フリーランスエンジニアの優しすぎる無償の愛

春咲さゆ

文字の大きさ
5 / 48
第一章 暗闇は深く

第4話 終わらせてくれればよかったのに

しおりを挟む
 雨が降りしきる駅前のロータリー。

 通り過ぎる車のヘッドライトが水たまりに反射し、きらきらと光が揺れている。

 最寄り駅で電車を降りた私は、降り続く雨を気にする余裕もなくただ家路を急いでいた。

 街の明かりがぼんやりと滲んで見えた。
 視界はいつもよりぼやけ、無理にでも抑えつけていた感情が、静かに表面に浮かび上がろうとしている。

 ――何も考えたくない。

 けれど、上司の言葉や先輩の視線が頭の中をぐるぐると駆け巡り、離れない。

 何もかも忘れて眠ってしまいたいと願っていた。

 けれど、神様はまだ、私を許してはくれないようだった。


_/_/_/_/_/_/


 視界の端に、見覚えのあるシルエットが映る。

 ピシッと決まったスーツに大きな傘。
 短く整えられた髪型が、爽やかな営業マンらしい後ろ姿を引き立てている。

 私は急いでいた足を無意識のうちに止めていた。

 傘を持つ彼の隣には、赤いリップがやけに目を引く女性がいた。

 二人は肩を寄せ合い、雨さえも楽しむように微笑み合っている。

 その笑顔が記憶の中の彼と重なり、心臓がぎゅっと縮み上がった。

 見てはいけないものを見てしまったと分かっていた。
 目を逸らすべきだと頭の中では叫んでいた。

「京介……?」

 けれど私は、気づけば、その名前を口にしていた。

 彼は驚いたように振り返る。
 一瞬だけ動揺が顔に浮かんだが、すぐに薄い笑みを浮かべた。

「……なんだよ、こんな雨の中で。びしょ濡れじゃん」

 その声には、気まずさの欠片もない。
 むしろ、私が場違いな場所にいると言いたげな視線だった。

「その人……誰……?」

 対して私は、震える声を絞り出すのがやっとだった。

「誰って……別に関係ないだろ?」

 京介は肩をすくめ、隣の女性に視線を移す。

「へえ、これが例の彼女?確かに真面目そうね」

 女性は私を頭からつま先まで見下ろし、くすくす笑った。

 その笑い声は雨音に溶けるどころか、耳を裂くように響く。

「だろ?見た目も服も地味でさ、女らしくもないし。毎日あんなつまんねー顔で家にいられたら、俺だって疲れるって」

 京介の言葉は、刃物のように私の胸を刺した。

 ちらりと向けられた視線に、かつての優しさも愛情も微塵も感じられない。

 心の奥底で密かに残していた希望が、一瞬で無残に塗りつぶされていく。

「疲れてるのは……私だって……」

 そう呟いた声は雨音にかき消されて京介の耳には届かない。

 代わりに返ってきたのは、さらに冷たい一言だった。

「分かるだろ?息抜きくらいさせてくれよ」

 胸の奥に閉じ込めていた感情が、一気に崩れ落ちる。

 冷たい雨が頬を打つけれど、それが涙なのか雨なのか、もう分からなかった。

 女性が「行こ」と京介の腕を引いた。

 彼は軽く頷き、一瞬だけ視線をこちらに向ける。

 その目には、私を見下すような冷たさだけが宿っていた。


_/_/_/_/_/_/


 本当に救いようがない。

 要領が悪く、何一つまともにできない私には、男を見る目さえなかったのだ。

 ーーいや、違うか……。

 私が彼をそうさせてしまったのかもしれない。

 私の不甲斐なさが、あの優しかった彼を苛立たせ、変えてしまったんだ。

 元に戻ってくれるだなんて、そもそも間違った願いだったんだ。

 どれだけその場に立ち尽くしていたのだろう。

 動き出したのは、ここから逃げ出したいというただの反射だった。

 京介から。
 そして、このどうしようもない現実から。

 足元がふらつきながらも、無意識に街をさまよう。

 頭の中では、京介の言葉が何度も反響していた。

「息抜きくらいさせてくれよ」

 その一言が心の中を暴れ回り、何もかもを破壊していく。

 泣けるだけの余裕すら、もう奪われて涙も出ない。

 やがて私は、信号のない横断歩道に差しかかった。

 ぼんやりと歩き出そうとした瞬間、遠くからクラクションの音が響く。

 視線を向けると車のライトが近づいてくるのが見えた。
 でも、避けようという気持ちは湧かなかった。

 車は急ブレーキをかけて止まり、運転手が窓を開けて怒鳴る声が聞こえた。

「……終わらせてくれたらよかったのに」

 避けて走っていくトラックを目で追いながら呟いた声は雨に飲み込まれ、誰にも届かない。

 すべてが遠い。
 すべてが冷たい。

 生きている実感は、どこにも見つけられなかった。


_/_/_/_/_/_/


第四話、読んでいただきありがとうございます_(⑉• •⑉_)

気に入っていただけたら、お気に入りやエールをいただけますと励みになります!

苦しい展開が続いていますが、次回もぜひよろしくお願いいたします。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!

楓乃めーぷる
恋愛
 見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。  秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。  呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――  地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。  ちょっとだけ三角関係もあるかも? ・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。 ・毎日11時に投稿予定です。 ・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。 ・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

偽装結婚を偽装してみた

小海音かなた
恋愛
「家借りるときさぁ、保証人が必要だと困るとき来そうで不安なんだよね」 酒の席で元後輩にそんなことをグチったら、旦那ができました――。 降って湧いたような結婚話を承諾したら、そこにはすれ違いの日々が待っていた?! 想いを寄せている相手の気持ちに確信が持てず、“偽装”を“偽装している”夫婦のモダモダ遠回り生活。 苦くてしょっぱくて甘酸っぱい、オトナ思春期ラブストーリー第2弾。 ※毎日19時、20時、21時に一話ずつ公開していきます。

夜の帝王の一途な愛

ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。 ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。 翻弄される結城あゆみ。 そんな凌には誰にも言えない秘密があった。 あゆみの運命は……

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

社長から逃げろっ

鳴宮鶉子
恋愛
社長から逃げろっ

わたしの愉快な旦那さん

川上桃園
恋愛
 あまりの辛さにブラックすぎるバイトをやめた。最後塩まかれたけど気にしない。  あ、そういえばこの店入ったことなかったな、入ってみよう。 「何かお探しですか」  その店はなんでも取り扱うという。噂によると彼氏も紹介してくれるらしい。でもそんなのいらない。彼氏だったらすぐに離れてしまうかもしれないのだから。  店員のお兄さんを前にてんぱった私は。 「旦那さんが欲しいです……」  と、斜め上の回答をしてしまった。でもお兄さんは優しい。 「どんな旦那さんをお望みですか」 「え、えっと……愉快な、旦那さん?」  そしてお兄さんは自分を指差した。 「僕が、お客様のお探しの『愉快な旦那さん』ですよ」  そこから始まる恋のお話です。大学生女子と社会人男子(御曹司)。ほのぼのとした日常恋愛もの

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...