑顔が映っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
児童書・童話
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

運よく生まれ変われたので、今度は思いっきり身体を動かします!

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞」重度の心臓病のため、生まれてからずっと病院のベッドから動けなかった少年が12歳で亡くなりました。両親と両祖父母は毎日のように妾(氏神)に奇跡を願いましたが、叶えてあげられませんでした。神々の定めで、現世では奇跡を起こせなかったのです。ですが、記憶を残したまま転生させる事はできました。ほんの少しだけですが、運動が苦にならない健康な身体と神与スキルをおまけに付けてあげました。(氏神談)

生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!

mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの? ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。 力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる! ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。 読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。 誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。 流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。 現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇 此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

大人で子供な師匠のことを、つい甘やかす僕がいる。

takemot
児童書・童話
 薬草を採りに入った森で、魔獣に襲われた僕。そんな僕を助けてくれたのは、一人の女性。胸のあたりまである長い白銀色の髪。ルビーのように綺麗な赤い瞳。身にまとうのは、真っ黒なローブ。彼女は、僕にいきなりこう尋ねました。 「シチュー作れる?」  …………へ?  彼女の正体は、『森の魔女』。  誰もが崇拝したくなるような魔女。とんでもない力を持っている魔女。魔獣がわんさか生息する森を牛耳っている魔女。  そんな噂を聞いて、目を輝かせていた時代が僕にもありました。  どういうわけか、僕は彼女の弟子になったのですが……。 「うう。早くして。お腹がすいて死にそうなんだよ」 「あ、さっきよりミルク多めで!」 「今日はダラダラするって決めてたから!」  はあ……。師匠、もっとしっかりしてくださいよ。  子供っぽい師匠。そんな師匠に、今日も僕は振り回されっぱなし。  でも時折、大人っぽい師匠がそこにいて……。  師匠と弟子がおりなす不思議な物語。師匠が子供っぽい理由とは。そして、大人っぽい師匠の壮絶な過去とは。  表紙のイラストは大崎あむさん(https://twitter.com/oosakiamu)からいただきました。

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

【奨励賞】氷の王子は、私のスイーツでしか笑わない――魔法学園と恋のレシピ【完結】

旅する書斎(☆ほしい)
児童書・童話
【第3回きずな児童書大賞で奨励賞をいただきました】 魔法が学べる学園の「製菓科」で、お菓子づくりに夢中な少女・いちご。周囲からは“落ちこぼれ”扱いだけど、彼女には「食べた人を幸せにする」魔法菓子の力があった。 ある日、彼女は冷たく孤高な“氷の王子”レオンの秘密を知る。彼は誰にも言えない魔力不全に悩んでいた――。 「私のお菓子で、彼を笑顔にしたい!」 不器用だけど優しい彼の心を溶かすため、特別な魔法スイーツ作りが始まる。 甘くて切ない、学園魔法ラブストーリー!

処理中です...