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水島信也、ちょっぴり自分を振り返ったりする。以上。

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ザザーン、ザザーン
ここはいつでも海の音が聞こえる。ずっと昔、この異世界にも人がいてこの海の音を聞いていたんだろうなあ。
水島信也は海の音を聞くとなんだか胸がいっぱいになった。
いつかずっと行ってみたいと思っていた異世界に来ることになるとは…。
まるで夢のようだった。

みんながインスタグラフィーになってしまって、カメラマンという職業はすっかりあやふやな存在になってしまった。
水島信也はその現実と自分の理想との狭間でもがき苦しんできた。もう27。夢を追い続けるべきかどうかそろそろ結論を出さねばならない時期に来ていた。

そんな中で降って湧いたように起こった異世界ブーム。
まだ限られた人間しか行けない異世界を映像で伝えるという需要は、カメラマンの意義を再び明確なものにしてくれた。

誰も撮ったことのない異世界の景色を、俺はいつしか撮ってみたいと思うようになった。そして、異世界写真の第一人者になってみたいと思うまでになっていた。

そんな俺が今、異世界の大地に立ってシャッターを切り続けている。最高じゃないか。

腕には真っ赤なアルバムがある。もう擦り切れてぼろぼろになっているアルバム。真面目猫〈チャー〉の家に残されたものだ。この異世界で暮らした人間たちの記録が残っていた。

「写真からすると、やっぱりこの大木が目印になるんじゃないかと思うんだけど、この大木、どこだと思う?」

水島信也は古い白黒の写真を真面目猫〈チャー〉に見せた。
写真には大きな松の木の下で家族らしき人たちが並んでいる姿が写っている。

真面目猫〈チャー〉はかしこまった顔をしてその写真をしばらく眺めていた。

「このあたりでは、カリカリ峠に松の大木があります。ですが、カリカリ峠の松の木林の周囲はずいぶん前からもう誰も住んでおらず、草木がうっそうと茂った場所になってしまいました。とても人が住んでいたようには思えませんが」

「そうか。この写真に写っている情景が今どうなっているのか撮りたかったんだけど。もうこのあたりには猫もいかないのか?」

「そうですね。今どきは猫の子は松の木は敬遠するんですよね。松ヤニがついたらあとあと面倒ですから。きっと猫も通らなくなって獣道も途絶えているのではないでしょうか」

いやーん、松ヤニがついて毛が汚れちゃったじゃない。信じられないー!とかって、イマドキの猫の子は言うんだろうか?

猫なのに松の木にも近づかないのかと水島信也は少しあきれた。

「そうか。じゃあ、違う被写体探さないとな」

水島信也はため息をついてその白黒の写真を見入った。この人たちはどんな理由で自分たちの住処を離れていったのだろうか?

「なぁチャー、お前の飼い主のことを教えてくれよ」

「そうですね…飼い主のおじいさんは確か今から5年前ぐらいにこちらの異世界を出ました。僕、あれから調べて見たんですけど、もうその頃にはほとんど人はいなくなっていたようですよ」

真面目猫〈チャー〉の飼い主はここの村長だった。人がいた頃は、真面目猫〈チャー〉も子猫で地元の子供たちと元気に遊んでいたそうだ。小学校で夏休みのラジオ体操があったり、地域で火の用心の声かけがあったり、お祭りや花火大会などもあったようだ。だけど、異世界トンネルを我々人類が開けてしまった。新しい世界の存在を知った異世界の人々は移民として我々の世界に行ってしまった。過疎が進み、残された人も苦渋の選択で移民という道を選択していったらしい。村長夫妻は最後まで異世界に残って、この町を守りたいと思っていたようだが、過疎が進んで町として機能しなくなってしまったらしく、とうとう最後は断念して移民として移り住むことにしたそうだ。その頃、すでに村長の息子夫婦は日本での帰化も終え企業に就職して礎を築いていたらしい。村長夫妻は息子夫婦を頼って日本に移り住んだということだった。

アルバムをペラペラとめくっていると、ちっちゃな子猫の写真があった。チャーだ。相変わらず神妙な顔をしてやがる。あいつは子供の頃からこんなだったようだな。

村長夫妻が日本に移住する日、真面目猫〈チャー〉を村長夫妻は連れて行こうとしたらしいが、真面目猫〈チャー〉がそれを断ったらしい。なんでだか…俺は知らない。

「水島信也さん、この撮影が終わったら1つバイトでもしてみませんか?」

真面目猫〈チャー〉は突然そんな提案してきた。

「この先のにゃんこカフェで水島信也さんを待っている猫がいるんです」

なんだそりゃ?俺なんだかはめられた?

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