だれもおめでとうと言わないこの世界で、わたしだけが覚えていた “あの日の小さな指輪” と、忘れられた友だちの笑顔について

「おめでとう」って、言ってほしかっただけなんだ・・・・・・。

わたしの名前は、なな。

小さな団地の、雨の匂いがする部屋で暮らしている。
お母さんはスマホばかり見ていて、夜になると泣きながら寝る。
お父さんは帰ってくる日と帰ってこない日がある。
わたしが何を言っても、「後にして」と言う声だけが返ってくる。

でも、大丈夫だった。
だって学校には、りおちゃんがいるから。

りおちゃんはわたしの唯一の友だちで、わたしが好きな絵本を貸してくれるし、わたしが忘れ物をしたときは「大丈夫だよ」って笑ってくれる。
あの笑顔があるから、わたしは大丈夫なんだって思っていた。

もうすぐ、わたしの誕生日。
小さなケーキが食べられるかもしれない日。
お母さんは忘れているかもしれないけど、りおちゃんが「覚えてるよ」って言ってくれた。
「誕生日、楽しみにしててね」って。

その日、雨が降った。
雨は止まず、空はずっと灰色のまま。

教室で待っていたけれど、りおちゃんは来なかった。
「りおちゃん、きょう休み?」と聞いたら、みんな笑って「誰それ?」って言った。
先生も「そんな子いたかな?」って首をかしげた。

わたしだけが覚えている笑顔。
わたしだけが知っている名前。

帰り道、雨の中でひとりでブランコを揺らした。
ブランコの下に、小さな泥だらけの袋が落ちていた。

中には折り紙の小さな指輪。
赤と青の折り紙が水でふやけて、文字がにじんでいた。

“おめでとう”

それだけが、そこにあった。

それでもわたしは信じたかった。
忘れられたわけじゃないって。
この街の雨が止む日が来るって。
また笑ってくれる日が来るって。

だけど──

わたしがわたしでいるためには、
「わたし」という言葉がまだ残っているうちに、
声を出せるうちに、
あの日の笑顔にもう一度会いに行かなくちゃいけない。

だからわたしは行く。
雨の止まないこの街のどこかにある、
まだ名前のついていない場所へ。

だれも気づかない誕生日を、わたしが迎えるその日まで。
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