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第一章 暗闇は深く
第4話 終わらせてくれればよかったのに
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雨が降りしきる駅前のロータリー。
通り過ぎる車のヘッドライトが水たまりに反射し、きらきらと光が揺れている。
最寄り駅で電車を降りた私は、降り続く雨を気にする余裕もなくただ家路を急いでいた。
街の明かりがぼんやりと滲んで見えた。
視界はいつもよりぼやけ、無理にでも抑えつけていた感情が、静かに表面に浮かび上がろうとしている。
――何も考えたくない。
けれど、上司の言葉や先輩の視線が頭の中をぐるぐると駆け巡り、離れない。
何もかも忘れて眠ってしまいたいと願っていた。
けれど、神様はまだ、私を許してはくれないようだった。
_/_/_/_/_/_/
視界の端に、見覚えのあるシルエットが映る。
ピシッと決まったスーツに大きな傘。
短く整えられた髪型が、爽やかな営業マンらしい後ろ姿を引き立てている。
私は急いでいた足を無意識のうちに止めていた。
傘を持つ彼の隣には、赤いリップがやけに目を引く女性がいた。
二人は肩を寄せ合い、雨さえも楽しむように微笑み合っている。
その笑顔が記憶の中の彼と重なり、心臓がぎゅっと縮み上がった。
見てはいけないものを見てしまったと分かっていた。
目を逸らすべきだと頭の中では叫んでいた。
「京介……?」
けれど私は、気づけば、その名前を口にしていた。
彼は驚いたように振り返る。
一瞬だけ動揺が顔に浮かんだが、すぐに薄い笑みを浮かべた。
「……なんだよ、こんな雨の中で。びしょ濡れじゃん」
その声には、気まずさの欠片もない。
むしろ、私が場違いな場所にいると言いたげな視線だった。
「その人……誰……?」
対して私は、震える声を絞り出すのがやっとだった。
「誰って……別に関係ないだろ?」
京介は肩をすくめ、隣の女性に視線を移す。
「へえ、これが例の彼女?確かに真面目そうね」
女性は私を頭からつま先まで見下ろし、くすくす笑った。
その笑い声は雨音に溶けるどころか、耳を裂くように響く。
「だろ?見た目も服も地味でさ、女らしくもないし。毎日あんなつまんねー顔で家にいられたら、俺だって疲れるって」
京介の言葉は、刃物のように私の胸を刺した。
ちらりと向けられた視線に、かつての優しさも愛情も微塵も感じられない。
心の奥底で密かに残していた希望が、一瞬で無残に塗りつぶされていく。
「疲れてるのは……私だって……」
そう呟いた声は雨音にかき消されて京介の耳には届かない。
代わりに返ってきたのは、さらに冷たい一言だった。
「分かるだろ?息抜きくらいさせてくれよ」
胸の奥に閉じ込めていた感情が、一気に崩れ落ちる。
冷たい雨が頬を打つけれど、それが涙なのか雨なのか、もう分からなかった。
女性が「行こ」と京介の腕を引いた。
彼は軽く頷き、一瞬だけ視線をこちらに向ける。
その目には、私を見下すような冷たさだけが宿っていた。
_/_/_/_/_/_/
本当に救いようがない。
要領が悪く、何一つまともにできない私には、男を見る目さえなかったのだ。
ーーいや、違うか……。
私が彼をそうさせてしまったのかもしれない。
私の不甲斐なさが、あの優しかった彼を苛立たせ、変えてしまったんだ。
元に戻ってくれるだなんて、そもそも間違った願いだったんだ。
どれだけその場に立ち尽くしていたのだろう。
動き出したのは、ここから逃げ出したいというただの反射だった。
京介から。
そして、このどうしようもない現実から。
足元がふらつきながらも、無意識に街をさまよう。
頭の中では、京介の言葉が何度も反響していた。
「息抜きくらいさせてくれよ」
その一言が心の中を暴れ回り、何もかもを破壊していく。
泣けるだけの余裕すら、もう奪われて涙も出ない。
やがて私は、信号のない横断歩道に差しかかった。
ぼんやりと歩き出そうとした瞬間、遠くからクラクションの音が響く。
視線を向けると車のライトが近づいてくるのが見えた。
でも、避けようという気持ちは湧かなかった。
車は急ブレーキをかけて止まり、運転手が窓を開けて怒鳴る声が聞こえた。
「……終わらせてくれたらよかったのに」
避けて走っていくトラックを目で追いながら呟いた声は雨に飲み込まれ、誰にも届かない。
すべてが遠い。
すべてが冷たい。
生きている実感は、どこにも見つけられなかった。
_/_/_/_/_/_/
第四話、読んでいただきありがとうございます_(⑉• •⑉_)
気に入っていただけたら、お気に入りやエールをいただけますと励みになります!
苦しい展開が続いていますが、次回もぜひよろしくお願いいたします。
通り過ぎる車のヘッドライトが水たまりに反射し、きらきらと光が揺れている。
最寄り駅で電車を降りた私は、降り続く雨を気にする余裕もなくただ家路を急いでいた。
街の明かりがぼんやりと滲んで見えた。
視界はいつもよりぼやけ、無理にでも抑えつけていた感情が、静かに表面に浮かび上がろうとしている。
――何も考えたくない。
けれど、上司の言葉や先輩の視線が頭の中をぐるぐると駆け巡り、離れない。
何もかも忘れて眠ってしまいたいと願っていた。
けれど、神様はまだ、私を許してはくれないようだった。
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視界の端に、見覚えのあるシルエットが映る。
ピシッと決まったスーツに大きな傘。
短く整えられた髪型が、爽やかな営業マンらしい後ろ姿を引き立てている。
私は急いでいた足を無意識のうちに止めていた。
傘を持つ彼の隣には、赤いリップがやけに目を引く女性がいた。
二人は肩を寄せ合い、雨さえも楽しむように微笑み合っている。
その笑顔が記憶の中の彼と重なり、心臓がぎゅっと縮み上がった。
見てはいけないものを見てしまったと分かっていた。
目を逸らすべきだと頭の中では叫んでいた。
「京介……?」
けれど私は、気づけば、その名前を口にしていた。
彼は驚いたように振り返る。
一瞬だけ動揺が顔に浮かんだが、すぐに薄い笑みを浮かべた。
「……なんだよ、こんな雨の中で。びしょ濡れじゃん」
その声には、気まずさの欠片もない。
むしろ、私が場違いな場所にいると言いたげな視線だった。
「その人……誰……?」
対して私は、震える声を絞り出すのがやっとだった。
「誰って……別に関係ないだろ?」
京介は肩をすくめ、隣の女性に視線を移す。
「へえ、これが例の彼女?確かに真面目そうね」
女性は私を頭からつま先まで見下ろし、くすくす笑った。
その笑い声は雨音に溶けるどころか、耳を裂くように響く。
「だろ?見た目も服も地味でさ、女らしくもないし。毎日あんなつまんねー顔で家にいられたら、俺だって疲れるって」
京介の言葉は、刃物のように私の胸を刺した。
ちらりと向けられた視線に、かつての優しさも愛情も微塵も感じられない。
心の奥底で密かに残していた希望が、一瞬で無残に塗りつぶされていく。
「疲れてるのは……私だって……」
そう呟いた声は雨音にかき消されて京介の耳には届かない。
代わりに返ってきたのは、さらに冷たい一言だった。
「分かるだろ?息抜きくらいさせてくれよ」
胸の奥に閉じ込めていた感情が、一気に崩れ落ちる。
冷たい雨が頬を打つけれど、それが涙なのか雨なのか、もう分からなかった。
女性が「行こ」と京介の腕を引いた。
彼は軽く頷き、一瞬だけ視線をこちらに向ける。
その目には、私を見下すような冷たさだけが宿っていた。
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本当に救いようがない。
要領が悪く、何一つまともにできない私には、男を見る目さえなかったのだ。
ーーいや、違うか……。
私が彼をそうさせてしまったのかもしれない。
私の不甲斐なさが、あの優しかった彼を苛立たせ、変えてしまったんだ。
元に戻ってくれるだなんて、そもそも間違った願いだったんだ。
どれだけその場に立ち尽くしていたのだろう。
動き出したのは、ここから逃げ出したいというただの反射だった。
京介から。
そして、このどうしようもない現実から。
足元がふらつきながらも、無意識に街をさまよう。
頭の中では、京介の言葉が何度も反響していた。
「息抜きくらいさせてくれよ」
その一言が心の中を暴れ回り、何もかもを破壊していく。
泣けるだけの余裕すら、もう奪われて涙も出ない。
やがて私は、信号のない横断歩道に差しかかった。
ぼんやりと歩き出そうとした瞬間、遠くからクラクションの音が響く。
視線を向けると車のライトが近づいてくるのが見えた。
でも、避けようという気持ちは湧かなかった。
車は急ブレーキをかけて止まり、運転手が窓を開けて怒鳴る声が聞こえた。
「……終わらせてくれたらよかったのに」
避けて走っていくトラックを目で追いながら呟いた声は雨に飲み込まれ、誰にも届かない。
すべてが遠い。
すべてが冷たい。
生きている実感は、どこにも見つけられなかった。
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第四話、読んでいただきありがとうございます_(⑉• •⑉_)
気に入っていただけたら、お気に入りやエールをいただけますと励みになります!
苦しい展開が続いていますが、次回もぜひよろしくお願いいたします。
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