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第1章 アシェント伯爵家の令嬢
第6話
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「リーン……。私、もうどうしたらいいのかわからないわ」
今日のリーンは脚に手紙をつけていない。
ただ遊びに来てくれただけだ。
お腹はいっぱいだったのか、餌は少しついばんだだけでテーブルの上からばさばさと飛び立ち、今は鏡台の前で小首をくいくいと傾げている。
「私は我が儘を言っているのかしら」
もうグレイになんと手紙を書けばいいのかわからなかった。こうなっては書いていいのかどうかも、もはやわからない。
決められた婚約に従い、親しくすることは間違ってはいないはずなのに。
「最初に婚約のお話を聞かされた時は、家のためなのだから仲良くしなければなんて思っていたのにね。あっという間に好きになって、会いたくなって……。その結果、会ってはいけないなんて言われることがあるとは思いもしなかったわ」
羽根を広げたり、ちょんちょんと向きを変えて鏡にお尻を向けたりしているリーンを眺めながら、フリージアはグレイと初めて会った時のことを思い返していた。
・・・◆・・・◇・・・◆・・・
初めて婚約者であるグレイと引き会わされたのは、十三歳の時だった。
義母が亡くなる少し前のことで、両親と共に出席したガーデンパーティで彼が婚約者だと紹介された。
さらりとした黒髪、温かみのある赤茶の瞳。
まだ大人になりきれない丸みを残した柔和な印象の彼は、はにかむように笑ってフリージアを迎え入れた。
「はじめまして。グレイ=リークハルトです」
「フリージア=アシェントです。あの、よ……、よろしくお願いします」
緊張で淑女の挨拶なんて吹っ飛んでしまったフリージアに、グレイはお互い緊張していることがわかってほっとしたように頬を緩めた。
「父からお話は聞いていました。今日は会えて嬉しいです」
柔らかな口調にフリージアもほっとした。
けれど、二人とも何を話したらいいかわからなくて、その日はロクに話せずに終わった。
それから何度か会ううち、フリージアは居心地の良さと、それとは反対に落ち着かなさを感じるようになっていた。
会えるのが嬉しくて楽しみに待っているのに、会うと何故か緊張してしまう。
話しているうちにそれが解けてきたかと思えば、もう別れの時間になり、寂しくなる。
その繰り返しだった。
グレイはフリージアが緊張しているときは他愛無い話をして和ませてくれたし、フリージアがぽつぽつと話しだせば相槌を打ちながら楽しそうに聞いてくれた。
グレイの瞳はいつも優しくフリージアを見ている。
会う度に幼さの残る頬が引き締まった男の顔になっていっても、その柔和さは変わらなかった。
グレイが婚約者でよかった。
そう思うようになった。
そのうち、婚約者はグレイでなければ嫌だと思うようになった。
これが恋というものなのだろうか。
婚約者を好きになれるなんて、幸運なことだ。
その想いを噛みしめていたら、不意にグレイのまっすぐな瞳が向けられていることに気が付いた。
向かい合ってお茶をしていたフリージアは、突然の変化に戸惑い、「どうかなさいましたか?」とこわごわ声をかけた。
「楽しいお話をしていたのに、突然すみません。不可抗力とはいえ、やはり僕だけが勝手にフリージアのことを知っているのは公平じゃないと思ったのです」
どういうことだろうか。
言っている意味がわからなくて、フリージアは戸惑いに首を傾げた。
「フリージアは、この婚約をどう思っていますか?」
いきなりそんなことを聞かれて、フリージアは青ざめた。
まさか、婚約を解消したいと思っているのだろうか。
他に好きな人がいるとか?
そんなことを考えてしまって言葉の出なくなったフリージアに、グレイは「違うんです」と続けた。
「僕はフリージアが好きです。いずれあなたと結婚できる、この幸運に感謝しています。でも黙ったままなのは卑怯だから」
そうして、彼は言ったのだ。
「僕も、僕の父も人でなしだけれど、それでもいいですか?」
今日のリーンは脚に手紙をつけていない。
ただ遊びに来てくれただけだ。
お腹はいっぱいだったのか、餌は少しついばんだだけでテーブルの上からばさばさと飛び立ち、今は鏡台の前で小首をくいくいと傾げている。
「私は我が儘を言っているのかしら」
もうグレイになんと手紙を書けばいいのかわからなかった。こうなっては書いていいのかどうかも、もはやわからない。
決められた婚約に従い、親しくすることは間違ってはいないはずなのに。
「最初に婚約のお話を聞かされた時は、家のためなのだから仲良くしなければなんて思っていたのにね。あっという間に好きになって、会いたくなって……。その結果、会ってはいけないなんて言われることがあるとは思いもしなかったわ」
羽根を広げたり、ちょんちょんと向きを変えて鏡にお尻を向けたりしているリーンを眺めながら、フリージアはグレイと初めて会った時のことを思い返していた。
・・・◆・・・◇・・・◆・・・
初めて婚約者であるグレイと引き会わされたのは、十三歳の時だった。
義母が亡くなる少し前のことで、両親と共に出席したガーデンパーティで彼が婚約者だと紹介された。
さらりとした黒髪、温かみのある赤茶の瞳。
まだ大人になりきれない丸みを残した柔和な印象の彼は、はにかむように笑ってフリージアを迎え入れた。
「はじめまして。グレイ=リークハルトです」
「フリージア=アシェントです。あの、よ……、よろしくお願いします」
緊張で淑女の挨拶なんて吹っ飛んでしまったフリージアに、グレイはお互い緊張していることがわかってほっとしたように頬を緩めた。
「父からお話は聞いていました。今日は会えて嬉しいです」
柔らかな口調にフリージアもほっとした。
けれど、二人とも何を話したらいいかわからなくて、その日はロクに話せずに終わった。
それから何度か会ううち、フリージアは居心地の良さと、それとは反対に落ち着かなさを感じるようになっていた。
会えるのが嬉しくて楽しみに待っているのに、会うと何故か緊張してしまう。
話しているうちにそれが解けてきたかと思えば、もう別れの時間になり、寂しくなる。
その繰り返しだった。
グレイはフリージアが緊張しているときは他愛無い話をして和ませてくれたし、フリージアがぽつぽつと話しだせば相槌を打ちながら楽しそうに聞いてくれた。
グレイの瞳はいつも優しくフリージアを見ている。
会う度に幼さの残る頬が引き締まった男の顔になっていっても、その柔和さは変わらなかった。
グレイが婚約者でよかった。
そう思うようになった。
そのうち、婚約者はグレイでなければ嫌だと思うようになった。
これが恋というものなのだろうか。
婚約者を好きになれるなんて、幸運なことだ。
その想いを噛みしめていたら、不意にグレイのまっすぐな瞳が向けられていることに気が付いた。
向かい合ってお茶をしていたフリージアは、突然の変化に戸惑い、「どうかなさいましたか?」とこわごわ声をかけた。
「楽しいお話をしていたのに、突然すみません。不可抗力とはいえ、やはり僕だけが勝手にフリージアのことを知っているのは公平じゃないと思ったのです」
どういうことだろうか。
言っている意味がわからなくて、フリージアは戸惑いに首を傾げた。
「フリージアは、この婚約をどう思っていますか?」
いきなりそんなことを聞かれて、フリージアは青ざめた。
まさか、婚約を解消したいと思っているのだろうか。
他に好きな人がいるとか?
そんなことを考えてしまって言葉の出なくなったフリージアに、グレイは「違うんです」と続けた。
「僕はフリージアが好きです。いずれあなたと結婚できる、この幸運に感謝しています。でも黙ったままなのは卑怯だから」
そうして、彼は言ったのだ。
「僕も、僕の父も人でなしだけれど、それでもいいですか?」
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