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第三章 一番星の光
第30話 抱えていたもの
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柊真さんの視線に負けて、春菜との電話を終わらせた私は、リビングのソファに腰を下ろしていた。
どこか重そうに見えた彼の表情から、これから始まる話が良い話ではないことは予測できる。
いつかのように温かいハーブティーを入れてくれる柊真さんの後ろ姿を見つめながら、心の準備を整えていた。
「電話、お友達?」
湯気の立つマグカップを両手に持った柊真さんが、そう尋ねながらソファに腰を下ろす。
「そうです。少し前に飲みに行ってた……」
「ああ、行ってたね……」
目の前に置かれたマグカップに、小さく会釈を返すと、彼はやんわりと微笑んで自分のカップに口をつけた。
「……そうだな」
こんなにも言葉を選んでいる彼を見るのは初めてのことで、こちらまで固くなってしまう。
黙っていると、彼は小さく息を吐いてやっと本題を口にした。
「聞きたくないかもしれないけど、少し、昔話をしてもいい?」
想像していた切り出し方とは少し違って、私は思わず目を丸くして彼を見つめた。
柊真さんは視線を落とし、両手を何度も組み直しながら、慎重に言葉を探している。
「……どうしても、抜け出せない後悔があるんだ」
低く落ち着いた声だったけれど、その奥に、かすかな震えが混じっているのが分かった。
「俺の、自分勝手な優しさで……人を傷つけてしまったことがある」
過去を語ること自体が、きっとまだ痛みを伴うのだと、声の震えから伝わってくる。
それでも、ぎゅっと手を固く組んで話そうとする彼を、止めることはできなかった。
「前に付き合っていた女性に、俺の優しさは、残酷だって言われたんだ」
彼は、ぽつぽつと当時のことを話し始めた。
沙織さんという、過去に関係のあった女性の話。
その人との間にあった出来事を聞かされるうちに、胸をぎゅっと掴まれるような苦しさが込み上げてくる。
凛とした態度で別れを告げたという彼女の気持ちは、正直、想像に難くなかった。
「それ以来俺は、誰かを傷つけることがないように、意図的に人との距離を測るようになった」
優しすぎる彼に対して抱いていた違和感が、静かに腑に落ちていく。
「明確に助けを求めている人に手を差し伸べるのは、簡単なんだ。あの日、茉莉に手を差し伸べたのも……その延長だった」
胸が締めつけられる。
困っている人を放っておけない。
たとえ、その優しさが、大切な人を苦しめる結果になるとしても。
私が今日まで救われてきた、彼の穏やかで親切な性格の裏に、こんな苦悩が隠されていたなんて。
想像もしていなかった。
「でも」
柊真さんは、苦しそうに息を吐いてから、言葉を続ける。
「それでも、茉莉を大切にしたいと思ってしまった」
「……え」
「解決できない問題なんて、山ほどあるのに。そんなの全部無視するみたいに、気づいたら……一緒に働こうなんて、口にしていた」
あの日、彼がどこか迷っているように見えた理由が、今なら分かる。
そんな思いを抱えていたのなら、あの揺れる表情にも、自然と納得がいった。
「傷つけるかもしれない。どうしても、苦しんでいる人が目の前に現れると……同じように優しくしてしまう自分がいる」
声が、少しだけ掠れる。
「それが茉莉を傷つけるって分かってても、目の前の人を切り捨てる選択を、俺はまだ取れる自信がない。だけど……」
蚊の鳴くような声で、彼は続けた。
「どう考えたって、俺が茉莉の隣にいたいんだ……」
気付けば私はそんな彼を、感情のままに抱きしめていた。
さっきまで、彼から離れようとしていたことなんてすっかり忘れてしまって。
_/_/_/_/_/_/
第30話、読んでいただきありがとうございます_(⑉• •⑉_)
気に入っていただけたら、お気に入りやエールをいただけますと励みになります!
次回もぜひよろしくお願いいたします。
どこか重そうに見えた彼の表情から、これから始まる話が良い話ではないことは予測できる。
いつかのように温かいハーブティーを入れてくれる柊真さんの後ろ姿を見つめながら、心の準備を整えていた。
「電話、お友達?」
湯気の立つマグカップを両手に持った柊真さんが、そう尋ねながらソファに腰を下ろす。
「そうです。少し前に飲みに行ってた……」
「ああ、行ってたね……」
目の前に置かれたマグカップに、小さく会釈を返すと、彼はやんわりと微笑んで自分のカップに口をつけた。
「……そうだな」
こんなにも言葉を選んでいる彼を見るのは初めてのことで、こちらまで固くなってしまう。
黙っていると、彼は小さく息を吐いてやっと本題を口にした。
「聞きたくないかもしれないけど、少し、昔話をしてもいい?」
想像していた切り出し方とは少し違って、私は思わず目を丸くして彼を見つめた。
柊真さんは視線を落とし、両手を何度も組み直しながら、慎重に言葉を探している。
「……どうしても、抜け出せない後悔があるんだ」
低く落ち着いた声だったけれど、その奥に、かすかな震えが混じっているのが分かった。
「俺の、自分勝手な優しさで……人を傷つけてしまったことがある」
過去を語ること自体が、きっとまだ痛みを伴うのだと、声の震えから伝わってくる。
それでも、ぎゅっと手を固く組んで話そうとする彼を、止めることはできなかった。
「前に付き合っていた女性に、俺の優しさは、残酷だって言われたんだ」
彼は、ぽつぽつと当時のことを話し始めた。
沙織さんという、過去に関係のあった女性の話。
その人との間にあった出来事を聞かされるうちに、胸をぎゅっと掴まれるような苦しさが込み上げてくる。
凛とした態度で別れを告げたという彼女の気持ちは、正直、想像に難くなかった。
「それ以来俺は、誰かを傷つけることがないように、意図的に人との距離を測るようになった」
優しすぎる彼に対して抱いていた違和感が、静かに腑に落ちていく。
「明確に助けを求めている人に手を差し伸べるのは、簡単なんだ。あの日、茉莉に手を差し伸べたのも……その延長だった」
胸が締めつけられる。
困っている人を放っておけない。
たとえ、その優しさが、大切な人を苦しめる結果になるとしても。
私が今日まで救われてきた、彼の穏やかで親切な性格の裏に、こんな苦悩が隠されていたなんて。
想像もしていなかった。
「でも」
柊真さんは、苦しそうに息を吐いてから、言葉を続ける。
「それでも、茉莉を大切にしたいと思ってしまった」
「……え」
「解決できない問題なんて、山ほどあるのに。そんなの全部無視するみたいに、気づいたら……一緒に働こうなんて、口にしていた」
あの日、彼がどこか迷っているように見えた理由が、今なら分かる。
そんな思いを抱えていたのなら、あの揺れる表情にも、自然と納得がいった。
「傷つけるかもしれない。どうしても、苦しんでいる人が目の前に現れると……同じように優しくしてしまう自分がいる」
声が、少しだけ掠れる。
「それが茉莉を傷つけるって分かってても、目の前の人を切り捨てる選択を、俺はまだ取れる自信がない。だけど……」
蚊の鳴くような声で、彼は続けた。
「どう考えたって、俺が茉莉の隣にいたいんだ……」
気付けば私はそんな彼を、感情のままに抱きしめていた。
さっきまで、彼から離れようとしていたことなんてすっかり忘れてしまって。
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第30話、読んでいただきありがとうございます_(⑉• •⑉_)
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