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第三部

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エルフの里長老会

 ディークニクトが退室した後、長老たちは体の具合を確かめながらぼやき始めた。

「まったく、最近の若いもんは大人しくなくていかん」
「まったくじゃ、儂らが手を下してやろうというのに」
「ほんにの」

 思い思いにぼやきながらも、それぞれ居ずまいを正した。
 そして、最奥に居る最長老へと視線が注がれる。
 視線が注がれた最長老は、おもむろに瞼を開けると一言発した。

「……しばし手出し無用じゃ」
「な!? 奴を守るというのですか!?」
「奴は明らかに我らに反逆の意志を示したのですぞ!」

 最長老の一言に驚いた長老たちは、口々に文句を言い始める。
 だが、最長老はそんな彼らを睥睨しながら首を横に振った。

「ぐぬぬぬぬ、確かに儂らは奴に後れを取りましたが、それでも檻に居る奴に負ける道理など」
「左様ですぞ! 我らに今一度機会を!」

 猛りだす長老たちを見つめながら、最長老は長い吐息を漏らすだけだった。
 その後、何の進展もなく長老会は終わり、それぞれの帰路につくことになった時、とある長老たちが額を突き合わせて何事か相談を始める。

「最長老もきっと心中業を煮やしておられるはずじゃ」
「うむ。儂もその意見に同意じゃ」
「さりとて、どうすればよいのじゃ?」
「なに、簡単な話。奴に近づいたから負けたのじゃ。牢の四方八方から槍で突けば問題あるまい」
「なるほど、確かにそれなら問題なかろう。すぐに人を集めねばの」

 最長老もその様子を訝しみながら見ていたが、止めても無駄と思ったのか特に何も言わなかった。
 


エルフの里 ディークニクト

 イアン先生に牢に繋がれてからかれこれ4時間ほど経った頃。
 日も沈んだので、牢の中で寝転んでいると、多数の人の気配がした。

「ビリー誰が来ている?」

 俺が一見誰も居ない暗闇の中に声をかけると、すぐさま返事が返ってきた。

「恐らく長老の方達かと。ただ、歓迎されている様子は無いですね」
「……まぁ、そうだろうな。手には何を持っている?」
「槍ですね。それも5mくらいありそうな長槍ですね」

 5mくらいって、それ俺が歩兵用に開発した長槍だな。
 三間槍を真似しようかと考えたのだが、生憎と集団戦ができる程エルフの内情はまとまってなかった。
 長槍はあくまで集団戦用の武器なのだ。
 あれを振り回して自在に操るなんて、おとぎ話の英雄でも不可能な代物だ。
 それをわざわざ持ち出したという事は、人を集めて俺を串刺しにでもする気だろう。
 まったく、懲りない爺さんたちだ。

「ビリー、敵の武器を全て無効化してこい。武器が無ければ襲ってくることは無いだろうからな」
「はっ! 今度こそ御身をお守りいたします」

 彼はそう言うと、サッと闇に紛れて居なくなった。
 それから、数分もしないうちに敵が再び動き始める。
 恐らく、武器が無効化されたことに気づいていないのだろう。
 彼らは足音も消さず、無造作に俺の居る檻の周りに来ると、何かを構えた。

「ディークニクト! 貴様の命を里の為にも貰う受ける!」

 そう言うや否やいきなり突き付けてきたが、全く何も来なかった。

「……穂先をよく見てみろ」

 彼らに指摘すると、今更気づいたのかどよめきがあがる。

「な……、いつの間に穂先を」
「おい! 俺のなんか上のほとんどを斬られているぞ!」
「な、なんて奴だ……」

 決して俺がやったわけではない。
 ビリーが上手いことやってくれただけなのだが、どうやら上手くいったようだ。
 そして、俺は最後に彼らに脅しをかけた。

「それ以上踏み込んできてみろ、鉄鎖を引きちぎってお前らの顔面の形を変えるぞ?」
「ひ……っ!」
「お、おい、お前行けよ」
「な、なんで俺が? お前がいけよ」

 俺の脅しに嘘が無い、と思ったのだろう。
 檻の周りで、大の大人たちが右往左往している。
 俺が鍛えた600人なら、すぐさま弓矢を構えて一斉射撃なのだが。
 まぁ、旧体制で育ってきたエルフたちでは、どうしようにもならないだろう。
 ただ、一人だけを除いて。

「なら、私が引導を渡してやろう。せめてもの情けだ」
「イアン先生……」

 俺の前に、痩身の男が歩いてきた。
 彼が、自分の得物である槍を持っていることからも、本気で俺を殺しに来ているのが分かる。

「イアン先生、どうかお止め下さい。俺には貴方を殺す事なんてできません」

 俺が最後の願いとばかりに懇願したが、彼は首を振るだけだった。

「ディークニクト。構えなさい。どうしても構えぬなら、そのまま私の槍で一突きで終わらせよう」

 彼はそう言って、槍を構えた。
 穂先からはこれまで感じたことが無いような、殺気がにじみ出ている。
 その事からも、彼が本気なのだと俺は覚悟した。

「……致し方ないですが」

 俺はそう言うと、手にかけられて鎖と枷を引きちぎり、鎖だけを手に持って構える。
 細い槍先が、俺を捉えて放さない。
 一瞬一瞬、彼のフェイントを俺のフェイントを互いに避けながら、間合いを詰める。
 そして、彼の間合いに入った瞬間、槍が音速の壁を超える様な音を出して迫りくる。
 瞬間的に鎖で防御した俺は、戻りかけの槍に合わせて間合いを詰めようとする。
 だが、槍の戻りが速く、こちらが踏み込む前に次の突きが音を立てて迫る。

「ちぃぃ! 流石に槍の速さ、精確さは衰えていないか!」

 俺は、舌打ちと同時に、彼の槍捌きを褒めるしかなかった。
 元々神速と言われた槍だ。
 ちょっとやそっとで老いるとは思っていなかったが、技の冴えは以前のそれとそん色なかった。
 しかし、褒めてばかりもいられない。
 間合いを詰めて、せめて鉄鎖が届く位置まで行かないときつい。
 俺は、どうにかして間合いを詰めようと考えるのだった。
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