だれもおめでとうと言わないこの世界で、わたしだけが覚えていた “あの日の小さな指輪” と、忘れられた友だちの笑顔について

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第1章:忘れられる子ども

第13話『クラスの中で』

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 昼休みのチャイムが鳴ると、教室は急ににぎやかになった。

 椅子を引く音、机の下でドタドタと走る足音、誰かが笑う声──。
 そのすべてが、わたしの席のまわりだけをすり抜けていった。

 机に伏せるでもなく、手を挙げるでもなく、
 ただ座っているだけなのに、わたしは誰とも目が合わなかった。

 給食を食べ終わっても、誰からも「遊ぼう」と声をかけられない。
 近くの子たちがじゃれあって笑いながら、何かのゲームの話をしていた。

「じゃあ〇〇やろうよ!」

「それより、ドッジボールの続きがいい!」

 輪ができて、輪の中で楽しそうに声が弾む。

 わたしは立ち上がり、そっとランドセルの横にかけていた読書カードをつかんだ。

 先生に言うこともなく、わたしは図書室へ向かった。

 その方が、楽だった。

 廊下の窓からは、青くない空が見えた。

 雲が重なり、体育館の屋根を濡らしていた。
 昨日の雨が乾ききらないコンクリートの匂いが、靴の裏にまとわりついた。

 静かな図書室の扉を開けると、木の本棚から少し埃っぽい紙の匂いがした。
 その匂いは、わたしを落ち着かせてくれる。

 一番奥の窓際の席に腰を下ろし、児童書のコーナーから小さな本を一冊だけ選んだ。

 何を読んでいるのかは、あまり覚えていなかった。

 文字を目で追っていても、頭の中には何も入ってこなかった。

 ただ静かな場所にいたかった。

 教室のにぎやかさや、誰かがふざけて笑う声から、遠ざかっていたかった。

 心の中に薄い霧がかかったようで、何かを感じるたびに、その霧がすこしずつ濃くなっていく。

「ななちゃん」

 ふいに、声がした。

 顔を上げると、りおちゃんが立っていた。

 いつもと同じ笑顔。
 目が合うと、その笑顔が少しだけやわらかくなった。

「一緒に帰ろう?」

 その一言が、心の霧の中に小さな光を射し込ませたように思えた。

 わたしは黙ってうなずいた。

 りおちゃんはなにごともなかったように、わたしの横に立ち、カバンを背負うのを待ってくれた。

 図書室を出て、廊下を歩いているときだった。

 後ろから、小さな声が聞こえた。

「ねえ、あの子……」

「え? 誰?」

「さっきの子だよ、なんか……幽霊みたいじゃない?」

「しーっ、聞こえるよ」

 笑いをこらえるような声。
 靴を引きずる音。
 ぱたぱたと走る上履きの音。

 わたしはうつむいたまま歩き続けた。

 りおちゃんは何も言わなかった。

 でも、わたしの手をそっと握ってくれた。

 それだけで、わたしは立ち止まらずに済んだ。

 歩くたびに、手のぬくもりが少しずつ心に届いた。

(わたしは、いる)

(幽霊なんかじゃない。りおちゃんが、ここにいてくれる)

 でも、胸の奥のどこかでは、
「やっぱりわたしは、いないのかもしれない」と思う声もあった。

 それでも、今だけは、りおちゃんの手を離さなければそれでいいと思った。

 昇降口のドアが近づく。
 外の空気は冷たそうだったけれど、りおちゃんの手は、あたたかかった。
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