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第三部

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エルフの里 ディークニクト

 エルフの里へと護送された俺は、長老たちの待つ小屋へと移された。
 エルフの長老たちは、基本的に里長を経験した600歳以上の者たちの事を言う。
 彼らの集まりは、長老会と言われており、里長の暴走などを抑える役割を担っている。
 と、ここまで聞くと頼もしいご意見番的な役割に見えるが、その実は違う。
 政治ある所に暗部在りといったところで、彼らについて言うなら「老害」という言葉がふさわしいだろう。
 特に、現在の長老会は酷いもので、自分たちの意のままにならない者は暗殺さえ辞さないのだ。
 
「まさに、権力という化物に憑りつかれた老人たちか……」
「何か言ったか?」
「いいえ、何も言っておりませんよ。イアン先生」

 イアン先生は、俺のぽつりと呟いた声に眉をひそめながら注意をしてきた。
 昔から、どうやって聞いているのかと思うくらい地獄耳なんだよな。
 そんな他愛も無いことを考えていると、今度はイアン先生から口を開いた。

「ところで、さっきから感じるこの気配はなんだ?」
「……俺の気配じゃないですか?」
「……まぁ良い。査問会の邪魔をしないならな」

 最後の一瞬、彼は完全に俺とは違う方向に視線を送っていた。
 恐らくビリーの位置が、ばれているのだろう。
 これだからこの人は油断ならない。
 俺の気配察知よりも遥かに範囲が広いのだから。
 
「イアンです。ディークニクトの護送完了いたしました」

 イアン先生がそう言うと、小屋の中からしわがれた声で「入れ」とだけ返事が来た。
 その声と同時に、イアン先生が小屋の扉を開けて俺に先を促した。
 小屋の中は、昼間とは思えないほど薄暗い状態だった。

「ディークニクト、そこに座れ」

 俺が真ん中あたりまで行くと、座るように言ってきた。
 俺はその場で正座をして座る。

「さて、ディークニクト。ここに呼び出された理由がわかるか?」
「さぁ? 俺にはさっぱりわかりませんが」
「ふざけるのも大概にせい! お主の軍事行動についてじゃ!」

 俺が空とぼけて言うと、長老の一人が厳しい口調でたしなめてきた。
 やはりここの老人たちは、拡大路線を危険視していたか。

「それは全ての軍事行動を指しているのですか?」
「なに、儂らが言っておるのはその後の事じゃ」
「それは子爵の後についてという事ですか?」

 俺があえて声に出して言うと、長老の一人が頷いたのが分かった。
 それを皮切りに、他の老人たちも口々に話し始めた。

「お主のやっておるのは、侵略戦争と変わらん。儂らの考えとしては現状の維持が最優先なのじゃ」
「第二王子領を返還し、王国側と講和交渉に入ることを命じる為に呼び出したのじゃ」

 冗談じゃない、こっちの苦労を全て無に帰して閉じこもれと?
 王国の現状が分かっていないのだろうか。
 俺は、あえて現状を無視しているのかと思い、口に出して訴えた。

「お言葉ですが、それは苦労を共にした彼らの努力も無に帰せと? また今の王国に交渉能力があると思われるのですか?」
「ハハハハ、お主は王国がどれだけ理性的な国か分かっておらんのじゃ」
「そうじゃ、そうじゃ、奴らは人間にしては理性の働く者たちじゃ。それにあちらにも非はある。交渉には応じるわい」

 ダメだ、やはり現状が見えてないのだ。
 俺は、わずかな可能性にすがって言い返すしかない。

「重ねて申し上げますが、その理性的な王国が現在内紛状態です。しかもそれを制御すべき国王は現在病床に臥しており、とてもではないですが現状のコントロールができるとは思えません!」
「では、お主は王国を乗っ取ると言うのか?」
「乗っ取る? 確かにそうかもしれません。ですが、このまま手をこまねいていては我らはやられてしまいます!」
「……それはどういう意味じゃ?」

 それまで黙っていた一番奥にいる最長老が、俺の言葉に反応した。

「第一王子は、完璧主義な男と言われています。現に子爵領に攻め込むのに地盤をしっかりと固め、自分の正当性を担保してから攻め込もうとしていました。その証拠はここにはありませんが、子爵領に置いてあります。それに俺は勝ち過ぎました。今回の事でエルフを危険視している可能性が高いのです」
「……その時には、お主の首を差し出せば全てが終わる」
「なっ……! そんな事をすればそれこそエルフが終わってしまいかねません!」

 やばい、これ首切られる流れじゃないか。
 それも何の意味もない犬死をしないといけなくなる!
 一瞬嫌な考えと同時に気配がした。
 一番若い長老が抜剣したのだ。
 そして、次の瞬間には俺の脳天目掛けて切り下してきた。
 俺は、正座の姿勢から片膝立ちに近い姿勢に入れ替え、手に付けられた鎖で剣を絡め取り、腹に肘で一撃を入れた。

「なっ! いきなり斬りつけるとはどういう事ですか!?」
「大人しくやられていればよいものを!」

 俺の言葉に、彼らは一斉に剣を抜いた。
 始めから殺す気だったのかよ!
 ビリーは……、ダメだ! あいつここまで近づいて来れてない!

「いくら武芸達者のお主でも、我ら5人から同時に斬りつけられては避けられまい!」

 彼がそう言い切るのを合図に、5人が俺の四方から襲い掛かってきた。
 それも今度は、斬りつけではなく真っ直ぐ突き刺しにきている。
 まずい!
 俺は、咄嗟にからめ取っていた剣を前からくる奴の腕に投げつけ、武器を取り落とさせた。
 投げるのと同時に、背後から来ていた奴の剣の腹を蹴り上げ、天井へと突き刺さす。
 左右からくる奴らを一歩下がってやり過ごすと、ほぼ制圧していた。

「……ディークニクトよ。あくまで我らに逆らうと?」
「俺も命を簡単には捨てられませんので」

 最長老の重苦しい声に、俺がきっぱりと答える。
 他の長老たちに隙を見せないように睨みをきかせていると、再び最長老が口を開いた。

「……牢に入れと言ったら大人しく従うか?」
「期間にもよりますが、今よりは大人しくなりましょう」

 俺がそう言うのと同時に、最長老が手を挙げてこの場は終了となった。

「……ディークニクト、約束を違えるな」
「待てても2週間です。それ以上かかるなら、俺は自力で脱出をはかります」

 俺が再度拘束をされながらそう言うと、最長老は「分かった」とだけ言ってくるのだった。
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